無限列車編

※煉獄さん生存ルート。シリアスもどきです。


【明野視点】

「伝令! 伝令! カアァァ!」

遠方での任務を終えた直後、鎹鴉に呼ばれた。

「北北西ニテ、炎柱ガ上弦ノ参ト交戦中! 鳴柱ハ至急応援ニ向カエ!」

「上弦……!」

鴉はそのまま飛んでいく。私も急いでその後を追った。

任務地は森の中だったが、鴉に着いていくと開けた場所に辿り着いた。

「明野! アソコダ!」

煉獄くんはとても目立つから、すぐに見つかった。左目を負傷している。重傷だ。

彼の目の前には上弦の参らしき鬼の姿。

それは煉獄くんに拳を向けており、さらに攻撃を加えようとしていた。これ以上の負傷は明らかに致命傷になる。

戦況を観察しながら私もようやく2人の近くまでたどり着いた。鬼の腕を煉獄くんに届くすんでのところで切り落とす。それでも、攻撃の勢いを殺しきれなかったか胴を負傷させてしまった。

「ッ!?」

鬼は驚愕した表情でこちらを見たが、舌打ちをして森の中に逃げて行った。もう日の光が届き始めていた。夜明けだ。

2人にはなぜここに、と驚かれているけど、説明する時間はない。

「煉獄くん、炭治郎くん、よく耐えたね。あとは任せて」

「ッ、明野さん!?」

たまには先輩としての威厳を示さなければ。

詳細は省いてそれだけ言い、私は鬼を追って森に入った。

*****

鳴柱・時雨木明野が行方不明になった。

瀕死の重傷を負って蝶屋敷に運び込まれた煉獄。そして任務に同行していた炭治郎、善逸、伊之助。

怪我の処置を受けたあと、比較的回復の早かった炭治郎たちの証言で、その場に明野が駆けつけていたことと、上弦の参を相手に1人挑んでいったことがわかった。

「ねえちゃん、ねえちゃん、ごめんねぇ……!」

善逸はずっと泣きっぱなしだった。

上弦の鬼を相手に特攻し、行方不明になった柱。当然、死んだものと思われていた。

そのせいか、炭治郎たちの見舞いには面識のなかった岩柱や音柱、恋柱までもが訪れ、当時の状況を聞いては去っていく。

訪ねてきた誰もが悲しみや悔しさ、怒りの匂いと音を纏っていた。

中でも音柱はそれが顕著だったが、明野との関係を尋ねられるような雰囲気でもなく。

それらを感じ取っていた炭治郎と善逸は、己の無力に拳を握った。

一方で、水柱――冨岡が蝶屋敷を訪れることはなかった。

炭治郎と善逸はそのことをずっと疑問に思っていた。しのぶに聞いても、自分たちが知らぬ間に来たということもないという。

柱はみな鴉による伝令で今回のことを聞かされているため、冨岡がそれを知らないはずはない。

しのぶはいつも通りの笑顔を浮かべていたが、その顔から血色が失われていることは明らかだった。蝶屋敷の子供たちやアオイも同じだ。

数日後、重傷を負いつつも一命を取り留めた煉獄はまだ目を覚まさなかったが、炭治郎たちは一足先に復帰することとなる。

「俺、冨岡さんのところに行ってみるよ」

「ああ、うん……」

いつからか泣くこともなくなった善逸は、力なく頷いて去っていく。伊之助もむしゃくしゃした様子で庭を走り暴れ回っていたが、それを咎める者はいなかった。

*****

炭治郎はしのぶから外出の許可をもらい、冨岡の屋敷を訪れた。

「冨岡さーん! 炭治郎ですー! いらっしゃいますかー?」

屋敷の前で呼びかけるが返事はない。

