忍ぶ夢
※注意:しのぶさんが報われません。シリアスです。
※しのぶ→夢主の百合描写があります。
※柱稽古〜無限城編の捏造ありますが細かい解説なく突っ走ります。
【しのぶ視点】
時雨木明野は私の親友。
私はずっと自分にそう言い聞かせていた。
「しのぶちゃん」
名前を呼んでくれたその笑顔を独占したいなんて思うようになっていたのは、一体いつからだったんだろう。
悲鳴嶼さんの屋敷にいた頃、初めて出会った彼女はまるで人形のようにかわいらしい女の子だった。
当時は口数も少なく、あまり表情を変えることのなかった明野。
同い年か少し年下だろうと思っていたから、その大人びてすました顔をどうにか変化させてやろうとしてよく構っていた。
「しのぶは本当に明野のことが好きね」
そう言って、カナエ姉さんにはよく笑われていた。
今では甘露寺さんに同じようなことを言われてしまうけれど。
私はカナエ姉さんやカナヲ、アオイや蝶屋敷の子供たち、甘露寺さんのことが大好きで、大切。
だけど明野に対する"好き"は、何か違った。
それが同性の友人に向けるべき感情じゃないことは理解していたけれど、同性の友人であることを利用して、明野に近づいた。
自分が明野に好かれていることはわかっていた。明野が私を見てくれるのなら、私と同じ"好き"じゃなくたってよかった。
音柱の継子になったと聞いてから、よく彼と行動を共にして親しくしているところを見ると、明野を取られたように感じて少し不快になった。
そもそも明野は私のものではないし、彼女は音柱と一緒にいて楽しそうにしていたから、終ぞそれを口を出すことはなかったけれど。
でも、それからしばらくして、明野が柱になった頃。
明野は変わった。
純真で可憐な少女から、どこか艶のある大人の女性のような雰囲気を纏うようになった。
ずっと探していた幼馴染の
明野の入隊目的が達成されて良かったと思った。大切な人と再会できたことも、その人と一緒になれたことも、心から祝福していた。
だけどやっぱり、私はまた明野が取られてしまったとも思った。
変わった明野も綺麗だった。けど、男に
明野の恋人、冨岡義勇は変わった人だった。というか、天然でドジだった。
まず口数が少なすぎて何が言いたいのかよくわからない。
私が柱になってからは、任務を共にしたりと個人的な関わりをもつことがあった。
冨岡さんは言葉足らずで不器用だけど、悪い人じゃない。少し関わればそれくらいは理解できたし、私も彼と話すのは楽しかった。
お互いに恋愛感情など持ちえないからこそ、話していて楽だった。あと彼は単にからかいがいがある。
それは忙しい毎日の中の、ほんのひとときの息抜きにすぎなかったけれど。
とはいえ、冨岡さんの明野に対する執着心というか、度を越した心配性のような一面は見ていて面白くもあったが、やはり彼は私にとって嫉妬の対象でもあった。
私が男だったら、と考えたことさえある。……体格による不利のことも含めて。
しかし、そんな馬鹿な考えはすぐに捨て去った。
だって、同性同士だからという理由で、明野はかなり無防備になるからだ。
診察と称して服を脱がせたり体に触れたり、息抜きと称して一緒にお風呂に誘ったり。私がもし男であればそんなことは不可能だったに違いない。
……いやまあ、そんなことはいいんですよ。
とにかく、冨岡さんは良い人で、明野のことを何よりも大切にしている。
それを理解したとき、私は明野の幸せを確信して安心した。そして、私ではやはり冨岡さんには勝てないと悟った。
私は明野との未来よりも、姉さんの仇を討つことを優先しているから――。
*****
柱稽古がひと段落ついた頃から、明野は善逸くんと色違いの羽織を着るようになった。
水浅葱のその羽織は明野によく似合っている。
それは育手である元鳴柱の方から贈られたものらしい。
つい先日、雷の呼吸の使い手から鬼を出したことの責任を取り、育手が腹を切ったと明野から聞いた。
そして、同じく責任を取るため、現鳴柱である明野がその介錯をしたとも。
鬼になった隊士は、明野の弟弟子の1人だったという。
その後明野は自らを精神的に追い詰めてしまい、遂には錯乱し自害しようとした――と、その場を取り押さえて蝶屋敷に彼女を運び込んで来た冨岡さんは悲痛な表情で語った。
冨岡さんと一緒に来た善逸くんは見たこともないほど静かな様子で、しかし怒りを湛えていた。彼にとっても深い縁のある人物だったのだろう。
