ごきげん水柱

【義勇視点】

明野は無防備で、警戒心が足りていない。

俺が傍で守ってやらねば、すぐに言い寄られてしまう。

今もそうだ。

俺の腕の中で、すぅすぅと小さな寝息を立てながら安心しきったように眠っている。俺が少し動いても起きるそぶりを見せない。

……まあ、俺に対して警戒心を持たれては困るんだが。

「明野、そろそろ起きよう」

「ん……おきる……」

目をこする姿はまるで幼子のようだ。

普段は結われている髪が下ろされているとなおさら幼く見える。

昨晩はあんなにも女の顔を見せていたというのに、こうも差があるとは……なんとも表現しがたい堪らなさを感じた。

「朝餉を用意しよう」

「んん……わたしやるから、待ってていいよ」

「なら一緒に作ろう。体はつらくないか」

「だいじょうぶ」

のそのそと起き上がる明野。着崩れた浴衣から肌が見えている。俺の抑えがきかなくなるので、襟を閉じてやった。

それから朝餉の用意を一緒に行う。鮭大根を作ろうとしたら、夕餉の楽しみに取っておくように言われた。

つまり今日は確実に明野の鮭大根が食べられるということだ。楽しみだな。

「今日の予定は」

「善逸と佐島くんのお稽古。義勇は?」

「任務の報告書を作成するつもりだ」

俺が食べながら話せないからか、食事中はあまり話をすることはない。

朝の会話は食器を洗いながらすることがほとんどだった。

俺は明野と一緒にいられれば、会話などなくても嬉しい。

それでは明野が退屈しないだろうかと思っていた時期もあったが、彼女はそれを否定した。

明野もまた、俺と同じ気持ちだと。……ムフフ。

「時間が合えば、お昼も一緒にどう? 定食屋に行こうと思ってるの」

「継子もか」

「うん。嫌?」

「嫌ではない。そちらの時間に合わせる」

「ありがとう。終わる頃に勇仁を飛ばすね」

「うん」

勇仁というのは明野の鎹鴉の名前だ。

かなり人見知りをするようで俺はそこまで多く話をしたことはなかったが、寛三郎とはよく話しているらしい。寛三郎も彼と話すのは好きだと言っていたから、良い鴉なのだろう。

最近は人見知りを克服させるために、身近な人物と積極的に会話をさせるようにしているらしい。

ともあれ浴衣から隊服に着替えると、明野を玄関口まで見送る。

昨晩明野は俺の屋敷に帰ってきていたから、鍛錬のために一度自身の屋敷へ戻る。

本当は明野の屋敷まで送りたいが、時間がもったいないからと毎回断られてしまう。

確かに屋敷まで少し距離はあるが、道中の明野との時間は無駄ではないと、俺は思うのだが。

「じゃあ、またお昼にね」

「うん」

明野が俺に背を向けて歩き始める。

ぴょこぴょこと揺れる尻尾のように結われた髪は、見ていて飽きない。その姿が見えなくなるまで見送った。

「寛三郎。すまないが、明野を屋敷まで見送ってやってくれ」

「オ安イ御用ジャ……」

寛三郎は慣れたように明野の後を追って飛んでいく。幾度となく頼んでいるから、もう道を間違えることはない。

以前は俺が密かに後ろをつけて勝手に見送っていたが、明野にはお見通しだったようで、一度だけ怒られたことがある。

『こっそりついてくるのは気味が悪いから、次からは声をかけてほしいの』と。

気味が悪いとまで言われれば、さすがに俺も傷ついた。しかし、意図せずして明野を不快にさせてしまっていた報いだろう。

次からきちんと声をかけるようにすれば、明野は少し呆れたように笑っていた。

『心配してくれるのは嬉しいけど、明るい時間の見送りはしなくて大丈夫だよ。もっと自分のことに時間を使ってね』

そう諭すように言われて、俺はそれに従うことにした。

明野はどこか蔦子姉さんに似ているところがある。明野と姉さんはとても仲が良かったから、影響を受けているのだろうか。

俺も明野の兄――勇久義兄さんとは仲良くしてもらっていたが、似ることはなかったな。彼は明るく自信家で、そう、例えるなら宇髄のような人だった。だから明野は宇髄と気が合うのだろうか。