「冨岡さーん! 入りますよー!」

炭治郎から見ても、冨岡の明野に対する執着は度を超えていた。

明野といるときの冨岡からは常に幸せそうな匂いがしていたし、それは明野も同じだった。炭治郎は純粋にそれを素敵な関係だと思っていた。

しかし、明野の行く先々になぜか冨岡の姿があることにいつからか気づいていた。さすがに任務先にまでは現れなかったが。

それが冨岡なりの愛し方なのだろうと思ってはいたが、一種の束縛に近いものを感じていたのも事実だった。

それほど大事に思っていた相手が、上弦と戦って行方不明などと聞かされて、果たして冷静でいられるのだろうか。

炭治郎は、冨岡が今どんな心境で、どんな状況に置かれているのかが心配でならなかった。

「冨岡さん、大丈夫ですか? 失礼します!」

屋敷の中に上がり込むと、部屋は荒れていた。

襖ははずれて折れ曲がり、障子も破れ、割れた湯呑が転がり、ちゃぶ台は壁にめり込んでいる。

「冨岡さん、どこですかー!?」

やはり冨岡の精神状態は無事ではないと悟り、慌てて屋敷の中を探し回った。

それほど広大な屋敷ではないため、いくつかの部屋を見回ったところで、冨岡の姿を見つけることができた。

しかし、その姿を見て絶句した。

「と、冨岡さん……何をしているんですか?」

冨岡は、炭治郎が屋敷に勝手に上がり込んだことには何も言わず、膳に並べた皿の食事を淡々と食べていた。

膳は、2人分並べられている。しかし片方は空席だった。

「食事だ」

「どうして……」

「明野はいつも腹を空かせて帰ってくる」

炭治郎は気づいた。冨岡は明野の生存が絶望的であることを理解しつつも、受け入れられてはいないのだ。

「炭治郎。お前も食うか?」

「い、いや、俺は……もう食べてきたので」

「そうか」

冨岡は食事を終えると、部屋に置かれた蠅帳はいちょうの中に明野の分の皿をしまった。

「……頭がおかしくなったと思っているんだろう」

「違います! 俺は、冨岡さんが心配で――」

「お前が心配するべき相手は、俺ではない!!」

そう叫び、初めて炭治郎に顔を向けた冨岡。その顔は青白く、濃い隈ができていた。見開かれた目は瞳孔が開き、何かにとり憑かれているかのようだった。おそらく一睡もできていないのだろうことが見て取れる。

「冨岡さんは、どうして明野さんが帰ってくると確信しているんですか?」

「あいつは以前、上弦の弐と戦って軽傷で帰ってきた。明野は強い。俺なんかよりも……。上弦の参を相手にして、っ……死ぬなど、ありえない」

死ぬ、と口に出したとき、冨岡はわずかにえずいた。それから口を押さえて小さく咳込む。

「冨岡さん……!」

「悪いが、ここは明野の部屋だ。入らないでくれ」

たまらず傍に駆け寄ろうとした炭治郎だったが、その言葉を聞いて足を止めた。

確かに、この部屋には鏡台があり、化粧品の容器がこじんまりと置かれている。およそ冨岡が使いそうなものには見えはなかった。

炭治郎は、今の冨岡には他者との関わりが必要だと思った。

昔に父を亡くしたときも、家族を殺されたときも、長男として母を支え家を支えることや、鬼にされた禰豆子を連れて鬼殺の道に進むことなど、やらなければならないことが山積みだった。悲しんでいるだけの時間などなかったから、いつしか受け入れるしかなかった。

