ゲスメガネ

明野は約1年半の休養を経て、隊士として復帰することとなった。

だが、休養中は過度の運動は禁止されていたため、以前とは体型も変わっている。

そこでわざわざ屋敷に押しかけて来たのは鬼殺隊縫製係――前田まさお。またの名をゲスメガネ。

しかし、義勇と明野はその二つ名を知らなかった。

*****

義勇は、明野の採寸が行われる3日前から任務で屋敷を空けていた。

縫製係が男とは聞いていたが、屋敷には子供の世話を手伝ってくれている中年女性の隠もいる。

そもそも隊服の採寸は仕事であるし、自分のときはさっさと終わった覚えがある。そのため、明野のもとに男を招いても大丈夫だろうと判断していた。

でも心配なので早く帰りたくて仕方がなかった。出発前に一度しのぶに明野の付き添いを頼んだが、任務があるからと普通に断られた。ちなみにこの時しのぶはまだ前田と会ったことがなかった。

「鳴柱様。では早速、採寸させていただきましょう」

「ああ、はい」

前田は美女を前に興奮と自らの野望を抑えつつ仕事をこなす。明野もそれに淡々と応じた。

「今着ているのは以前の隊服ですね?」

「うん」

「ふむ……なるほど……」

明野はもともとめりはりのある体型であったが、休養後はさらにそれが目立つようになっていた。

ちなみに義勇は日々その誘惑に耐えていたものの、明野はしまりのない体になってしまったと思い落ち込んでいた。

「結構太っちゃってさ、前のだともうキツいんだよ」

「確かにキツそうですねぇ……局所的に」

前田の視線の先は当然胸と尻、そして足である。

しかし前田とて縫製係として一定の矜持を持っていた。下心はあれどそれだけではない。

明野は元来疑り深い性格ではなかった。加えて前田個人に対する興味もないので、彼の妙に真剣な眼差しを"真面目に職務を全うする姿"として認識していた。

それから前田の手によりあらゆる採寸を受け、後日隊服を持ってくると言った彼は良い笑顔で去って行った。

案外あっさり終わったので明野はさっさと家事に戻り、その後、前田のことはさっぱり忘れていた。

*****

翌日、再び前田がやってきた。

「ずいぶん速いね」

「いやあ、少し張り切ってしまいまして」

やたらぐいぐい押し付けられた隊服を広げると、明野もさすがに違和感を覚えた。

「これ……」

「はい?」

「肌を出しすぎだと思うんだけど」

「おかしいですね。女性用の隊服は、今はこれが標準なんですが? まあ、まずは着てみないと。見るだけではね。印象が変わるかもしれませんから」

「はぁ。まあ、着てみるよ」

前田の言葉を真に受けた明野は、自分が休んでいる間に隊服が変わったのかと思った。

前田が退室したのを確認すると、どう考えても防御力の低い隊服をとりあえず身に着ける。

「……いや、嘘だぁ」

前田が持参してきた大きめの姿見で全身を確認すると、明野はやはりおかしいと首を傾げた。これが標準でたまるか。

思い出してみれば、先週会ったしのぶはこんな格好はしていなかったと明野は今更気づく。

「鳴柱様、失礼しますよ」

「えっ」

「これは素晴らしい! ドンピシャです!」

明野が着ているのは、のちの恋柱に贈られる隊服の原型となるものであった。

つまり谷間と足は丸出しである。

「あのさ……これはさすがに人妻が着ていい服じゃないと思うんだけど」

「人妻が着るから良いんですよ」

「はあ?」

「いえ! とにかくそれが標準なので!」

「しのぶはこんなの着てなかったよ」

「そりゃそうです、蟲柱様の採寸はこの後ですから! そもそも女性隊士は腕力よりも速度を重視する方がほとんど! 雷の呼吸もそうでしょう? となれば最善は隊服の軽量化です。極限まで無駄を削ぎ落したこの形! 女性らしさもあり大変人気のある隊服です!」