……そんな雑念にまみれながらも、午前の鍛錬を終えた。

*****

任務の報告書作成は滞りなく進んだ。

明野の屋敷から戻って来たばかりの寛三郎には悪いが、お館様への提出を任せ、再び飛んでもらう。

ほどなくして、勇仁が俺の屋敷を訪れた。

「ギ、義勇サン……」

「どうした」

「明野チャンカラ……オ昼、一緒ニッテ……」

「そうか。店の場所はわかるか?」

「ハイ……コッチデス……」

もじもじした様子の勇仁だったが、最近は俺とも会話が続くようになってきた気がする。人見知り克服訓練の成果が出てきたのではないだろうか。

「励め」

「エッ……?」

「?」

応援したら、困惑された。何故だ。

「ソウダッタ……義勇サンハ、言葉足ラズナ……優シイ人……」

ぽそぽそと小さく何かを呟いた勇仁。何と言っているのかは聞き取れなかった。

*****

勇仁の案内で定食屋に着くと、明野と善逸は向かい合ってすでに席についていた。佐島の姿が見えない。

「あ、義勇。こっちだよ」

「義勇さん、お疲れ様です」

「ああ。……佐島は」

「お父様の看病があるから家に帰るって」

「そうか」

知らなかった。身内の看病と隊士の活動を両立してなお柱の継子にまでなれるとは、立派なことだ。

明野の隣に腰を下ろすと、自然と善逸と目が合う。びくりと彼の肩が跳ねた。何故だろう。

ともあれ注文を済ませるとすぐに食事が運ばれてきて、3人揃って食べ始める。

明野と善逸は俺とは違って食べながらでも会話ができるから、こういうときは俺は専ら聞き役に徹していた。……普段もあまり自分から話題を提供できる方ではないが。

2人とも明るい性格だからか、会話の内容も聞いていて楽しく、心地が良い。たいがいは善逸が任務で苦労した話をしているのだが、明野の相槌や微笑み……これは、俺との雑談で見せるものとはどこか異なる。慈愛に満ちた表情だ。

話は変わるが、明野は案外よく食べる。昔はむしろ小食で、それしか食べなくて平気なのだろうかと心配だったくらいだが、なんにせよ健康的で良いと思う。

悲鳴嶼さんのもとでの鍛錬は、食事も修行のうちだったと聞いたことがあるから、きっとそこで胃も鍛えたのだろう。

小さな口でもぐもぐと米を食べる姿は非常に愛らしい。俺は明野の食事をする姿が好きだ。食事をしているとき以外の姿もたいがい好きだが。

……昨晩、何をとは言わないが口いっぱいに頬張ってくれたのは、かなり頑張っていたのだな。そんなところも健気で堪らない。

「ふふ。義勇、またお米つけてる」

「……む」

明野に夢中で気付いていなかった。明野の手によりおしぼりで優しく口元を拭われた。

「ねえちゃん、俺も俺も!」

善逸はいつもわざと口元を汚して明野にそうねだる。姉に構ってほしいのだろう。わかるよ。

「もう、自分で拭きなよ」

と言いながらもちゃんと拭いてやるのだから、善逸はこれをやめない。まったく甘やかしすぎだ。

……善逸が何やら鋭い視線を向けてくるが、どうしたのだろう。腹でも痛いのか?

