恋(バナ)柱
【明野視点】
今回の柱合会議で、新しく柱となる者が紹介された。
恋柱・甘露寺蜜璃さんだ。
"恋柱"ということは、恋の呼吸を使うんだろうか。……どんな呼吸なのか全く想像がつかない。
初めての柱合会議に緊張している様子の甘露寺さん。
鬼殺隊では当然少数派の女性隊士だが、私やしのぶちゃんよりもはるかに上背があった。羨ましい。
そして何より目立つのはその髪色だ。桜餅みたいで可愛いと思った。
甘露寺さんは華やかな顔立ちの子だったから、明るい色がよく似合っている。にしてもすごい色だなあ。
あともう1つ、気になる点があった。隊服だ。
胸元がものすごく開いていて、短いスカートからは長い足が曝け出されている。
……親近感。
おそらくあの縫製係の前田さんにやられたんだろう。あれは変態だ。
私も仕立て直すたびに露出を増やされていた。
ちなみに以前、"最近胸が大きくなりましたね"などと言われたのはさすがに怖かったし、義勇に言いつけた。
義勇もちょうど仕立て直しの時期だったらしく、前田さんとは
しのぶちゃんはあの変態開襟隊服を燃やしていたが、甘露寺さんは着ているらしい。
しのぶちゃんも似合うと思うんだけどなあ、なんてことを口に出せば、次から傷口に毒を塗られかねないので言えないけど。
*****
かくして柱合会議は終わった。甘露寺さんの紹介の他はおおむねいつも通りの内容だった。
任務の時間まで少しある。
夕餉の準備でもしようかなと思って、何が食べたいかを聞くために――鮭大根確定だけど――義勇のもとへ向かおうとした、そのとき。
「あ、あの!」
正座から立ち上がったところで声をかけてきたのは、甘露寺さんだった。
「お名前を聞いてもいいかしらっ!?」
「鳴柱の時雨木明野です」
甘露寺さんのキラキラした視線がまっすぐ私に向いていて、なんだかちょっと照れる。
「明野ちゃんっていうのね! とってもかわいいわぁ! お人形さんみたい! キュンキュンしちゃう!」
「えっ……えぇっ……?」
甘露寺さんに、何故か頭を撫でられていた。
「あっ! ごめんなさい、私ってば先輩の柱の方に失礼なことを……! ごめんなさい!」
「い、いいけど」
「本当!? 明野ちゃんはおいくつなのかしら? まだ小さいのに、もう柱だなんてすごいわ!」
「ちいさい……」
小さいけど。しのぶちゃんだって同じくらいなのに。
というかおそらく彼女が言っているのは体格のことではない。存在感とか、なんかそういう雰囲気の話だ。
私はそんなに貫禄がないのか。
「……わたし……にじゅういっさい……」
「えっ、11歳!?」
「はっ!? 違う違う! 違います! 21歳!」
とんでもない聞き間違いをされそうになり慌てて訂正した。
天元さんには笑われているし、不死川くんは哀れみの視線を向けてくる。義勇は真顔だけど……あれはお腹が空いているときの真顔だ。そろそろお腹が鳴ってしまうかもしれない。
甘露寺さんに目線を戻すと、彼女はそこにいなかった。
「ごめんなさい!!」
下から声が聞こえる。甘露寺さんが土下座していた。
「えぇっ!? ちょっ、頭上げてください! 土下座やめて!」
「よもや! 甘露寺も明野さんを歳下だと間違えるとは! 俺も初対面のときに同じことをしたな!」
煉獄くんまで笑い始めた。天元さんと違って面白がってはいないけど、複雑だ。
甘露寺さんは頭を上げると煉獄くんを見て両目をうるうるとさせる。
「師範もですか!?」
あ、煉獄くんの継子だったんだ。
「甘露寺さん、あの、私は気にしてないので、甘露寺さんも気にしないでください」
「明野ちゃん……! 優しいのね、素敵だわ……!」
