過去編:宇髄

「よっ、明野」

任務終わりの宇髄は、立ち寄った藤の家紋の家で明野を見つけるなり、後ろから背中に1発食らわせた。

べしっという音と共に、明野は数歩たたらを踏む。

「うっ……天元さん。お疲れ様です」

「おう、おつかれ」

これがいつもの挨拶だった。

「今日はどうだった、派手に倒したか?」

「いえ、地味地味でした。天元さんは?」

「俺か? そりゃもう派手派手だ! 花火みてーなでかい血飛沫をあげてやった」

「おー……きたない花火ですね」

明野は、宇髄の"派手か地味か"という独特な評価方法をなんとなく気に入っていた。

宇髄は明るい性格で話しやすく、案外話し好きな明野と気安い仲になるのも早かった。

柱になるまで宇髄の継子であった明野にとって、今では良い兄貴分となっている。

「それよりお前、このあと1杯どうよ? さっき助けた奴から、お礼にもらっちまってよ」

「いいですね」

「よし、ならさっさと着替えて俺の部屋に来い」

「はい」

酒瓶を掲げて快活に笑う宇髄を背に、明野は自身の部屋へ急ぐ。

明野はその幼気いたいけな少女のような見た目とは裏腹に、結構いける口であった。

宇髄がそれを知ったのは、明野の柱就任時に起きた"ひと悶着"について聞き出すべく、飲みに誘ったときのことである。

*****

「――で? お前、冨岡とどんな関係だよ? 派手に恋仲か? ド派手に夫婦めおとか!?」

宇髄が主催した参加者2名の柱歓迎会。……とはいえ夜は任務があるため、酒はほどほどにという暗黙の了解のもと日中の開催であった。

昼間から営業している居酒屋に連れられ、明野は席に座らされていた。

注文なんかは宇髄が勝手に済ませている。明野も宇髄の味覚を信頼しているため任せていた。

しかし最初の1杯が運ばれてくるのも待たずに質問が始まるとは、予想外だった。

「えぇ……いきなりですね。えっと、義勇とは幼馴染で」

「そりゃさっき・・・聞いたが、地味にそれだけとは思えねえな」

明野は少し気恥ずかしくて、ごまかそうとしたがそうはいかない。

長らく空席となっていた鳴柱に新しく就任する者を紹介するため、つい先ほど臨時で執り行われた柱合会議。

明野が一般隊士の頃は自身の継子にしていた宇髄は、彼女の柱就任には当然納得していた。

悲鳴嶼のもとで修行を積んでいた話は以前に聞いていたため、涙する悲鳴嶼を見て"父親かよ"と内心思った。

見るからに弱そうな明野を、不死川が何も言わずとも疑っているのも察した。ちなみに不死川とはこの後ちょっと揉めたが、ここでは割愛する。

そして冨岡も同じようなものだろうと思って見ると、彼は全く予想外の反応をとった。

『なぜお前がここにいる!? 今すぐに鬼殺隊をやめろ!!』

あのいつも葬式みたいに俯いたままだんまりを決め込んでいる冨岡が、突然明野に掴みかかり怒鳴りつけたのだ。

しかし驚いたのはこれだけではない。明野の反応もだ。

初対面のはずの男に突然怒鳴られて、怯えていてもおかしくはない。しかし明野は驚いた顔を見せたものの、その次に発した言葉はこうだった。

『義勇……すごい背伸びたね』

その後、悲鳴嶼が"知り合いだったのか?"と聞くまで、冨岡はまたいつもの無表情で床を見つめて硬直していた。

宇髄にもわかった、あのとき冨岡は確実に落ち込んでいたと。

「冨岡があんなにでけえ声出すとこなんざ、一度も見たことがねえからな。地味にただの幼馴染とは思えねえ」

「いやぁ……実際地味な話ですけど、天元さん聞きたいんですか?」

「おう。言え。あの冨岡に女! しかも相手は明野! 派手に裏切ってくれたなお前!?」

「何に対する裏切りですかそれ」

明野は宇髄のことを憎からず思っていた。

たとえおもしろがられていたとしても、どうせ後で他の人からも聞かれそうな内容だ。

それなら宇髄に話したほうが幾分気が楽だと判断し、明野は全て話すことにした。

ちなみに、今まで宇髄に身の上話をしたことがなかったのは単に聞かれなかったからである。

「あれは確か10年前……」