あいにく腹痛の薬は持ち歩いていない。すまないが俺には何もしてやれそうになかった。

……善逸の表情が何やら怒ったようなものに変わった。

彼は耳が良く、音で人の感情を読み取ることが出来ると聞いている。鼻の利く炭治郎と似た性質だろう。

しかし、それなら何故そんな反応をされるのか、俺にはやはりわからなかった。

嫌われていないとは思うが、善逸はなかなか難しい奴だ。

*****

昼食を終えて屋敷へ戻る道中、猪頭を被った少年――嘴平に善逸が拉致された。

「半々羽織! カミナリチビ! 俺様と勝負しろ!」

「「しない」」

カミナリチビなどと言われた明野は片頬をひくりと動かしたが、反論はしなかった。

しかし、明野に不名誉なあだ名をつけるなど言語道断。

嘴平をじっと見つめると、今度は彼がびくりと肩を揺らす。

「じゃあ紋逸でいい! お前俺様と勝負しろ!」

「イヤアァアア! 俺で妥協しないでぇえええ!!」

そうして善逸は連れ去られて行った。同期とああも仲良くなれるとは、善逸はすごいな。

「嘴平くんは相変わらず元気だね。……じゃあ、帰ろっか」

「……寄りたい店がある。いいか」

「え? いいけど、珍しいね」

定食屋へ向かう途中、道を間違えた勇仁と通った場所にある呉服屋に、明野を連れて行きたかった。

覗き見えた店内に展示された着物が、きっと明野に似合うと思ったから、贈ってやりたかったのだ。

先ほどの不名誉なあだ名で少し落ち込んだように見えたから、着物を贈ることで元気を出してもらえればとも思った。

呉服屋に入ると、すぐに目当ての着物は見つかった。

店内の他の着物よりも少し値は張るようだが、自分の気に入ったものを明野に贈るのだから金額など些細な問題だ。給金もお館様からは十分すぎるほど頂いているし。

店主だという女性に早速購入を申し出ると、ぜひ着て帰るようにと勧められた。

遠慮をしているのか明野には着物を贈ること自体を断られたが、

「俺はお前がこの着物を着ているところが見たい」

と頼めばすぐに頷いてくれた。頬を染めて恥じらう姿もまた愛らしい。

明野が着替えている間、店主から着物に合わせる小物類も勧められたので、まとめて購入してしまった。

勧められたものを身に纏う明野を想像したら、似合うだろうなと思ったからだ。そもそも明野そのものがかわいらしいので、なんでも似合うのだが。

商売上手の店主には男物の着物も勧められたがそれは断った。しかし、

「お客さん、あんな綺麗な娘の隣を歩くんだろう? 男前なんだからちゃんと似合う格好をしないと」

などと言われてしまえば頷く他なかった。俺が明野の価値を下げるわけにはいくまい。

俺も隊服から新品の着物に着替えると、明野はたいそう驚いた表情を見せた。

それからまた頬を染めて、俺の着物姿を褒めてくれた。……なかなか、照れるな。

「毎度ありがとうございます。良かったら3軒隣の小物屋に寄って行っておくれ」

店主の言葉に従いその店に行けば、そこの店主は先ほどの呉服屋の店主と姉妹らしい。やはり商売上手だ。

俺はそこで櫛と簪、髪飾りを贈ることにした。明野は俺が引かないと察したのか、もう断ることはしなかった。

男が女に櫛や簪を贈る意味というものを、胡蝶と甘露寺に教わったことがある。

それを明野が知っているかはわからないが、伝わればいいと思った。

しかし、女性の装飾品に詳しくはなかったが、見て回っているとどれもこれも贈りたくなってしまうな。

明野に似合いそうなものをいくつも見繕っていると、明野のみならず店主にも笑われてしまった。

「ふふっ、義勇ってば、たくさん貰っても私の体はひとつしかないんだよ?」

おかしそうに笑う明野に見惚れて、危うく手に持った商品を落とすところだった。

*****

「明野、甘味処に寄らないか」

新品の簪をさして歩く明野は、驚いた表情で俺を見上げた。

いつも少しだけ俺の後ろを歩く明野だが、俺が立ち止まったことで横に並ぶ。

「義勇、お腹空いてるの?」

「まだ食べられる」

俺が誘ったのは腹を満たすためではないが。

こうして俺好みに着飾った明野を、もう少し堪能していたい。

他の男に邪な目で見られるのは心配だが、俺と一緒にいれば問題ないだろうし。

屋敷に戻れば、任務や家事があるからとすぐに着物を脱いでしまうだろう。