少しの間、明野は蝶屋敷で療養をしていた。
その期間、冨岡さんは毎日病室に通い、たわいもない話をしては宿泊していく日々を送っていた。
私はそれに反対しなかったし、最善だと考えていた。
もとより強い精神力を持っていた明野は順調に回復していき、たった数日で復帰する運びとなった。
そして療養を終え屋敷に戻る前日、明野は私に言った。
「忙しいときにごめんね、しのぶちゃん。でも、少しだけ……泣き言を言ってもいい?」
「ええ、なんでも言ってください。誰にも言いませんから」
「ありがとう。……義勇と善逸にはね、弱くて、守らなきゃいけない女だって思われたくなくて、言いたくなかったの」
「ええ」
掛け布団を握る明野の手を、上から包むように握った。といっても、あまり手の大きさは変わらない。冨岡さんなら、この手だってちゃんと包み込めたのだろう。
「私、ね……まだ全然、立ち直れていないの。でもいつまでも私が泣いていると義勇が悲しむから、笑わなきゃいけない。それがね、今はとってもつらくて、どうしたらいいのかな」
そのたどたどしい話し方は、出会った頃の明野を思い出させた。
冨岡さんと再会する前の、お人形さんのような明野。
「冨岡さんのために笑うのを、やめたらいいじゃない」
「……しのぶちゃんは、義勇のこと嫌い?」
「いいえ。けど、あなたを泣かせるような男だったのなら、嫌いになってやるわ」
「……ふふ、そっか。嫌いにならないであげてね。義勇はしのぶちゃんとお話するの、楽しいみたいだから」
そんなことはわかっている。彼とはいい戦友になれた。
「あはは……馬鹿だね、私。自分で言っておいて、しのぶちゃんに嫉妬しちゃった」
「もう……本当に馬鹿ね。あんなに明野以外何も見えていない男、他にいないわよ」
「ふふ、しのぶちゃんはかわいいね」
「なっ……なんでそうなるの」
「その話し方、"しのぶちゃん"って感じがして好きなの。それにね、私にだけそうやってお話してくれるのが、とっても嬉しい」
「はぁ。私の話はいいでしょう。今は明野の"泣き言"を聞くために、ここにいるんですよ?」
「あ、戻っちゃった」
ふふ、と上品に笑う明野は、本当にまだ立ち直れていないのだろうかと疑うほどには、いつも通りの表情を見せていた。
しかしその表情は、次第に脆く崩れていく。
「おじいちゃんのこと、殺したくなかった……わたし、善逸にも何も教えられてなくてっ、獪岳の、あの子が望んでいることも、わかってあげられなかった……っ」
明野はぽろぽろと涙を零して、"泣き言"を漏らし続けた。泣きじゃくってはいたけれど、その嗚咽は堪えるような小さいもので。
明野が話す内容は、私の知らないことが多かった。
でもそれを理解することは私にとって重要じゃない。
こんなに傷ついて、こんなに泣いて、そして縋る相手が――私だったなんて。
かわいそうなのに、かわいい。そんなことを考えている私は最低なのかもしれない。
「いいのよ、明野。全部吐き出して」
私は寝台に腰をかけて、明野を抱き寄せ背中を撫でた。
やがて言葉もないまま静かに泣いていた明野が、規則的な呼吸をし始める。どうやら眠ってしまったようだった。
「……泣き疲れて眠るだなんて、子供ですか。まったく」
無防備に寝顔なんて晒して、襲われたって文句は言わせませんからね。
眠る明野の頬をひと撫でして、親指の先を軽く唇に押し当てる。
……ああ、悔しい、知らなかった。あなたの唇って、こんなにも柔らかかったのね。
*****
病室を出ると、扉のすぐ横には腕を組んだまま壁に寄り掛かる冨岡さんがいた。
私はとっさにかける言葉が出てこなくて、無意味に彼を見つめるだけだった。その無表情からは何も読み取れない。
意外にも、先に口を開いたのは彼の方だった。
「お前に明野はやらない」
「はい? あなたから奪おうなんて、思っていませんよ。言いがかりはよしてください」
「どうだろうな」
「そもそも、私は女性なんですが」
「関係ない」
……こいつ。
一体いつからここで盗み聞きをしていたのやら。
「そんなだから、嫌われるんですよ」
「……ふ。俺は嫌われていない」
いつかと違って、その言葉は自信を持って発されていた。
*****
燃え盛る産屋敷邸で目にした鬼舞辻無惨。
柱たちが一斉攻撃を仕掛けたその時――地面が抜けて、全員が鬼の根城に落とされた。
「しのぶちゃん……!」
誰よりも速く鬼舞辻のもとに辿り着き、その首を落としていたはずの明野が、何故か私のすぐ近くを落下していた。