「おいおいちょっと待て、どこまで遡る気だよ」

「いや、幼馴染なので。義勇と初めて会ったのはその頃です」

10年分の思い出話が始まるのかと思い一度口を挟んだが、先ほどの冨岡の態度から、そこまで仲が良かったわけでもないのか? と宇髄は思い始めた。

とりあえず続きを聞くことにする。

「私には兄がいたんですが、兄は義勇のお姉さんの婚約者だったんです。それで弟妹の私たちもよく一緒に遊んだりしてました」

「なるほどな」

「それで、――あ、天元さんって、義勇が鬼殺隊に入った理由とか聞いたことありますか?」

「いや、ねえな。あいつほとんど喋らねえから」

「そうですか……義勇の事情は、私の想像ですけど勝手には話せないので省略しますね。えっと……義勇は昔、突然いなくなっちゃったんです」

宇髄としては、突然いなくなるというのはあの冨岡なら不思議なことではないと思ったが、昔からああ・・だったのかはわからない。

「それからしばらくして、私の住んでいた村に鬼がきて、兄さんに庇われた私以外は全員亡くなりました。そこに助けにきてくれたのが行冥さまで、その後はしばらく屋敷に置いてもらって、稽古をつけてもらっていたんです」

「ああ、悲鳴嶼の旦那んとこにいたのは聞いたことあったな」

「はい。雷の呼吸に適性があるとわかってからは、元鳴柱の方を紹介してもらったんですけど。……私は鬼に襲われたことを機に鬼殺隊の存在を知ったので、義勇も多分入隊しているんじゃないかと思って入りました」

つまり冨岡とその姉も鬼の被害を受けたわけだ、と宇髄は察する。鬼殺隊士なら不思議なことではない。

いや、それよりも。

「……お前、冨岡を探すために鬼殺隊に入ったのかよ!?」

「はい」

さも当然と言わんばかりの迷いのなさで、明野は頷いた。

「家族の復讐じゃねぇのか」

「あ、そうですね……。鬼から逃がされたとき、兄さんに"お前は義勇と一緒に生きなさい"と言われたんです。当時、兄さんはもう婚約者を失っていたので、多分、早く逝ってしまいたかったんだと思いますし」

「……それで、やっと見つけた冨岡があの態度か。大丈夫かよ?」

「怒鳴られたのはちょっとびっくりしましたけど、義勇は優しい子だから。心配してくれたんじゃないですか?」

「お前、地味に前向きだな」

「そうですかね」

怒ってる感じじゃなかったんですよね、と首を傾げる明野。

宇髄は後悔した。

こんな事情があったなら、もっと早く聞き出していじり倒してやればよかったと。

合同任務でたまたま出会った、階級もそこそこのちんちくりん。無表情で口数も少なく地味な奴だと最初は思った。他の奴らと同じように、家族を殺されて暗くなったのだろうと思い込んでいた。

仕方ないから話しかけてみれば、思いのほか明野との雑談は弾んだ。

そして、明野の戦い方は派手だった。

無闇に攻撃を仕掛けるばかりでなく、引くときは引き、隙を作って宇髄にも攻める機会を作る。

明野の強みである速さと判断力に、共闘した宇髄は高揚した。

ーー他の柱がこいつを見つけたら、すぐに取られちまう。

最終的には明野が雷の呼吸の使い手であったことが決め手となり、音柱・宇髄は出会ったその日に明野を継子にしたのだった。

と、昔話を思い出していた宇髄は、いつの間にやら配膳されていた酒をあおる。

それに合わせるように明野も飲み始めた。

「つーかお前、なんで冨岡のこと探してるって誰かに言わなかったんだよ? 俺はあいつが柱になった頃から知り合いだったし、それこそ悲鳴嶼の旦那もいるだろ。紹介くらいできたぞ」

「……自分で見つけたかったので」

明野はついむっとした口調になってしまったことを恥じつつ、説明を続けた。

「わかってます、最初から人に聞いて探せば、すぐに見つかったんだろうなってことは」

それでもそうしなかったのには、ちゃんと理由がある。

「入隊してすぐ義勇に会いに行っても、多分、さっきみたいに除隊しろって言われると思ったんです。まあ、昔とはだいぶ性格も変わってたみたいで、あんなに厳しい言い方をされるとは思ってなかったですけど」

