過去編:冨岡

※「過去編:宇髄」の続きですが、単体でも読めます。


【宇髄視点】

柱に就任した明野の歓迎会を終えて、屋敷に送って行ったら冨岡が待ってた。

――以上、地味に回想終了だ。

「明野、遅かったな。……なぜ宇髄と一緒にいる」

冨岡はいつもの無表情だったが、俺に向ける視線には棘がある。

「別にいいだろ、俺ら仲良いしな。2人で派手に飲んできたところだ」

少しからかってやるかと思い、明野の肩に腕を回してわざと思わせぶりな言葉で説明したが嘘は言っていない。

冨岡の眉間の皺が深くなる。おっ、派手に妬いていやがるな。

昼間はあんなに拒絶するような物言いで一方的に明野を怒鳴りつけたというのに、一丁前に旦那面とは一体どういう了見か。

……とは思ったが。

「ま、俺は明野を送って来ただけだ、あとは好きにしろよ。じゃあな、明野」

「あ、天元さん、待って……」

またしても明野は俺の隊服を摘まんで引き留める。なんでだよ。あとそれやめろ、冨岡の前だぞ。

「待ってやりてえのは山々だが、任務あっから無理! 派手にやれよ!」

そう言って、俺はその場をあとにした。

*****

【明野視点】

天元さんが任務に向かったあと、屋敷の前で義勇と対面していた。

顔や髪型は昔の面影があるけど、すごく背が伸びたなあ。昔はかわいかったけど、今は美丈夫という言葉がよく似合う……と思うのは、幼馴染のひいき目だろうか。

明るい表情はほとんど見せなくなってしまったようだけど、蔦子義姉ねえさんが亡くなってからは義勇もつらいことが多かったと思うし、私も多分そう。一緒にいた頃ほどお互い感情豊かではなくなっている。

「……宇髄とは、好い仲なのか」

「え?」

好い仲って……もしかして恋仲だと思われてる? 否定しなければ。

「えっと……天元さんは師範だったから仲は良いけど、恋仲じゃないよ。天元さんにはお嫁さんがいるし、お嫁さんたちとも、たまにお茶するの」

「宇髄の継子だったのか」

義勇は驚いた様子だ。知らなかったんだ。天元さん、言いふらしそうなのに……って失礼か。

「うん。音の呼吸は雷の呼吸の派生だから似てるの。あと、なんか気が合うみたいで、気に入られちゃった」

出会ったその日に継子にされた。ほぼ強制的に。

天元さんは見た目も言動も行動も派手だけど、良い人だなと思ったから嬉しかった。かなり強引だったけど。

「…………」

義勇は黙った。なんで? なんか、しょんぼりしてる?