手を握られた。なんかすごい子だな。
私が甘露寺さんの勢いにぽかんとしていると、いつの間にか義勇が横に来ていて、握られた手を解かれる。
「明野は大人だ。身も心もな」
義勇は甘露寺さんに向かい、真顔でとんでもないことを言ってのけた。後半絶対言わなくてよかったでしょ。
「帰るぞ、明野」
そのまま私の手を引いて、義勇は歩き出した。
「わっ、義勇、待って」
「会議は終わった」
「帰れ帰れェ。いつまでも見たいツラじゃねえしなァ」
「……そうする」
不死川くんの嫌味には若干傷ついていたようだけど、表情には出なかった。
「すみません、お先に失礼します! あと不死川くん、あんまり義勇にいじわるなこと言わないでね」
「うるせェ!」
怒られてしまった。
*****
冨岡と明野が去った後。
「ししししし師範!!」
「どうした甘露寺!」
「うるせェ……」
頬を赤く染めた甘露寺は、煉獄に問う。
「明野ちゃんとあの綺麗な殿方は、もしかして……!」
「綺麗な殿方? ああ、冨岡のことか! 2人がどうかしたのか?」
いや、わかるだろ――と、柱たちは思った。
ちなみに伊黒は甘露寺と煉獄が冨岡の容姿を褒めたことにイラッとしていた。
「あの2人って……!」
「ふふ、お察しの通り、明野と冨岡さんは恋仲なんですよ」
察しの悪い男どもでは埒があかないとしびれを切らし、甘露寺の問いに答えたのは胡蝶だった。
「キャー! やっぱりそうよね! そうだと思ったの! 憧れちゃうわぁ!」
はしゃぐ甘露寺を胡蝶は微笑ましく思ったが、やかましくて仕方がないとばかりに不死川はさっさと退席した。
「甘露寺さん、明野ってばすごいんですよ」
「どういうこと、しのぶちゃん?」
「悲鳴嶼さんにも可愛がられていますし、そこの宇髄さんも明野のことが好きなんです」
「ええぇっ!?」
「明野は良い子だ……。明野と一緒にいると、冨岡も宇髄も、しのぶも……皆楽しそうにしている。私も同じだ」
悲鳴嶼は、明野のおかげで柱の仲が良くなったと喜び、涙した。
「オイ胡蝶、派手に語弊があるぞ! 俺にはもう嫁がいるっつってんだろ!」
「でも、冨岡さんに明野を取られて悲しんでたじゃないですか」
「取られてねえわ! あいつは俺の継子だから、冨岡の継子にはならねえしな」
「全然筋が通っていませんねえ。そもそも、もう継子ではないでしょうに」
宇髄を煽る胡蝶にハラハラしながらも、明野がとにかく柱たちから好かれているのだと解釈した甘露寺。
ちなみになぜ胡蝶がこれほど宇髄に突っかかっているのかと言えば、単に八つ当たりである。
自分と同じく突然冨岡に明野を掻っ攫われたはずなのに、宇髄がそんなにムカついていなさそうなところに胡蝶はムカついていた。
「しのぶは……明野と接する機会が減って、寂しいのだな」
「!?」
まさか悲鳴嶼に図星を指されるとは思っていなかった胡蝶は、動揺をなんとか隠した。さすがに尊敬する悲鳴嶼に八つ当たりはできない。
「私も明野ちゃんと仲良くなりたいわ!」
「うむ! 甘露寺と明野さんは仲良くなれると思うぞ!」
「そうですね。それこそ、恋の話もできるんじゃないでしょうか?」
「そうよね、そうよねっ! 明野ちゃんに冨岡さんとのお話を聞いてみたいわ……!」
いや、冨岡の情報は別にいらない――と誰もが思ったが。それをわざわざ口に出すのが伊黒という男である。
「ふん……やめておけ。冨岡の話など聞いて楽しいものか。あんな甘ったれに割いている時雨木の時間が勿体無くて、俺は涙が出そうなんだが」
「伊黒さんも明野ちゃんのことが好きなのね!」
「違う! 断じて違うぞ! 鬼狩りとしての実力は認めているが、それ以外は好かん!」