鬼殺隊の活動は常に死と隣り合わせであることは、最終選別を受ける前、厳しい修行の日々から薄々感じていた。

自分が入隊したことを義勇が知れば、心配して反対するだろうと明野は予想していたのだ。

だから階級が低いうちはあえて探し出そうとはせず、自然の流れに任せていた。

しかし宇髄の継子になり、入隊1年足らずできのえまで昇格した頃には、柱となって義勇と共に歩める可能性を密かに見出していた。

そして満を持しての柱就任が、今日のことである。

結局心配されて除隊を勧められはしたものの、今の明野は実力というこれ以上ない反論の根拠を持っており、それを保証してくれる宇髄や悲鳴嶼もついていた。

「へぇ。そんでお前、冨岡のどこが好きなんだ?」

「えっ」

今真面目な話してたんじゃなかったの、と明野は思ったが、宇髄は至って真剣に聞いていた。

「正直、あいつの良さがまったくわからねえな。地味! 辛気臭え! そういう奴だろ」

「えぇー……」

あまりの言われように、明野はたまらず酒をあおる。

「おっ、派手な飲みっぷりだな」

と、宇髄もそれに続いた。

「で? で? どこだよ? アレのどこに惚れた?」

――うわ、めんどくさ。

とはさすがに口には出さないが、顔には出ていたようだ。

「おーおー、師範に向かってそんな顔向けるとは良い度胸だな。決めたぜ、全部吐くまで帰らせねえ」

「いや、天元さん任務あるでしょう」

「連れてくに決まってんだろ。お前がいりゃ楽できるし派手に戦えて一石二鳥だ」

明野としてはその評価は嬉しいが、しかし。

「……私、いま日輪刀持ってないので無理ですよ。字を彫らなきゃいけないとかで」

柱の証である"惡鬼滅殺"の字を刀身に入れるべく、明野の日輪刀は刀鍛冶の里に預けられているところだった。

「丸腰で連れて行かれたくなきゃ、吐くんだな」

ああ、これは逃げられないなと悟った。何より丸腰で任務には行きたくない。

*****

【宇髄視点】

……こいつどんだけ飲むんだ?

「天元さん聞いてますか? 天元さんが聞いてきたんですから、ちゃんと聞いてくださいよ」

「聞いてる聞いてる」

「……最初から説明し直してもいいんですからね」

「勘弁してくれ」

昼過ぎに始めたこの歓迎会だったが、もう夕方に差し掛かろうとする頃だった。

その間、明野は淡々と酒を飲み続けていた。

俺はこのあと任務があるから早々に水や茶に切り替えていたが、こいつはいま日輪刀がないからか今日は非番らしい。その飲みっぷりを見た店主に気に入られ、勧められるがまま店にある色んな酒を流し込まれている。

少し頬が赤くなりだんだん口数は増えてきたが、普段と大きな違いはない。

継子だった頃は俺の嫁たちも交えて飲むことはあったが、遠慮していたのか、ここまで深酒になるのは初めてのことだった。

そして、その間俺は冨岡の良いところとやらを延々と聞かされ続けていた。いや、俺が聞いたんだけどな。

「――それで、そのときの義勇はとってもかわいくて」

今日の柱合会議で数年ぶりの再会を果たしたとのことで、明野の話は幼少期の思い出話が中心だ。

それが俺の中にある冨岡の印象と違いすぎて、同一人物かどうかも疑わしい。というか、冨岡に対する印象などそもそも大してなかったが。

「一緒に湯浴みをしたときなんか――」

それは俺が聞いていい話なのか?

しかしまあ、明野が冨岡のことを派手に好いていることはわかった。

再会はあんな形だったが、それでも心底嬉しそうな顔で話を続ける弟子の姿にあてられたのか、俺は柄にもなく地味に聞き続けてやることにした。

……が。

「あ、そうだ。そのとき私の兄さんと義勇が――」

長い。長すぎる。結局10年分の思い出話をしてねえか、こいつ?

俺は心配になってきた。もし明野のこの思いが一方的なものであったら、こいつの精神はもつのだろうかと。

*****

「天元さん、もう行っちゃうんですか……?」

「任務だっつってんだろ!」

明野は俺の隊服を摘んで引っ張る。

その寂しそうな顔で見上げるのをやめろ、俺じゃなきゃ勘違いされるぞ。

「ほら、歩け。送ってってやるから」

「ありがとうございます……」

意外にも明野の足取りはしっかりしていた。

「はふぅ、ちょっと飲みすぎちゃいました」

「ちょっとじゃねえだろ。お前どんだけ飲むんだよ。俺より派手に飲みやがってムカつくんだよ!」

肘置きにしていた明野の頭に体重をかける。

「理不尽! 天元さん重い! 首が取れます!」

そんな感じでじゃれ合いつつ、鳴柱の屋敷の前まで明野を連れて行くと、

「明野、遅かったな。……なぜ宇髄と一緒にいる」

屋敷の前に、冨岡がいた。

……なんで?

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