こちらに伸ばされた彼女の手を握り、共に着地する。
周囲を見回すと、広大な城のような建造物であることがわかる。少し離れたところに、湖の中に建つ豪奢な建物が見えた。
「しのぶちゃん、怪我はない?」
「大丈夫です。明野も大丈夫そうですね」
うん、と頷く明野。
「明野は、こうなることがわかっていたんですか? お館様は、どうなったんですか」
この異様な状況に対して、彼女は落ち着きすぎている。
先ほどの鬼舞辻への対応の速さもそうだ。何かあるのだろうとは思っていた。
……お館様がすでに命を落とされていることは自明だったけれど、説明を求めるために聞く。
「お館様は余命がわずかだからと、自ら鬼舞辻を誘き寄せる囮になられた。行冥さまと私はそれを先に知らされていて、鬼舞辻の首を落とす役割を担っていたの。……首を落としても鬼舞辻は死なないだろうと、お館様は仰っていたけれど」
しかし、このような場所に落とされることは想定外だったと。
ここはおそらく、以前不死川さんと伊黒さんが目撃したという鬼の根城なのだろう。
「2度首を落としても、やっぱり再生した。私はできるだけ鬼舞辻に接近して、珠世さんと共に鬼舞辻の足止め、仲間が散開させられたときの目印となるように言われていたけれど、ここに落とされるときに離れた場所に移動させられちゃったみたい。失敗だね」
はぁ、と溜息を吐く明野はどこか安堵したようにも見えたが、その表情はすぐに真面目なものに戻った。
「これから夜明けまでの持久戦、鬼殺隊と鬼の総力戦になるよ」
「……そのようですね」
「うん。今は、耀哉様のご子息の輝利哉様が新たなお館様として指揮を執ってくださっているから、私たちは鬼舞辻を探して倒すのが目的」
明野の言葉に頷きを返した。
それから私たちは周囲を警戒しつつ、一際目立つ湖の建物を目指して歩いていた。
「……ねえ、しのぶちゃん」
「はい」
そこに辿り着くと、中へ続く階段を上ろうというところで明野は立ち止まり、私の手を引いた。
「ここにはきっと、上弦の弍がいる」
上弦の弍。姉さんを殺した鬼。そして、明野を傷つけた鬼。
私はそいつを倒すために、
「明野。私は1人で行きます」
「どうして」
「あなたは冨岡さんを探すべきだからです。彼じゃなくても、早く他の隊士を見つけて合流してください」
「でも、しのぶちゃんは……」
「これは私の戦いですから」
明野はひどく躊躇ったけれど、最後は理解してくれた。
わかっている。鬼の頸を切れない私が、1人で上弦に挑むなんて無謀だと。
私と違ってそれができる明野と一緒に戦ったほうが勝率が高いことだって、わかりきっている。
それでも、彼女をその鬼のもとへ連れて行きたくはなかったし、何より自分の手で復讐を遂げたかった。
「ありがとう、明野。……ひとつだけ、馬鹿なことを聞いてもいいですか?」
「なに?」
「……私のこと、好きですか」
明野は驚いたあと、泣きそうな顔を隠すように私を抱きしめた。
「大好きだよ、しのぶちゃん」
ああ、嬉しい。大好きな子に、最後に大好きだと言ってもらえた。
明野の背に腕を回すと、いっそう強く抱きしめられる。
「ねえ、明野。あなたはずっと幸せでいてね。おばあさんになるまで、……彼と一緒に」
「うん」
明野の声は震えていた。私も、人のことは言えないけれど。
明野と抱き合っていたのはほんの数分にも満たない短い時間だった。でもそれで充分だった。充分伝わった。
体を離すと、お互い目元を軽く拭う。
「上弦の弍は、氷の血気術を使う。でも……私はそれしか知らないの。ごめんね、役に立たなくて」
「ううん。ここまで、明野と一緒にいられて良かった」
「……またね、しのぶちゃん」
私の手を握って、まっすぐに目を見つめる明野。
「ええ、また」
またどこかで明野と会えたら、それはとても嬉しいこと。
来世なんてものを考えたことはなかったけれど、今くらい、そんな非現実的なものに期待したっていいですよね。
別れる前に、明野にまた抱きしめられた。
「しのぶちゃん、大好きだよ。私にとってしのぶちゃんは、一番大切な親友」
「……私も、同じ気持ちよ」
そう、時雨木明野は、私の親友。
それからすぐに、明野は私に背を向けて他の隊士を探しに走り去る。
「……大好きよ、明野」
その後ろ姿が見えなくなってから、私はそう吐き出した。
――血の匂いがする。
私はそれを辿り、暗い廊下を進んだ。