「義勇、時間あるなら、中入る?」

道端で立ち話をするような時間でもないし。と促すが、義勇は立ち尽くしたままだ。

「どうしたの?」

「怒っていないのか」

何に? と思わずにはいられない。あまりに言葉足らずだ。

「怒ってないよ」

とりあえず、私が義勇に怒るようなことは何もなかったからそう答えた。

すると義勇は屋敷の戸を開けて、中に入って行った。待ってほしい。というか何か言ってから入って、人んだからね。

*****

客間に敷いた座布団に義勇を座らせ、お茶を用意した。

「えっと、お話したいことはたくさんあるんだけど……何からがいいかな……」

「なぜ鬼殺隊に入った。……勇久たけひさ義兄にいさんはどうしている」

勇久義兄さん――時雨木勇久は、私の兄の名前だ。昔は義勇のことをかわいがって、よく構っていた。

「兄さんは……というか、村の人たちは、4年前に全員鬼に殺されたの」

義勇の息を吞む音が聞こえる。

私は義勇の質問に答えるべく、これまでの経緯を説明した。

「……そうか」

それから暗い顔をした義勇は、私の前から姿を消した後のことをぽつりぽつりと語り出す。

「……そっか」

今度は私がそう返した。そして、もう一つの質問に答える。

「私、義勇がいると思って鬼殺隊に入ったの」

「! 何故そんなことを」

「会いたかったから。またお話したかったの。だから、いてくれて良かった」

これをちゃんと伝えたかった。でも、言ってから少し後悔した。

義勇はもう私のことなんて忘れて過ごしていたかもしれない。勝手に追ってきて、こんなことを言われても迷惑かもしれない。

今更それに気づいてしまって、急に恥ずかしくなってきた。というか、情けない。義勇の気持ちを考えずに一方的なことをしてしまった。

そう思い始めていたとき、義勇が口を開いた。

「俺はこの6年、明野のことを考えない日はなかった」

6年……つまり義勇がどこかに消えて、いや、鬼殺隊を目指してからずっとということだ。

義勇の声はわずかに震えていた。

「どうして黙っていなくなったのか、聞いてもいい?」

「……お前を守りたかった」

守るために離れた、と義勇は言う。

私は守りたい人がいるなら片時もその傍を離れたくないと思うけど、義勇は違うらしい。

「そっか。ありがとう、義勇は優しいね」

「優しくなどない! 俺はもう、お前の……」

義勇はそれきり口を閉ざした。拳を握りしめていて、それが震えているのが見えた。

……何て言おうとしたんだろう。

「……義勇」

しばらく待ってから声をかけると、義勇はわずかに顔を上げて私を見た。意外にも目は潤んでいて、今にも泣きそうな顔だ。

「私、昨日……鮭大根を作ったんだけど、食べる?」

「…………え」

義勇は昔、鮭大根が好きだった。だから私も蔦子義姉さんに作り方を教えてもらった。今となっては得意料理と言える。

柱合会議で義勇と再会したら、一緒にご飯を食べたりする機会があるかもと思って昨日から仕込んでいた。

なのに義勇には顔を合わせるなり怒鳴られてしまったから、どうしようかと思っていたのだ。宇髄家にお裾分けしてもよかったんだけど。

でも、義勇のために作ったから、義勇に食べてほしかった。

「また……、明野、お前はまた俺のために……食事を作ってくれるのか」

「うん。作るよ。いる?」

義勇はゆっくり深く息を吐き、頷いた。

「じゃあ、温めてくるから待ってて」

「いや、手伝う」

「ありがとう」

台所に並んで立つ。男の子が台所にいるのはなんだか不思議な光景だけど、嬉しかった。

義勇は火を起こしてくれたので、私はお皿を用意して、温まった鮭大根をよそう。

米も野菜もなかったけれど、義勇はそれで充分だと言うので、鮭大根をよそった皿だけをちゃぶ台に並べた。

「どうぞ。味には自信があるの」

「……いただきます」

義勇はゆっくりと食べ始めた。

――大根、鮭、大根、大根、鮭、お茶、大根、鮭、大根。

……よく食べるなあ。ほんとに好きなんだな、鮭大根。と思って眺めていたら、

「どう? 口に合うかな」

「……ああ……、っ、うまい。……うまい……っ」

義勇が泣き出した。

「義勇、えっと、大丈夫?」

ずいぶん変わったと思ってたけど、すぐ泣いちゃうところは変わってないのかな。

義勇の横に行って背中をさする。……やっぱり昔とは大違いだ。義勇の背中はこんなに大きくなかった。

少しの間そうしていると、突然腕を掴まれた。

「っ!?」

そしてそのまま腕を引かれて、抱きしめられた。

「あ、あの……義勇……っ」

急に詰められた距離が恥ずかしくて全身が熱くなる。何か言ってほしい。

「…………」

厚い胸板に頭を押し付けられて、義勇の鼓動がよく聞こえた。心拍が速い。顔を見上げると、義勇はまだ泣いていた。

私は義勇の首元に顔を埋めて、背中に腕を回し応える。

「……いいのか」

「何が?」

「……俺で……」

どうしてそんなに自信がないんだろう。私は義勇がいいのに。好いていない人に抱きしめられて、抱き返すわけがないのに。

「義勇がいいの。他の人との生活なんて、考えたこともないよ」

「……お前はおかしい」

「ふふ。おかしな女を選んだね、義勇も」

「お前にはもっと、ふさしい男がいる」

「そうなの? じゃあ連れてきて」

「嫌だ」

「なんで?」

そう聞くと、義勇は勢いよく体を離したかと思えば私の両肩を強く掴んだ。

「他の男になど、くれてやるものか!」

……びっくりした。柱合会議で怒鳴られたときと同じくらい。

「お前に会いたかった。また話がしたかった。生きていてくれて、良かった」

その力強い言葉をまっすぐに向けられて、視界が滲む。それから鼻がつんとする。

「泣くな」

「義勇こそ」

数年越しの思いがやっと通じ合ったというのに、2人して泣いている。

義勇は私の頬に指を滑らせて、涙を拭ってくれた。私もそれを真似る。

「……おかわりしたい」

しばらくの沈黙のあと。

あまりに真剣な表情で言われたから、正直、何かを言外に匂わせているのかと思った。

しかし、義勇の手にあるのは空になった器だ。

「今まで食べた中で一番うまかった。俺のために毎日鮭大根を作ってくれ」

「……ふふっ、なにそれ、いいけど」

頷くと、義勇の顔は輝いた。

*****

「明野」

「なに?」

「……」

義勇は話しかけてくる割に突然黙る。

何か言いたいことがあるんだろうけど、なんだろう、言いにくいのかな。

食事を終えたお皿を洗い終えると、いつの間にか義勇が真横に立っていた。

手ぬぐいを渡してくれたのでありがたく受け取る。

「そういえば、義勇、今日は任務ないの? 私は日輪刀を里に預けてるから非番なんだけど」

「俺も非番だ。……だから」

――だから?

