@ 荒垣・樋口と1年目-8
数日後。この日は勉強会の開催日だった。
気楽にだべれて長時間いられる場所ということで、樋口の自宅に集まっている。樋口の両親は仕事に出ており、家には3人だけだ。
「舞田ー、お腹空いた」
「いや、なんで私に言うの」
「何か作って」
「人んちの台所勝手に使えないって」
「使っていいよー」
「舞田、料理得意なのか?」
「舞田って、いつもお弁当自分で作ってるんだよね?」
ぐいぐいくる質問責めに、愛生は困惑していた。何故樋口が弁当のことを知っているのかも謎だったが、愛生がクラスメイトの女子との雑談で話していたのを小耳に挟んだらしい。
「おれ、オムライスがいいな〜」
「いいな。俺もお腹空いてきた」
「ほんと自由だよね君ら……」
とはいえ昼前から集まっているから、愛生も小腹は空いていた。愛生は別に少しの間食べなくてもどうってことはないが、食べ盛りの成長期男子はそうもいかない。
結局、樋口が冷蔵庫を物色し、オムライスを愛生が振る舞うことになった。
「うまい。舞田、店出せるだろ」
「おいしい〜」
「冷凍のチキンライスは誰がやってもおいしいからね」
「この前の家庭科で、舞田が作ったカップケーキ、あれもおいしかったな〜」
「あー、確かに」
「そう? 結局自分じゃ食べてないんだよね、あれ」
"家庭科実習で女子が作ったカップケーキ"というのは、バレンタインチョコの次くらいに男子が欲しがるお菓子だ。うまいかどうかではなく、好きな子、かわいい子からもらいたい。そういった心理によって愛生の作ったものの争奪戦が起こることを予想した荒垣と樋口は、授業前からくれと頼んでいたし、愛生は別にどうでもよかったので、それを快諾した。そうして当たる前に砕けていった男子は多いことを当の愛生は知らない。
やはり"同じ部活"というのはかなりアドバンテージになるなと再確認した2人だった。
「ごめん、お手洗い借りていい?」
「いいよー。そこ出て左のとこ」
「ありがと」
昼食を終えて、ようやく勉強会を始めるところだった。
愛生がトイレのドアを閉める音を確認して、樋口は口を開く。
「荒垣、見た? 舞田、机に胸乗っけてた」
「見た。というか、樋口は巨乳フェチなのか?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど。なんか、見ちゃうんだよなぁ、舞田って」
「えっ。……好きってこと?」
「なのかなー? でも、舞田、多分彼氏いるしー……」
「……え? そうなのか!?」
樋口の言葉に荒垣はシンプルに驚いた。樋口が愛生のことをいたく気に入っているのは知っていたが、愛生は彼氏がいるようなそぶりを見せたことはないと思っていたからだ。
「おれは、いると思うなぁ。これが失恋ってやつかー……」
「え……」
言葉のわりにそれほど落ち込んだ様子でもない樋口。どちらかというと荒垣の方がショックを受けていた。恋愛的な意味で愛生に惚れていたわけではないが、樋口よりも気付けなかったことになんとなく引っかかった。
そこに、タイミング良くか悪くか、愛生が戻ってくる。
「あ、舞田おかえり〜」
「ん、お待たせ」
「舞田って、彼氏いるの?」
「え? なに急に。いるけど」
愛生が座るとすぐに、ストレートに聞いた樋口。そして普通に答えた愛生。
「いるのか!?」
「うん。中学のときの後輩だから、今は遠距離だけど」
「やっぱり」
「樋口、知ってたの? 誰にも言ったことないのに」
「知らないよ? でもまあ、なんとなく、いそうだな〜って」
「エスパーじゃん」
それだけ樋口が愛生のことを見ていたのだと荒垣は察したが、樋口が平気そうにしているあたり、口を出そうとは思わなかった。
「荒垣と樋口は、彼女いなさそうだよね」
「微妙に失礼だな。まあ、いないけど」
「彼女いたら、わざわざ私を自転車の後ろに乗せようとしないでしょ」
「……確かに」
「舞田よりかわいくて胸おっきい子、なかなかいないもんな〜」
「樋口って、巨乳好きなの?」
「あー、それ、荒垣にも聞かれた」
愛生は荒垣と顔を見合わせて、つい笑ってしまった。
「やっぱりそう思うよな?」
「うん。なんか、ことあるごとに胸ネタでいじられてる気ぃするし」
いじってない、いじってない、と樋口は首を振るが、説得力は全くなかった。