それでは勿体無い。名残惜しい。

それに、その着物は俺が脱がしてやりたい。……なんとも浅ましい欲望だが。

ともあれ帰りの道中にある甘味処に入ると、ちょうど昼過ぎということもありそれなりに賑わっていた。

そして案内された4人掛けの席にはすでに2人の先客がいたが、それは驚いたことに見知った顔ぶれだった。

「明野ちゃんに冨岡さん、偶然ね!」

甘露寺と伊黒だ。

「キャー! 明野ちゃん、そのお着物とっても素敵! 冨岡さんも、2人並んでいるとすっごく絵になるわぁ……!」

席に着くなり始まった甘露寺の言葉は止まることを知らず流れ続ける。

とても褒められているな。嬉しい。甘露寺は良い人だ。

「フン……馬子にも衣装だな」

「伊黒さんってば。明野ちゃんがかわいいからきっと照れてるのよ!」

「いや違うと思うけど……」

「冨岡の女になど興味はない」

俺は伊黒にはよく悪口を言われてしまうが、彼の人の女に手を出さないという姿勢は素晴らしい。

「明野ちゃん、そのお着物は新調したの? 簪も初めて見た気がするけれど……」

「うん。ついさっきね、義勇が選んでくれたの」

「えぇっ! 冨岡さんが選んだんですか!?」

「ああ」

目をキラキラと輝かせた甘露寺に見つめられ、悪い気はしないが少々落ち着かない。

だが彼女の横で照れたようにはにかむ明野が堪らなく愛しい。やはり喜んでもらえたようだ。

俺たちも注文を済ませて食べ始めると、その間、話題を提供するのはもっぱら甘露寺だった。

「それにしても良いわねぇ! 逢引き、とっても楽しそうだわ」

「その予定じゃなかったんだけど、なんだか成り行きで」

「そうなの? まあ、可愛らしい明野ちゃんを見ていたら、連れ歩きたくもなるものだわ。ね、冨岡さん!」

「!?」

何故、わかるのだろうか。

その後、"キュンキュンのお裾分け"だと言う甘露寺に、桜餅を何十個と注文されてしまった。

*****

甘露寺からの大量の桜餅は結局食べ切れず、お土産としていくつか持ち帰らせてもらった。

明野の屋敷へ戻る途中、佐島の家や蝶屋敷に寄って桜餅を配っていると、もうそろそろ夕方になる頃だ。胡蝶が明野をなかなか離したがらず時間を食ってしまった。

「ちょっと見てほしいものがあるんだけど、いい?」

屋敷に着いて、任務の支度をしようと隊服を取り出していると、明野に声をかけられた。

着いて行くと、案内されたのは明野の私室だった。

箪笥から何かを取り出した明野。

「羽織か」

「うん」

その羽織は落ち着いた水浅葱色で――俺が今日選んだ着物と同じ色だった。

しかし、その柄にはどこか見覚えがある。

「……善逸と揃いだな」

「うん。育手のおじいちゃんから貰った羽織だからね」

なるほど。善逸は明野の弟弟子だから、当然育手も同じ人物だ。

育手である桑島さんは現役時代、鱗滝さんの同期だったと聞いている。

以前桑島さんのもとに明野と共に挨拶に伺った際は、まるで何かの試験を受けているかのような緊張感があったが……元鳴柱の貫禄を纏った、とても良い人だった。

「義勇が選んでくれたお着物、偶然だろうけど、この羽織と同じ色だったから」

「気に入らなかったか?」

「えっ? いや、逆! 逆だよ」

明野は慌てて手を振る。

「この羽織、とっても気に入ってるんだけど……着るのは、少し後ろめたくて」

「後ろめたい?」

「うん。私、雷の呼吸の継承を断ったのに、自分勝手な目的のために鳴柱になって……正式な継承者である善逸たちの、邪魔をしてるでしょう」

俺は何も言えなかった。

口を出すには、俺は知らなさすぎる。

明野が雷の呼吸の継承者であったことも、善逸がそれを継いでいることも初めて知った。それに、今のは善逸の他にも継承者がいるかのような言い方だ。

元鳴柱の方に師事していたことを考えれば、その弟子が後継となるのは当然の話だが……。

俺は明野が本気で鬼と戦っているところを見たことがないから、明野の強さがわからない。

明野と手合わせをしたことがなく、任務で一緒になったこともない。

柱になる実力があることは知っている。手合わせをしたことがある者たちからの評価が高いことも、師範であった宇髄や悲鳴嶼さんが認めて頼りにしていることも知っているのに。

