@ 荒垣・樋口と1年目-6
それからの弓道部は平和だった。
秋以降にも色々な大会は開催されているが、部の存続のための実績をすでに得ている。そのためそれらに出場することもなく、県大会前に行っていた練習の続きに戻ることにした。
次に出るとしたら来年の県大会。それまで時間は十分あると判断してのことだ。
愛生のもとには桐先中時代の同級生や後輩たちから、次はどの大会で会えそうかを探る連絡が時々届いていたが、今年度はもう何にも出る気はないとはっきり返していた。
今は、荒垣や樋口とのゆるい部活が楽しい。桐先のときにはなかった感情が愛生の中に生まれていた。
とはいえ、ちゃんとした練習を行うのは久々だったため、荒垣と樋口は多少やり方を忘れてしまっていた。
「ごめん、私の練習手伝わせてたから、忘れちゃったよね」
「別に、あれは好きでやってたし。俺たちが自主練してなかっただけ」
「やれば思い出す気がするんだよな〜」
フォローしているのかしていないのかよくわからない返答に、愛生は苦笑した。
*****
「……さすがに寒いな」
「……むり〜……」
「…………」
「舞田が凍ってる」
屋外弓道場の冬は厳しい。
「舞田、大丈夫?」
「……だいじょばない」
「荒垣ー、舞田、だいじょばないって」
「早く片付けて帰ろう。日も落ちてきたし」
「お腹空いたな〜。何か食べてかない?」
「舞田も行くだろ?」
「……うん」
寒いと言いつつまだ動ける荒垣と樋口。弓道着の上から学校指定のジャージを羽織り、せっせと片付けを始めた。
*****
「舞田って電車通学だっけ」
「うん」
「おれたち自転車なんだよなぁ。どうしよう」
「後ろ乗ってく?」
「いいの?」
「あ、荒垣ずるい〜」
「じゃあ、ジャンケンで勝った方の後ろで」
荒垣はグー、樋口はチョキを出した。荒垣は出したグーをそのまま天に掲げる。
愛生は荒垣の自転車の荷台に乗った。
「人の後ろ、乗ったことない。合ってる?」
「ああ。落ちるなよ」
「うん……っ!? えっ、おちるおちる!」
道路のちょっとした段差を通過するときの衝撃で、思いのほか揺れたことで荒垣の背中にとっさにしがみついた愛生。荒垣は思わずブレーキを握った。
「……荒垣、スケベな理由で後ろ乗せたでしょ」
「……否定はできない」
「舞田ー、次おれの後ろね〜」
「樋口はオープンすぎ」
愛生の呆れたようなツッコミに、うんうんと荒垣は頷いた。
まあいいやと思い、愛生は樋口の後ろにも乗る。
「ねえねえ舞田」
「ん?」
「愛生って何カップ?」
「は?」
こいつ、ついに聞きやがったぞ――と、荒垣は驚く一方で、普通にその解答は知りたい。
愛生としては、サイズを知られることはそこまで気にしてもいなかったが、興味津々な相手にわざわざ教えてやるのはなんとなく気恥ずかしさがあった。
「さあ、最近採寸してないからわかんない」
「え〜、じゃあ、最後に測ったときは?」
「それ、そんなに知りたいの?」
「知りたい〜。舞田、おっきいよねぇ」
「まあ、それなりに。Fだけど。遺伝だからね、こういうの」
胸の大きさを話題に出されることには慣れていた愛生だが、さすがに異性にここまでつっこまれたことはない。もはや女子だと思われていないのではという疑問が生まれつつ、さっさと話を切り上げるため、"遺伝だから"という誰もが納得する理由を添えることで終わらせることにした。
ちなみに、実を言えば愛生はFカップではない。最近サイズが変わったばかりで、目下の悩みは足元が見えず段差でつまずくことだった。これ以上の成長はそこまで望んでいないものの、かわいがっている年下の恋人が喜んでくれることに満足を覚えていることもあり、嬉しいけど悩ましい、そんな微妙な状態で。
しかし、そんな機微を愛生は表には出さない性格だ。だから、荒垣や樋口には"気にしない奴"だと思われていた。それは事実であるが。
*****
駅近くのファミレスに寄った3人は、暖を取っていた。
「舞田、雪だるまみたい」
「寒いんだもん」
防寒具で着ぶくれしていた愛生を見て、樋口はそう形容する。荒垣と樋口もコートやマフラー、手袋、耳当てと自転車通学に耐えうる装備をしていたが、愛生ほどではなかった。
「まあ、女子は体冷やさない方がいいって言うしな」
「あれ、女子だと思ってたんだ」
「? 当たり前だろ」
「どう見ても女子だよね〜」
愛生のこぼした言葉に荒垣は普通に首を傾げたが、樋口の目線は愛生の胸に向いている。異性として見ている見ていない以前に、素直なだけだと理解して、ついでに考えるだけ無駄だとも理解した。
「そういえば、2人とも家に連絡しなくていいの? 夕飯食べてくんでしょ」
「帰ったら、それはそれで食べるから大丈夫」
「おれも。食べてもすぐお腹空いちゃうんだよなぁ」
「え、男子やば」
愛生にはない発想だった。ファミレスの1食は普通に1食じゃないのか。
それで太らないのだから、どこかで消費しているんだろう。成長期すごいな〜と他人事に思いながら、愛生もメニューを開いた。