@ 荒垣・樋口と1年目-5
初夏、制服が冬服から夏服に替わった頃。
弓道部は、一言でいうとだれていた。
「舞田〜、袴脱いでいい〜?」
「いいけど、それなら最初から体育着で来なよ」
「あー、でも、今から着替えは面倒だし、やっぱいいや」
屋外弓道場の机に集まり、どこからか調達されたボロボロのパラソルの下で、3人は日差しから避難していた。ちなみに樋口が机の上に寝そべって占領しており、荒垣と愛生は端っこに腰かけている。
愛生は職員室に寄ってから来たのでまだ着替えておらず、制服姿のままだ。
「潮崎先生、なんて言ってた?」
「"おめでとう"だって。多分よくわかってないよ。てか、聞きたかったのそれじゃないし……」
「え、じゃあ、わかんないんだ。弓道部、続けられるかどうか」
「うん。ごめん」
「いや、舞田は悪くないだろ。というか、結果を出せたのは舞田だけなんだし」
「すごかったなぁ、舞田の射」
「いいって、私の話は」
「よくない。徹底的に褒めるぞ。樋口も」
「おっけ〜」
「おっけーじゃないの! もう、着替えてくる」
「あ、逃げた」
県大会を終えた弓道部は、未だ存続の危機に瀕していた。
荒垣と樋口は予選落ち、愛生は個人戦優勝という結果を残している。
「荒垣、荒垣。地方大会っていつだったっけ?」
「再来週じゃなかったか?」
「応援行かないとな〜」
「だな」
部活の練習時間のほとんどを荒垣と樋口の指導に使っていた愛生の射を、2人がちゃんと見られたのは県大会が始めてだった。
ちなみにいつ練習していたのかと聞けば、地域の弓友会に入っているから部活後に行ってやっていたと普通に答えられ、ポカンとしたことは記憶に新しい。
県大会後、荒垣と樋口はあまり練習をしていなかった。着替えて集まりはするが、2人には特に差し迫った目標はない。
愛生の射込みを見て、動画を撮ったり記録をしたり、それらを好きでやっていた。
*****
それからしばらく経ち、地方大会、全国大会で個人優勝という成績を収めた愛生は、2学期が始まって早々に職員室を訪れた。今日は自主的な確認ではなく、潮崎から呼び出しを受けている。
「潮崎先生、お話って……?」
「ああ、弓道部のことなんだけどね」
一呼吸置いた潮崎。その表情は何とも言えないもので、愛生は結果がどちらか判断しかねていた。しかし、1年生にして全国優勝である。十中八九大丈夫だろうと予想していたが、弓道に興味のない潮崎にはそれほどの感動はなさそうだった。
「とりあえず、廃部は保留になったよ。すごいじゃないか、この短期間で、大会3連覇だったかな?」
「いえ、たまたまです。ありがとうございます」
聞きたいことは聞けた。早く2人に伝えなければと足早に職員室を出た愛生は、教室へ急いだ。
「あ、舞田おはよー」
「はよ。舞田が遅いの、珍しいな」
「おはよう。潮崎先生に呼び出されて職員室寄ってきたの。とりあえず、廃部は保留になったって」
「ほんと? よかったぁ」
「舞田のおかげだな」
結果だけ見れば荒垣の言う通りだが、愛生1人でできたかと言えばそれは違う。だがそれを朝の教室という公衆の面前で、声高に伝えられるほどの素直さを愛生は備えていなかった。お礼は部活の時に言おうと決めて、ここでは照れ隠しに留める。
「別に、大したことしてない」
「……全国優勝よりすごいことがあるのか?」
「…………」
「ないんだ」
「しらない」
「照れ舞田、かわい〜」
「もー……」
「牛?」
「ちーがーうー」
愛生はからかってくる2人を上手くあしらえず、机に顔を伏せた。
*****
夏休み明けの全校朝礼で愛生が全国大会優勝を表彰された影響で、この日は数人の見学者が弓道部を訪れていた。
しかし見学できるほどの施設も備わっていなければ、弓道場とも言えないこの環境を見て、少し弓を触って満足したら去って行く。それから数日間、そんな状態が続いた。
「舞田、もー、見学禁止にしない?」
「賛成」
「……そうだね」
そもそも弓道部に入りたい生徒は辻峰には入学してこないであろうことを3人は思い出した。荒垣と樋口は割と突発的な動機で入部したし、愛生は外部で続ける予定だったのを、たまたま捕まっただけだ。
袴姿を珍しがられ、扱いもわからず弓具を触って去って行く生徒たちに、好感を持てるはずもなく。結局、そのうち見学希望者もいなくなり、弓道部は元の落ち着きを取り戻していた。
「やっぱり、3人がちょうどいいな」
荒垣の呟きに、樋口も愛生も頷いた。