まるで俺の知らない明野が存在するようで、不安になる。

「義勇?」

俺が考え込んでいたせいか、明野は少し心配そうな表情でこちらを伺った。

「ごめんね、辛気臭い話しちゃって」

「いや……」

「それより、お着物、本当にありがとう。色も模様もすごく気に入ったし、何より義勇が選んでくれたのが、とっても嬉しいの」

"蜜璃ちゃんたちも褒めてくれたしね"と照れくさそうに笑うその表情に、俺は満たされていた。

「……俺がお前にそれを着せたかっただけだ。礼は要らない」

「えぇ、本当にいらないの?」

「ああ。それに見返りなら十分すぎるほど貰っている」

「そう? せっかく鮭大根を作ってあげようと思ってたのに……」

「なっ……!」

俺が待てをかけようとすると、明野はとぼけて首を傾げる。ああ、可愛い。可愛いが……それは駄目だ。

「鮭大根は、作ってくれ」

*****

この流れで何故こうなったのか、俺は明野を畳の上に押し倒していた。

……そうだ、俺が鮭大根をねだったら、それがツボにはまってしまったらしく明野はずっと笑っていた。

口元を隠して控えめに笑う姿に、俺は愚かにも劣情を抱いてその唇を奪ったのだ。

突然のことに明野は驚いていたが、俺が舌を捩じ込むと同時に彼女の腕が俺の首に回されたから、いい・・のだと判断した。

明野の背に手を添えて、優しく畳に背を預けさせる。

「……いいか」

「任務あるでしょう?」

「すぐに終わる」

「すぐ終わっちゃうの?」

「……始めてみないとわからん」

結局、すぐに終わることはなく、気づいたらとうに日が暮れていた。

*****

汚れないようにと避けておいたお互いの着物を畳み終えると、俺はぼうっとしている明野に声をかけた。

「風呂に入るか?」

「うん……義勇、先に入っていいよ。私、夕餉の支度してから入るね」

「俺と善逸でやっておく。風呂で体を休めてくるといい」

「えぇ……いいの? ありがとう」

適当な浴衣を羽織って立ち上がった明野。中途半端に肌が見えていて、俺には刺激的だった。

さっきまで散々暴いていたというのに……しかし、これ以上は任務に支障が出る。ここは我慢だ。

「善逸、そこにいるな。夕餉の支度をしよう」

明野が風呂に向かった後、部屋のすぐ外の廊下を覗き込むと、座り込んでいた善逸と目が合う。

……盗み聞きでもしていたか。

正直聞かれたくはない、というか、明野の嬌声を聞かせたくはない。だがそのために善逸を追い出すのは申し訳ないし、師範でもない俺にその権利はない。

かくして、何も言ってはこないが悔しげな鋭い視線を向けてくる善逸と共に支度を始めた。

そして、夜。明野と善逸は同じ任務に向かうらしく、屋敷の前で2人とは別れた。

名残惜しいが、仕方ない。

今日もまた、早く任務を終わらせて、明野のもとに帰らねば。

*****

夜明け前、俺は鳴柱邸を訪れた。

どちらの屋敷に帰るかをあらかじめ決めたことはなかったが、不思議と今まですれ違うことは一度もなかった。

「あ、義勇。早かったね」

「ああ。怪我はないか」

「私は大丈夫」

「俺は!? 俺の心配はしてくれないの!?」

どうやら善逸は怪我をしたらしいが、元気そうなので多分大丈夫だろう。

「善逸、擦り傷くらいで大げさだよ。それくらい唾つけとけば治るもの」

「え!? 姉ちゃんがつけてくれるの!? ぜひお願いします!」

「俺がやってやろう」

「ぎゃあああもう治った! もう治りました大丈夫ですぅうう!!」

善逸は走って屋敷の中に逃げて行った。やはり傷は浅いようだ。

俺たちもそれを追って歩く。

「善逸は、度が過ぎる」

「えぇ、かわいいのに」

「お前の言う"かわいい"は……広い。善逸も男だ」

「男の子でしょう」

「……俺も男の子・・・か?」

式台に腰をかけた明野の肩を押し、俺を見上げさせ聞いた。

「義勇、は――」

少し頬を赤らめた明野が口を開くと、

「あのー、そういうの俺がいないときにやってもらえません?」

部屋からこちらを覗き見る善逸が、血涙を流して物申してきた。

ささやかな逢瀬を弟弟子に見られたことが恥ずかしかったのか、明野はもじもじと俯く。

「明野、行くぞ」

これから休む善逸に迷惑をかけるわけにもいかない。

続き・・は、明野の屋敷にある俺の部屋でさせてもらおう。

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