蝶屋敷
柱合裁判後、炭治郎は蝶屋敷に担ぎ込まれ、那田蜘蛛山で負った怪我の治療を受けていた。
同じ病室には、同期の善逸と伊之助も収容されている。
伊之助はいつもの被り物をしたまま意気消沈しており、血鬼術で体を蜘蛛にされかけた善逸は薬を嫌がり喚いていた。
「失礼しまーす」
そんな病室に、突然入ってきた隊服姿の女性――明野。
「あー、いたいた。竈門くん」
「あなたは……!」
「はぁあああ!? 炭治郎何お前こんな美人と知り合いだったの許さねえよ!?」
「何を言ってるんだ善逸。この方は柱の――」
「清藤明野だよ。鳴柱ね」
「俺、我妻善逸って言います! 雷の呼吸使ってます! 結婚してください! 俺のこと一生大事にして守ってくださあああい!」
短くなった手足をばたつかせて求婚する善逸。
炭治郎は申し訳なさそうな表情を浮かべ、寝台から明野を見上げた。
「悪いけど結婚はできないよ。罪になってしまうからね」
「は? 罪? あなたのその美しさがすでに罪ですが?」
「愉快だねこの子。竈門くんの友達? あっちの猪は?」
善逸の求婚を軽くあしらう明野。その慣れた様子に炭治郎は驚いた。
「ああ、えっと、2人とも俺の同期で。被り物をしているのは嘴平伊之助と言います」
「そうなんだ。そういえば、妹さんの様子はどう?」
「……今は、日除けをした部屋で寝かせてもらっています」
「そっか。早く元気になるといいね」
明野の言葉に深い意味はない。
ただ先程の裁判では炭治郎も禰󠄀豆子も散々な目に遭っていたから、自身の用事のついでに彼らの様子を見に来ただけだった。
しかし、2人の動向には明野の命もかけられている。何故なら冨岡の妻であるからだ。
とはいえ炭治郎はそんな事情は知らされていないため、
「あの、清藤さんは、どうしてここに?」
「え? ああ、ついでだよ、ついで。子供が急に熱出しちゃってさ、診てもらってるとこ。大したことないだろうけど、しのぶが連れて来いってうるさいから」
「子供?」
明野の言葉に首を傾げた炭治郎と善逸。詳しく聞く前に、今しがた名前が出た人物――胡蝶しのぶが病室を訪れた。
彼女の横には、少年と呼ぶにはまだ幼い小さな男の子が佇んでいる。
その男の子は明野の姿を見つけると、てちてちと駆け寄って彼女の足に抱きついた。いや、しがみついた。善逸は羨ましさのあまり歯を食いしばった。
明野は慣れた手つきで男の子を足から引き剥がすと、片腕で抱き上げる。男の子は今度は胸に抱きついた。善逸は羨ましさのあまり血を吐いた。
「あらあら、誰がうるさいんです?」
「しのぶ」
「聞こえませんでした。もう一度言ってもらえますか?」
「し! の! ぶ!」
「……あなたのそういうとこ、あんまりこの子に見せないほうがよいのでは?」
気心の知れた友人ということもあり、胡蝶相手には少々子供っぽい面を見せる明野。
先程までの余裕のある態度――少なくとも炭治郎たちにはそう見えていた――との落差に、善逸もポカンと口を開けていた。
「解熱剤を飲ませましたから、あとは安静にしていれば直に落ち着くと思います。念のため、あと2回分の薬は渡しておきますね」
「ん。ありがとう、しのぶ。――ほら、自分でお礼言いな」
「…………」
男の子は明野に抱きついたまま、胡蝶に向かってちょいっと頭を下げた。ちなみに無表情である。
「まあ、お父様にそっくりです」
「それ褒めてる?」
「まさか」
ではお大事に、と言って胡蝶は去って行った。