次の言葉が出てこない。

「……今日は、泊まっていく? もう遅いし」

「! ああ。だが……」

――だが?

何をそんなに言いあぐねているんだろう。

義勇は視線を彷徨わせている。それに気のせいだろうか、緊張したような表情だった。

「別の客間もあるし、お客さん用の布団もあるから、大丈夫だよ?」

布団の心配をしているのかはわからなかったけど、とりあえず寝床があることは伝えておく。

すると、義勇は悲しげに眉尻を下げた。

「!? 一緒じゃないのか」

「えっ」

えっ、あっ、も、もしかして、そういう……!?

途端に自分の顔が熱くなるのを感じる。

だってそんな、いきなり、そんなこと……! まだ祝言だって挙げていないのに。

「……すまない、気が急いた。……客間を借りる」

義勇はふいっと顔を逸らすと、客間がどこかもわからないだろうに、その場を去ろうとした。

「あ、ま、待って! あの、一緒、い、一緒に、寝て……ください……」

しどろもどろになりながら、義勇を引き留めた。

恥ずかしい。こんなお誘いを、まさか自分がするなんて思いもしていなかった。はしたないと思われたらどうしよう。

「……すまない」

義勇は足を止めたが、出てきたのはその一言で。断られたのだと思って、私は羞恥と悲しみでどうにかなりそうだった。

「! なぜ泣く」

「えっ? あ、ごめんなさい、泣いてた……?」

気付かぬうちにまた涙が出ていたようで、急いで羽織の袖で拭った。

「あまり擦るな。赤くなる」

「うん……」

誰のせいだと思ってる、とは少し思ったけど。

「すまない。……お前から誘わせようとしたわけではなかった」

「え……?」

「大切にしたい。正直に言えば、今すぐにお前が欲しい。……だが、再会したばかりだ。すぐに求めては悪いし、やはり婚前交渉はまずいかと、思い直した」

義勇がたくさん喋っている。

……ということに意識を持っていかなければ、なんだかもう、爆発でもするんじゃないかというほどに、私は内心取り乱していた。

「それでも、明野がよければ、俺は……」

そこで選択の権を私に与えるのは、ずるいんじゃないだろうか。

男の子に、義勇に強引に迫られたら、私は受け入れるのに。

……そういう態度を示していなかったから、こんなことになったんだろうけど。

「よっ……よ、よろしく、お願いします……」

「! いいのか」

「……うん」

「そうか……ありがとう。――閨はどこだ」

「こっち……着いてきて」

私はいよいよ義勇の顔など見られなくて、俯いたまま閨へ急いだ。

*****

閨に着き、とりあえず布団を一組敷いた。

その上に座り、義勇と向かい合う。

「「…………」」

お互い顔を赤くして、視線を向けたり逸らしたり、伺い合っていた。

「……羽織も脱いでいなかったな」

そういえば、というように義勇はそう呟き、片身替わりの羽織を脱ぐ。私もそれに倣った。

そして人前で羽織を脱ぐことなんてほとんどなかったから、忘れていた。

「なっ……なんだ、その隊服は」

「え? ……あっ」

義勇が驚いているのは、私の隊服の上着の袖がないからだ。天元さんとお揃いである。

「天元さんの継子になってから、隊服の採寸をし直す機会があって……そしたらこれ、渡されたの」

前々から思っていたが、あの縫製担当のメガネをかけた隠の人は、多分変態だ。

とはいえ他の隊服の用意もないし、袖がなくて不便だったことも正直なかった。普段は羽織を着ているから隠れるし。

「あまり肌を見せるな」

義勇はそう言いながら、私の腕に手を添えた。

そしてまた抱き寄せられて、義勇の腕の中に収められる。

「お前は、こんなに小さかったか」

「義勇が大きくなったんでしょう」

「とても……愛おしく感じる」

義勇の腕が背中と頭を支えるように回されて、そのままそっと布団に寝かされた。

「優しくしたいとは、思っている」

「……義勇になら、何されても、いいよ」

きっとこの先は落ち着いて話す余裕もなくなるだろうから、今のうちに伝えておく。

「今の言葉は取り消せ」

「嫌。……いいの、義勇の好きにして?」

「何をするかわからないぞ」

「うん。私を、義勇のものにして」

「……その言葉、一生忘れるなよ」

頷いた私を見下ろす義勇の目は、獣のように爛々としていた。

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