なんかそれらしいことを早口で捲し立てた前田。

「露出が気になるのでしたらこれをどうぞ。靴下と靴下吊りです」

「どっちかっていうと足より胸の方が気になるんだけど」

「あまりおすすめはしませんが、まあ、釦は留めても構いませんよ」

「留まらないようにできてるよねこれ」

「ええ、もちろん、それはそうやって着るものですから」

だんだん態度がデカくなってきた前田に、明野はようやく気づいた。こいつはただのスケベだと。

しかし軽量化により以前よりも動きやすくなったのは事実。上はともかく下はこれでもいいかと考え始めた。もちろん長い靴下は必須だが。

「はぁ……下はこれでいいけど、胸元が丸出しなのは困る。それに、さらしを巻くから見た目も悪いよ」

「さらし!? どうしてそんなもったいないことをするんですか!?」

「もったいないって何」

「こちとらさらしがない前提で作ってるんですよ! だいたい締め付けるなんて血流が悪くなるだけ、呼吸にも影響するでしょう! 余計なことをしないで頂きたい!」

なんだこいつ……と明野は思った。もっともらしいことを言ってはいるがスケベの本音が紛れている。

しかし厄介なことに前田の言葉は核心を突いていた。なんなら"さらしをきつく巻きすぎるな"とはしのぶにも指摘されたことがある。

「でも固定しないと動くとき邪魔なんだよ」

「じゃあ良い乳バンド作りますから! お願いします! 小さくしないでください! ぐすん」

「その執念は何なの……ていうか泣くほど?」

前田のスケベ具合には辟易しつつ、単純な明野は"良い乳バンドを作ってくれるならまあいいか"と、もはやめんどくさくなっていた。

要は、合った寸法で動きやすければ隊服にそこまでのこだわりがなかったのである。

*****

翌日、前田が来る前に義勇が任務から帰って来た。

「おかえり義勇くん」

「ただいま。隊服はできたのか」

「それがさ……」

明野は前田のこれまでの所業と、彼がこれから来ることを話し、義勇にぜひ同席してほしいと頼む。

「殴らなかったのか。偉いな」

「まあ、仕事はちゃんとしてる人だったし」

色々経て明野も落ち着いたのか、最近は物や人に手を出すことはほとんどなくなっていた。相変わらず短気ではあったが。

程なくして前田が到着した。前田は義勇もいることに気づいたが、怒られないと懲りない奴なので動じない。

「鳴柱様、これが決定版です。これ以上の譲歩はできない!」

勝手に決定するなと明野は思ったが、うるさいので一旦着てから考えることにする。

一方で、明野が着替える間、前田と共に退室した義勇は、

「妻に手を出すな」

「滅相もない! 彼女の魅力を最大限に引き出すお手伝いをしているにすぎません!」

「そうだったのか」

前田に騙されていた。

*****

「隊服はそれでよかったのか」

「うん。あの人もう譲らなさそうだし」

かくして前田が譲歩に譲歩を重ねた隊服を今後は着ることにした明野。

短いスカートは丈はそのままズボンに変更され、靴下と靴下吊りで露出を抑える。そして胸元は中間が開いたものから深めの開襟に変更され、谷間を隠すことまでは許されなかった。

義勇はそれを見下ろすと、ある変化に気づいた。

「さらしはやめたのか」

「うん。なんか、やめろって泣いて頼まれたから。良い肌着も作ってくれたし、もういいやと思って」

「…………」

「何? なんか言いたそうだけど」

「……これも着てほしい」

"さっさと言え"という明野の視線を受け、義勇は後ろ手に隠し持っていたものを取り出した。

前田から進呈された、改良前のスケベ隊服である。

「それ着て何になるの?」

「見たい。……したい」

「はぁ……男ってほんと」

と言いつつも、義勇からの久々の誘いには喜びを隠せない明野であった。

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