しかし今の冨岡にはそれがない。行方不明の報せを聞いたあと、ただ静かに時間が流れ、その時間は焦りと悲しみに支配されていた。

「そうだ。よかったら、部屋、片付けるの手伝いましょうか? 明野さんが帰って来たら、びっくりしちゃいますよ」

炭治郎は、冨岡の考えには口を出さないことにした。

その代わり、早く立ち直れるようにと気分転換を提案する。

「……ああ」

小さく返事をした冨岡は、炭治郎に連れられ荒れた部屋に向かう。

その途中、玄関の前を通ったときだった。

――暗い三和土たたきに、ぽつりと立つ小さな影があった。

「……あれ、炭治郎くん?」

そしてそれが喋った。

炭治郎と冨岡は、その影を見て、思わず顔を見合わせる。そして、

「「ぎゃああああああ!?」」

情けない叫び声をあげて、2人はその場で腰を抜かした。

「えぇっ!? なに? ……なんで!?」

小さな影、もとい明野である。

明野は少し考えたが、帰宅しただけでそんな反応をされる原因に心当たりがなく、戸惑うばかりだった。

「あ! そうだ、炭治郎くん、煉獄くんはどうなったの?」

「えっ、れっ、煉獄さんですか!? あの、ええと、生きてます! というか明野さん、生きてたんですか!?」

「え? なんで私が死ぬの?」

ともあれ煉獄が無事で良かったと、のんきに肩を撫で下ろした明野。ちなみにこの女、無傷である。

それからすぐ、屋敷の中の惨状を見た明野は驚いた。

「わ! なんでこんなに荒れてるの? 義勇、何かあったの?」

何かあったどころではない。だが冨岡の口から出たのは、一言だった。

「……夕餉の支度は、できている」

呆然とした表情で、小さく呟くように出た言葉。

「えっ、本当? 私、とってもお腹が空いてたの。嬉しい。義勇、ありがとう!」

にこりと向けられた笑顔に、冨岡の精神は限界を迎えた。炭治郎が横にいることも構わずに泣き出したのだ。

そして、明野を抱き寄せてただ静かに涙を流す冨岡に、炭治郎もつられて泣いた。

「明野さぁん……! 生きててよかったです……!」

「え、えぇ……だからなんで私が死んでるの……?」

「だって、明野さん、上弦の参と戦ったまま帰ってこなくて……!」

そこで初めて、明野は自分が行方不明となっていたことを知ったのだった。

*****

明野は思った。自分が上弦の鬼に遭遇するたびに、本来半年に1回であるはずの柱合会議は臨時で開催されるのだろうか、と。

しかも、臨時で執り行われる会議にお館様は姿を現さない。なぜなら文にて報告が済んでいるからだ。

呼び出されて詳細の説明を求められることもあったが、最終的には"柱合会議にてその内容をほかの柱たちと共有せよ"との指示が出る。

つまり、明野にとって臨時の柱合会議は質問攻めの場であった。

そして、実に2年ぶりにそれが開催されることとなり、明野は怯えていた。なぜなら、

「派手に聞かせてもらおうじゃねえか、上弦の参って奴とのことをな」

元師範・宇髄の目が笑っていなかったからだ。