ちょっと気になる女子に誤解を与えまいと、伊黒は必死だった。
*****
後日、明野との会話の機会を伺っていた甘露寺は、頭を抱えていた。
「しのぶちゃん、どうしよう……明野ちゃんとなかなかお話ができないの」
明野と仲良しな胡蝶に相談しようと、蝶屋敷を訪れた甘露寺。
胡蝶はその原因にはすでに察しがついていたが、ひとまず話を聞くことにする。
「明野ちゃんを見かけて声をかけようとするとね、何故か毎回冨岡さんに先に連れていかれてしまうのよ!」
やはりそうか、と胡蝶は納得した。
「私、嫌われているのかしら……」
それからしゅんとうなだれる甘露寺に、胡蝶は慰めようと笑顔を浮かべたが同時に額に青筋も浮かぶ。
「そんなことありませんよ。むしろ、嫌われているのは冨岡さんのほうですから」
「えぇ、そうなの? どうして?」
「彼、言葉足らずで態度が悪いんです」
「そうだったかしら……?」
甘露寺がここ数日見かけた冨岡は、明野に対して常に優しく接していたように思う。確かに口数は少ないが、明野を気遣う言葉は淀みなく発されていた。
「甘露寺さんがどんな場面を見たのかはわかりませんが、冨岡さんが優しくするのは明野にだけですよ?」
「……しのぶちゃん、もしかして」
「はい?」
「しのぶちゃんも冨岡さんのことが――」
「虫唾が走りますね」
「え?」
「あ」
胡蝶はハッとして口を噤み、いつもの笑顔を浮かべた。
「確かに私は冨岡さんを嫌ってはいませんけど、恋愛感情は全くありません」
「そ、そうなのね! ごめんなさい、怒っているみたいだったから、妬いているのかと思っちゃったの!」
「妬いている……」
甘露寺にはそう見えていたのかと、胡蝶は素直に驚いた。そして、納得した。
「そうですね、妬いているのは事実だと思います。――冨岡さんに、ですけど」
「明野ちゃんじゃなくて、冨岡さんに妬いているの? しのぶちゃんは、明野ちゃんのことが大好きなのね」
「そうですね……私、明野と一番仲良しだって思ってたんです。明野もそう思っていてくれていたはず」
何故こうも言おうと思っていなかったことがすらすらと口から出て行ってしまうのか。
甘露寺の純真な人柄ゆえかと胡蝶は早々に観念した。彼女なら言いふらすことはないだろう、と。
「なのに……明野ってば、いつの間にか冨岡さんにばかり構って。私のところに来たって、冨岡さんの話ばかりするんですよ。ひどいと思いませんか?」
明野と冨岡に対しての、胡蝶の本音はこれだった。
だからこそ、胡蝶は冨岡をつついてからかってみたりしてしまうのだ。……単に、冨岡のことを天然でからかいがいのある人物だと思っているからでもあったが。
「キャー! 明野ちゃん……罪な女の子ね……!」
「しまいには、夜が激しくて腰を痛めたから薬がほしいだのなんだのと……」
「えっ、えぇっ!? おおおお大人なのね……!!」
ぷしゅう、と湯気の上がる音が聞こえそうなほどに甘露寺は頬を赤らめた。
「……まあ、それはともかく。明野と話がしたいのでしたら、文を出してみてはどうですか? 冨岡さんもさすがに他人宛ての手紙を捨てるようなことはしないでしょうし」
「そそそそそうね! そうしてみるわ! ありがとう、しのぶちゃん!」
甘露寺は赤い頬のまま、蝶屋敷を後にした。
それを見送った胡蝶は、いつだったか冨岡が言った言葉を思い出す。
――あいつは魔性だ。目を離せばすぐに狙われてしまう。俺がついていないと駄目だ。
明野がいないと駄目なのは冨岡の方だろう、と胡蝶は思ったが。
「あんな見た目で魔性だなんて……ほんと、笑えないわよ、明野」