愛妻家(過激派)

冨岡義勇が一般隊士を殴り、1週間の謹慎処分となった。

殴られた隊士3名は顔面の骨折など全治1ヶ月の重傷を負い蝶屋敷で療養中のため、事情聴取はまだできていない。

事件の一部始終を目撃していた善逸は、冨岡に口止めをされているのか黙秘を貫いていた。

*****

蝶屋敷。

その主である胡蝶しのぶは、ものすごく深い溜息を吐いた。

原因は言わずもがな、目の前にいる冨岡である。

殴られた者が重傷であったように、殴った冨岡の拳も軽傷を負っていた。

彼は治療を拒否したが、事情聴取のついでだと胡蝶に言われ、反論できる立場でないことを思い出す。

「――で、どうして彼らを殴ったんですか?」

「お前には関係ない」

「ええ、私個人には関係ありません。ですが柱が一般隊士に危害を加える行為は、同じ柱として、蝶屋敷の主として見逃せません」

「…………」

「それともなんでしょう、単に日頃の鬱憤を晴らしたくて手近な者に手を上げたとか? それでしたら言い出しにくいのもわかりますが」

「違う」

冨岡はその口下手さから無用な争いを生むことはあるが、争いを好む性格ではない。

それは周知の事実であったため、何か理由があるのだろうとは他の柱たちも思っていた。

そこで、いざとなれば自白剤を打つことができる胡蝶に聞き取り役というお鉢が回ってきたのである。

しかし胡蝶には大体察しがついていた。

善逸が関わっていることからも、おおかた明野関連だろう、と。

胡蝶は、冨岡と明野の馴れ初めを知っている数少ない人物である。

そして冨岡が一方的に明野に懸想けそうしているように見えて、その実かなり相思相愛であることも理解していた。

明野は照れ屋さんなので人前では絶対にいちゃつかないが、冨岡はよくいらんことを断片的に零すので、人目のないところではべたべたしているのだろうとも思っている。あまり想像したくはなかったが。

冨岡が口を噤んでいるうちに、拳の治療が終わった。

「……別に理由はなんだって構いませんけど、私も暇じゃないので早く解決してくださいね」

「解決? すでに終わったことだ」

胡蝶はついブチギレそうになった。だが冨岡は動じない。

「俺が謹慎すれば済む話だ」

「そんな簡単な話ではありません」

「明野が俺の立場であったとしても、あの者たちには手を上げたはずだ」

「ああ、やっぱり明野関係の理由でしたか」

冨岡は何も答えず、蝶屋敷を後にした。

*****

【冨岡視点】

ついに手を出してしまった。これは明野に知られたら怒られるかもしれない。

だが、俺は悪いことをしたとは思っていない。あの場に居合わせた我妻もそう思っているだろう。

明野は遠方での任務中のため、まだあと数日は帰ってこない。

俺の謹慎は1週間程度。明野がいない間、我が子の相手をする時間にできるから、結果としてはありがたいことだ。

蝶屋敷から帰ると、息子の世話役をしてくれている隠の伊東さんと挨拶を交わす。

それから居間に着けば、息子――悠義ひさぎは大人しく座って茶を飲んでいた。3歳児とは思えない落ち着きだ。

「……お前は、母が悪口を言われていたらどう思う」

「う"」

問いかけると、不機嫌そうな声音で発されたその一言。

やはりお前もそう思うか。偉いぞ。

「お前は母が好きか」

悠義はこくりと頷く。

「そうか。まあ、俺の方が好きだが」

頭を撫でると、小さな両手でぺしぺしと腕を叩かれた。

俺と張り合うつもりか。いいだろう。

息子との攻防は、伊東さんが夕餉を用意してくれるまで続いた。

*****

冨岡は不謹慎にも謹慎期間を満喫していた。

だが明野の帰還により状況は一変する。

「義勇くん、人殴ったんだって?」

冨岡が息子に字の読み書きを教えていたところに帰って来た明野は、挨拶をする間もなくその話題を出した。

「ああ、殴った。……悠義、これは少し違うぞ。鏡文字になっている」

「? ……ん!」

「そうだ。よく書けている」

同じような目をした夫と息子が仲睦まじくやり取りしている様は微笑ましいと思った明野だが、先の話題を流すわけにもいかない。

――まさかあの優しい義勇くんが人を殴るなんて。私じゃあるまいに。

明野は、自分もかつては胡蝶姉妹にこんな心配をかけていたのだろうかと思い返し、今更反省した。

「別に怒らないから理由を聞かせてよ」

「よく知りもしない者に、お前を侮辱された。口で言ってもわからんようだから手を出した」

黙秘を貫いていた冨岡は、明野の問いであっさり白状した。

「……はあ? そんなことで」

「そんなことではない」

「もー……言わせておけばいいじゃん、そんなの」

「俺のいる場で不用意な発言をしたのは向こうだ」

「はいはい、わかったよ。はぁ……またしのぶに怒られる」

「何故胡蝶が怒る」

「知らないよ。心配性なんじゃないの?」

明野はめんどくさくなって適当こいた。

「まあ、私のために怒ってくれたのは、一応ありがとう」

「ああ」

「でも次からは教えてよ。自分で殴りに行くから」

「駄目だ。他の男に触れるなど言語道断。触れるのも殴るのも、生涯俺だけにしろ」

「っうぐぅ……!」

直球の口説き文句に弱い明野は照れのあまり唸る。

冨岡はそれを見て"俺の妻はかわいいな"と思ったが、悠義は"お母さんちょろいな"と思って見ていた。

*****

後日、黙秘に耐えかねた善逸が炭治郎に事の真相を話し、それが胡蝶に伝えられ、柱たちにも伝わった。

その頃には話せるまでに回復していた隊士3名からも聴取が済んでおり、その証言から、冨岡の謹慎は前倒しで解かれることとなった。

「ちゃんと反省してます? 冨岡さん?」

「悪かったって。ほら義勇くんも黙ってないで謝ってよ」

「……手間をかけた」

「謝る気あります?」

隊士の治療で手を煩わせたことを謝りに、蝶屋敷を訪れた明野と冨岡。屋敷に幼子1人放置はできないので、子供も連れていた。

胡蝶は忙しいところに仕事を増やされたことについてはしっかり怒っている。

とはいえ、炭治郎から聞いた話より今回非があるのは隊士3名の方であったことは承知していた。

「まったくもう、あなたのお父様とお母様は手が焼けますねぇ?」

「?」

明野の右手と冨岡の左手を握り、2人に挟まれてご満悦な悠義は、胡蝶の言葉に首を傾げた。

そして明野を見上げ、

「おかあさん、しゃけ」

とだけ発する。

「お母さんは鮭じゃないんだけど。義勇くん、きみ変なこと教えてない?」

「教えていない。お前の作る鮭大根は絶品だとは言ったが」

「いや、別に、そこまでじゃないでしょ……」

「俺はもうお前の飯しか食べられない」

「あ、ああそう!」

真顔で口説く冨岡に、いちいち照れる明野。

こういう場面を胡蝶はこれまで何度も見させられていた。何年も。

すでに夫婦であるとはいえ、同僚と友人のいちゃつく様など、胡蝶はむずがゆくて見ていられなかった。

「はいはい夫婦漫才はよそでやってくださ〜い」

かくして、3人は今日も蝶屋敷から追い出されるのだった。

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