*****

【明野視点】

鎹鴉の案内で煉獄くんたちのもとに駆けつけて、彼らに声をかけたあと、森に入れば鬼はすぐに見つかった。

炭治郎くんの日輪刀が胴体に刺さっているものの、走る速度は落ちていない。

「雷の呼吸 肆ノ型 遠雷」

「ッ!?」

「――壱ノ型 霹靂一閃」

鬼とは少し距離があったため、遠雷で足止めをしてから頸を狙って突っ込んだ。

しかし相手は上弦の参。そう簡単に頸を切ることはできなかった。やはり硬い。

足を止めて私の方を振り返ると、その鬼は動きを止めた。至近距離で目が合う。

「女か。失せろ」

鬼の言葉を無視して私は斬りかかった。

しかし体術のみで刀を躱し、攻撃はしてこない鬼。

傷を負わせられてはいるものの、その再生速度は速かった。

しばらく攻防を続けていると、鬼は何故か笑顔を見せ始めた。

「なんという速さ、そして体捌き! お前、柱だな?」

「よくわかるね」

「素晴らしい闘気だ! 雷の柱と会うのは初めてだが、お前が女でなければ戦いたかった!」

「別に戦ってくれて構わない」

私が攻撃をやめると鬼も動きを止める。鬼は刺さったままだった炭治郎くんの刀を抜いて遠くに放る。

ずいぶん森の中に進んだためか、ここに日の光が届くまでいくらか時間がありそうだ。

「俺は猗窩座。お前の名は何だ? 強い奴の名は聞いておきたい」

「上弦の鬼は、そんなに鬼狩りの名前を知りたいの?」

以前に出遭った童磨もそうだった。

「私の名前は、上弦の弐が知ってる」

「……なに?」

急に表情を険しくした猗窩座。

「童磨のこと、同じ上弦なら知ってるでしょう? 女しか食わない鬼」

「俺とあいつを同じにするな。俺は女は殺さない」

「童磨と仲が悪いの?」

「黙れ」

どうやら仲が悪いらしい。協力関係にないのなら、少し話してみることができるかもしれない。

「猗窩座は、童磨を殺したいとは思わない?」

「何だと?」

「私、童磨のことがとっても嫌いなの。会ったのは2年も前だけど忘れてない。軽薄で一方的な態度に腹が立った。顔に傷をつけられたし、左目なんて潰されて、色が変わっちゃったの」

猗窩座は私の目を見ていた。

意外と話を聞いてくれることに驚きつつ、あくまで冷静に話すよう努める。

「お前、名は何という? 答えろ」

猗窩座から殺気は感じられない。理由はわからないが、女とは戦う気もないらしい。

「……時雨木明野。童磨を殺すときは、私も協力するよ」

「明野だな、覚えておこう。しかし鬼に協力を申し出るか、イカれた鬼狩りめ。そんなことをせずとも、お前が鬼になって奴に挑めばいい。鬼になればもっと強くなれるぞ」

「私は強い。だから私は柱なの」

「だが人間には限界がある。童磨を殺したいのだろう? 鬼になれ、明野」

「鬼にはなれない。私には人間の恋人がいる。鬼になったら義勇の子を産めないもの」

猗窩座の表情は読めない。元は人間とはいえ、今はもう人間の価値観を忘れてしまったのだろうか?

