@ 荒垣・樋口と1年目-9
それから特に何事もなく時は過ぎて、3月。
まだ寒さの残る中、いつも通り放課後の弓道場に集まっていた3人は、休憩がてらに雑談をしていた。
「そろそろクラス替えだな」
「あー、もうそんな時期かぁ」
「……新入部員、入るかな」
愛生の言葉に2人は口を噤んだ。
愛生の大会実績で首の皮一枚繋がっているものの、あくまで廃部は保留となっているだけだった。部員が3人のままでは、そのうちまた何か言われかねない。それは理解できている。
でも、この3人が一番居心地が良い。
その認識は愛生にもある。しかし、そうも言っていられないのが現状だった。
荒垣と樋口は、愛生が全国大会を終えた2学期から練習を再開していたが、ここしばらくは的前に立てていなかった。雨や雪、強風、寒さといった天候によって、屋外道場では満足な練習が続けられなかったのだ。
かといって、地域の道場も弓友会が貸切っていたり、個人利用の解放時間は一般客が使用している。そこに行くことも可能ではあったが、指導者資格のない愛生が、初心者2人への指導を公共の場で行うことは憚られた。
ゴム弓練習の習慣はついているものの、やはり本物とは感覚が違う。ここ最近で暖かくなってきたこともあり、的前での練習を再開したはいいが、やはりしばらくやっていないと引き方に粗が目立つ。
確実に上達はしているものの、進度は牛歩状態だったし、愛生はそれを自身の指導力不足だと気に病んでいた。愛生の教え方や指摘は的確ではあるものの、射法をある程度理解した経験者向けで、全くの初心者にはわかりにくいだろう――と、所属する弓友会にいる指導者に言われたばかりだというのもある。
そういった負の感情は周囲にも察知されやすく、この1年間ずっと一緒にいた荒垣や樋口には、"舞田のやつ最近元気ないな"と心配されていた。
一方で、荒垣、樋口自身はなかなか上達できないのは練習が足りないからだと自覚していたし、それはある程度仕方のないことだと割り切っている部分があったから、当人たちはそれほど落ち込んでもいないのだが。
「……私の教え方って、実際どうなの?」
「どうって?」
「わかりにくくない? 私の言ってること、伝わってる?」
「まあ、難しいときもあるけど、それはあとで調べれば解決できるし、別に問題ない」
「うんうん」
2人の返答に、愛生は少し安心した。2人ともわざわざご機嫌取りをするような性格はしていないから、本心だとわかる。
「弓ってさ、やっぱり、先生が重要だと思うんだよね、私は」
「舞田?」
「私の最初の先生は母親だったの。範士八段でね、名人だって言われてたんだって。もう病気で死んじゃったけど、そのあとも、母の弟子だった上手い人たちに教わってた」
「そうだったのか。だから舞田は上手いんだな」
「私より上手い人なんか、いっぱいいるよ」
「それはいるかもだけど、おれたちからすれば、舞田が一番上手い人なんだよなぁ」
「……そっか。――ごめん、なんか急に語っちゃった。もし新入部員が入ってきたら、また教えなきゃでしょ? ちょっと不安になっちゃって」
なるほど、と2人は納得した。教え方に自信のないまま生徒が増えるのは、確かに不安だ。
「じゃあさ、入部テストするのはどう〜? 舞田の教え方に不満があるやつは、入部禁止」
「いや、過激すぎるでしょ……」
いいこと思いついたみたいな顔で、とんでもないことを言い出す樋口。いつも通りなその様子に、愛生はまた安堵してツッコミを入れた。
「まあ、それは追々考えればいいんじゃないか? そもそも、希望者がいるかもわからないしな」
「だね〜。それより、クラス替えの方が気になるなぁ」
「あー、そうだった。同じ部だし、離されちゃうかもね」
いるかどうかわからない新入部員より、確実に行われるクラス替えの方が樋口は憂鬱だった。新しいコミュニティを作るのも面倒だし、荒垣と愛生は一緒にいて飽きない。
「……クラスが変わっても、昼ご飯一緒に食べような」
「ふふっ、なんでそんな必死なの、荒垣……っ」
「あれ、舞田がツボった」
「舞田のツボ、全くわかんないな……」
荒垣はちょっと恥ずかしいながらも、また3人で集まりたいと真面目に誘ったわけだが。急にマジなトーンで些細な事を話し出した荒垣に、愛生はおかしくなっていた。
*****
新学期、新しいクラスの名簿が張り出されている掲示板の前に3人はいた。
「「見えない」」
「俺が見てくるから、ちょっと待ってて」
生徒数がそれほど多いわけではないが、人だかりができていては小柄な樋口と愛生にはもはや何も見えなかった。長身な荒垣は少し背伸びをして、見慣れた名前を探す。
「……あ」
「見つけた?」
「荒垣は見つけやすいよね、"あ"だし。……荒垣? どうしたの、固まってるけど」
「――3組だ。俺たち。全員」
荒垣は驚いた様子で2人を見た。
「よかった〜、気が楽だぁ。早く教室行こー」
「樋口はどこでも気楽じゃないの?」
荒垣から結果を聞いて、早速歩き出した樋口と愛生。
お前らもうちょっと感動とかないのか、と思いつつ、荒垣もそれに続いた。