波乱
半年後、定例の柱合会議が開かれた。
その間には、新たな柱として不死川が加わっている。
不死川が産屋敷への挨拶を済ませると、彼も優しく微笑む。そして、顔ぶれが変わらぬことへの喜びを伝えた。
だが、その表情は少し曇っているようにも見えた。
「会議を始める前に……明野、具合が悪そうだけれど、大丈夫かい?」
明野は驚いた。
ここ1週間ほど続いていた体調不良。呼吸を使って隠していたのに、まさかお館様が一目で気付くなんて、と。
「カナエ。少し明野を診てあげてくれるかな」
産屋敷の言葉に頷き、胡蝶は明野のすぐ傍に移動した。
明野の横にいた冨岡は、黙ってその様子を見ている。
「明野、体調はどう?」
「問題ないよ、本当に……」
発されたのは、普段の明野からは考えられないほど力ない声だった。
胡蝶は明野を観察し、様々な可能性を考える。
以前よりも心なしか青白い肌や、立ちくらみに耐えるような表情。まずは貧血を疑った。明野は蝶屋敷で定期的に採血をされているが、もちろん体に害のない範囲でしか行っていない。
では月の障りだろうか、とも考えた。胡蝶の知る限り明野が今まで重い症状で悩んでいる様子はなかったが、変動する月もあるだろう。
でなければ風邪か、疲労か、それとも他の感染症か。胡蝶は思考を巡らせた。
そうしているうちに、明野は吐き気を催し口を押さえて蹲る。
「大丈夫か」
冨岡と胡蝶は両側から明野の肩を支え、胡蝶が背中をゆっくりさすった。
「大丈夫よ、我慢しないで。……明野、食事を摂れていないの?」
明野が吐き出せたのは少量の水だけだった。
「うん……最近、気持ち悪くなるから、食べられなくて、水しか……」
「そうなの、冨岡くん? それはいつ頃から?」
「いや、俺は……わからない」
「オイオイ冨岡、一緒に暮らしてんだろお前」
宇髄に呆れた視線を向けられるも、正直冨岡は明野の異変に気づいていなかった。
明野は不調を隠していたし、柱同士ということもあり任務もバラバラだったため、食事を共にする機会が少なかったことも原因である。
「…………」
そして、冨岡とは別の意味で言葉を失った胡蝶。彼女は病気とは全く異なるある可能性に気づいていた。
胡蝶は明野の耳元で声を潜め、問診を続ける。
「明野、月のものはちゃんと来ているの?」
「え? ……あぁ、そういえば、遅れてるかも」
「そう……。これは思い出すだけでいいわ。――最後に誰かと枕を共にしたのは、いつ頃かしら」
「え……」
明野もさすがに勘付いた。自分の状態を診た胡蝶が、何を疑っているのかに。
「……っ! はぁ……やってくれたね、冨岡くん」
明野は根性で立ち上がり、刀を抜いた。
そして、その稲妻の走る刀身を自らの腹に向ける。
「やめろ!!」
冨岡は深く考える前にその刀身を握って止めた。
同時に胡蝶が明野の腹を庇うように腕を回す。
そして鬼の頸ではない、人間の皮膚の切れる感触に不快感を抱き、明野は思わず握っていた刀を落とした。
「――義勇、明野。落ち着きなさい」
産屋敷が声を上げた。
「カナエ。明野の容態は?」
「少なくとも1年、いえ、できればもう少し休養が必要だと思います」
「1年だァ!?」
明野たちからやや離れて並んでいた不死川は、状況をあまり把握しきれず驚きを隠せなかった。だが胡蝶の診断を疑うことはない。
「そんなに悪ィのか、清藤はァ」
「悪いというか……ね? とにかく、検査をしてみないと。ただ、長期の休養が要るのは確かよ」
姿勢を正した胡蝶は不死川をなだめるように、現時点でわかっている事実を伝えた。
この場において明野の身に何が起きているのか理解できた者は、診察をした胡蝶、2人の会話が聞こえていた宇髄、そして産屋敷のみ。
冨岡は無表情だが、その実先ほどの切腹未遂で内心激しく動揺しており、明野の容態を慮れる精神状態ではなかった。
悲鳴嶼は医療行為は胡蝶に一任していたため、彼女からの報告を待つ姿勢でいる。
「今回の柱合会議は、一度延期としよう。――カナエ、明野の検査を優先してもらえるかい。それから、義勇の応急処置を」
産屋敷の判断に、異を唱える者はいなかった。