というかつい義勇の名前を出してしまったけど、猗窩座はあまり関心はなさそうだった。義勇ごめん。

話を変えてみる。

「それより、鬼舞辻無惨はどこにいるの?」

「答えるわけがないだろう」

「じゃあ、猗窩座はどうして女を殺さないの?」

「聞いて何になる」

「無抵抗のまま頸を取られちゃ、かわいそうだと思って」

「俺に勝てると思っているのか? 愚かだな」

「でも、猗窩座は私を殺せないんでしょう?」

「…………」

「猗窩座のその姿は、人間だったときの姿なの?」

「そんなことはいちいち覚えていない。――無意味な質問ばかり、何のつもりだ」

「聞いてみただけ。ずいぶん若く見えるから。まだ好いた相手と祝言をあげたこともないんでしょう?」

「くだらん。もういい、さっさと失せろ」

「ここでお前を見逃す道理はないの」

言葉による煽りはあまり効果がないようだった。

再び刀を握ると猗窩座は舌打ちをして、怒りの表情を浮かべる。しかし動きあぐねているようだ。

「雷の呼吸 弐ノ型 稲魂!」

こちらがいくら攻撃を仕掛けても、傷を与えても、猗窩座は躱すばかり。

「ッ、いい加減にしろ、俺は女とは戦わない!」

「うるさい! それはそっちの都合!」

腕を切り落としてもすぐに再生される、頸を狙っても避けられる。反撃はないが手応えもない。いらいらする。

「雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷しゅうぶんせいらい!」

波状攻撃を受けた猗窩座の体から血が噴き出す。しかし、やはり防御を固めるだけだった。

「戦う気がないなら、おとなしく頸を差し出せ!!」

「失せろと言っている!!」

私と猗窩座は互いに手を出さず、睨み合った。

……強い。

今の私の力では1人で猗窩座を倒すことはできない。

そして猗窩座は私を、女を殺せない。

膠着状態だった。このまま戦い続けても、決着はつかず消耗するだけだとわかった。

それでもやれるだけはやらないと。その一心で刀を振るう。しかし――、

「――引け、明野。お前では俺を殺せない。逆も然りだ」

猗窩座の拳が日輪刀の刀身を折った。

咄嗟に柄を猗窩座に向けて突いたが、短くなった柄側の刀身を掴まれて固定され、攻撃には至らず。

刀がなくては、私は猗窩座とは戦えない。

「…………わかった」

私が柄を離すと、猗窩座も刀身を掴んだままの拳を下ろす。

そして、べん、という琵琶のような楽器の音とともに、地面に突然開いた穴。

猗窩座はその中に落ちて消えていった。覗き込む間もなくその穴は消えた。

なにそれ。気になる。しかし今それを探る余裕はなかった。

間もなく、日の光が降り注いでくる。

「はぁ……っ、はぁ……っ」

たまらずその場に膝をついた。なんとか息を整える。

張りつめていた気が、敵がいなくなったことで緩む。同時に、疲労が襲い掛かって来た。

「……もどら、ないと……」

折れた刀身を拾い、とりあえず鞘に入れておく。柄は猗窩座に持ち去られてしまった。

炭治郎くんの刀は見つからなかった。

*****

「うそ……でしょ……」

鴉からの情報で最初に駆けつけた場所に戻ると、そこにはもう誰もいなかった。

煉獄くんの血の跡もない。止まっていたはずの列車もなければ、人の気配もない。

確かに私が戻るまでに時間はかかったけど、いくらなんでも処理が速すぎる。

「ひどい……!」

私、上弦の参を相手にして結構がんばったのに。置いていくなんて。

「もう……むり……」

疲労のあまり、その場で気を失った。

*****

上弦の参・猗窩座との戦闘後、数日間帰ってこられなかったのは、端的に言えば置いて行かれたからである。

……そう言いたかったが、とても言える雰囲気ではなかった。

以前、上弦の弐と遭遇したときは柱はまだ5人しかいなかったが、今は私を含めて10人。ちなみに煉獄くんはさすがに欠席だ。

視線が痛かった。

「お前ェ……なんで生きてんだァ」

「えっ……死ねと……?」

「違ェ! おかしいだろォ! 上弦の弐と戦って軽傷、上弦の参と戦って無傷だァ!? 煉獄は死にかけてんだぞ!」

話聞いてた!?

煉獄くんと違って猗窩座とはまともに戦っていないから無傷なんだけど。

不死川くんは以前から上弦に会いたがっていたから、よく会う私が羨ましいのかもしれない。そういうことにしておく。

「生きていてよかった」

唐突にそう発したのは義勇だった。義勇は私が帰ってからずっと、傍に引っ付いて離れなくなっている。

今もそうだ。会議の場だというのにずっと私の手を握っている。嬉しいけど。

「おい冨岡。場をわきまえろ。だいたいお前はいつもそう――」

そして伊黒くんのネチネチ攻撃が始まった。蜜璃ちゃんは喜んでいるが、長いので割愛する。

「まあまあ伊黒さん、たまにはいいじゃない。冨岡さんも明野ちゃんのことが心配でたまらなかったのよ。きっと安心したんだわ。くっついていたくなるのは当然よ! 素敵だわ〜!」

頬を染めた蜜璃ちゃんがすべてを説明したせいか、義勇は若干気まずそうにしていた。それを見た蜜璃ちゃんは、"冨岡さんってば照れてるのね、可愛い……!"と追い打ちをかけた。わかる、照れているときの義勇はかわいい。

「なんで鴉を飛ばさなかった?」

真面目な空気感を取り戻したのは、意外にも天元さんだった。天元さんは会議が始まる前から、いつもとは様子が違った。なんというか、少し怖い。

「私の鴉、ちょっとぽんこつで……」

「ああ! そういえば」

しのぶちゃんが納得したように頷く。

「猗窩座を追って森の中に入ったんですけど、戻る途中で道に倒れてるのを見つけました。多分、木にぶつかったんだと思います。よくぶつかってるから……」

なんだそりゃ、みたいな呆れた目線が突き刺さる。

義勇のところの寛三郎も似たようなものだからか、義勇は渋い顔で頷いた。

「あと、かなり人見知りで。私への伝令はちゃんと伝えてくれるんですけど、私からの情報は文でない限りは難しくて。文を書ける状況じゃなかったので、自力で帰るしかありませんでした」

道もわからないし、列車の駅からは距離があった。当然そんな場所に藤の家紋の家はなく。

なけなしの所持金を削って食事をとりながら野宿をしていたので、帰ってくるのに数日かかってしまったのだ。

その道中で鬼を狩っていたら、任務中だった顔見知りの鬼殺隊士とたまたま会って、無事帰ってくることが出来た。

ちなみにその隊士とは、いつだったか継子に志願してきた佐島くんである。彼は私が行方不明となっていることを知らなかったから、私も気づかなかったのだ。

今度会ったら継子にしてあげようかな、と考えるくらいには助かった。

あと、今度からは任務にもちゃんとお金を持っていこうと反省した。

「はぁ……ったく、わかったよ」

天元さんは溜息を吐いて、参ったように頭をかいた。

「――よし! 派手に帰還祝いだ! 明野、今夜はうちに来い!」

「行かない」

即答したのは私ではなく義勇だった。

「お前には聞いてねえ! 嫌がっても連れていくぜ。――嫁たちにも、顔を見せてやってくれ。ド派手にな」

「あ……そういうことなら、ぜひ」

「明野……」

義勇の握る手の力が強まる。なんで行くんだ、と目が語っている。

しかし、雛鶴ちゃんたちにも行方不明の報せが届いていたなんて思っていなかった。いや、天元さんが教えたのか。

3人とも、天元さんの継子である私を妹のようにかわいがってくれていた。……雛鶴ちゃんは同い年だし、まきをちゃんと須磨ちゃんは年下のはずなんだけど。

ともあれ、そんな人たちに心配をかけておいて挨拶もなくしれっと元の生活には戻れまい。

なので、天元さんの誘いに乗りたいところだった。

義勇は何も言わないが、手を握ったままじっと見てくる。たまに小さく名前を呼ばれるので、ちょっと不気味だ。ごめん義勇、今回は譲れないよ。

「冨岡さん、いい加減に――」

そして見かねたしのぶちゃんが、怒りの笑顔で義勇を窘めようとしたときだった。

「あのさ冨岡さん、状況が理解できないの? 駄々捏ねるのやめなよ。大人でしょ」

時透くんの言葉にハッと目を見開いた義勇は俯き、大変落ち込んだ。

というか、私もぞっとした。これ慰めるの私だよ。

それにしても、時透くんが口を出してくるのは意外だったな。もう帰りたいだけかもしれないけど。

しのぶちゃんと蜜璃ちゃん、伊黒くん、不死川くんはそれを見て笑いを堪えていた。蜜璃ちゃんはすでに吹き出していたが。

義勇、落ち込んでるのに面白がられてる。さすがに嫌われすぎだよ。

しのぶちゃんと蜜璃ちゃんは義勇に対しても好意的に接してくれているので、私もこれで腹が立つことはないけれど。

伊黒くんと不死川くんは本気で嘲っていそうだが、もうそれはしょうがない。人には相性というものがあるし。

「……宇髄、冨岡も招待してやりなさい。今、明野から離れさせるのは、あまりに酷……」

行冥さまは涙を流して天元さんにそう言った。天元さんはと言えば呆れ顔だ。

一方で義勇は目に生気を取り戻し、素早く天元さんを見た。無言だったが。

「仕方ねえなぁ……。おい冨岡、メシは自分で用意して来いよ!」

「ありがとう、宇髄」

「何ッ、冨岡が礼を言っただと……!?」

伊黒くん、それそんなに驚くことじゃないよ。

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