不死川

「――なんだ。まだ生きてたんだ」

これは鬼ではなく、明野の言葉である。

近くで異能の鬼が発見され、下の階級の者たちが苦戦しているという鴉からの伝令で助太刀に入った明野。

柱になって間もない頃だった。

「るせェ……勝手に殺してんじゃねェ……!」

地面に横たわり、明野に見下ろされた青年――不死川実弥は、出血が多く短時間だが失神していた。

「きみ以外全員死んでる。鬼は斬ったから早く戻るよ」

「あァ……?」

貧血でぼんやりとした思考の中、不死川は明野に強引に体を起こされ支えられ、歩かされる。

こいつ力強ェな……と、のんきな感想を抱いた不死川。

だが、月明かりに照らされた明野の横顔を目にすると、つい足を止めてしまっていた。

「ちょっと、大丈夫? 無理ならおぶってくよ」

心配そうな表情で不死川の顔を覗き込んだ明野。

「すぐ着くから、死ぬなよ」

意志の強そうな琥珀色の双眸が、真っ直ぐに不死川を捉える。

不死川は、雷にでも打たれたかのような衝撃を受けた。

「……ッ」

不死川実弥、人生初の一目惚れの瞬間であった……が。

――この恋は一瞬の気の迷いだ。

後の不死川はそう結論付け、生涯誰にも明かすことはなかった。

*****

「お。不死川、生きてる?」

「……だから、勝手に殺してんじゃねェ」

昨晩、明野によって蝶屋敷に運び込まれた不死川は、2日間の療養を言い渡され病室で大人しく休んでいた。

そこにひょっこりと顔を出した明野に、不死川は驚いた。

「おェ、何しに来たんだァ?」

「なんだよそれ、お前が生きてるか見に来たのに」

不死川の言葉に、つんと拗ねたような表情を見せる明野。

余談だが、明野はその乱暴な言葉遣いを注意されて直すようにはしていたものの、勘違い・・・する者が続出したため、よく知らない男にはむしろそのままでいいとの許可を胡蝶から貰っていた。

ともあれ、不死川は正直ちょっといたたまれない気分になっていた。

激しい戦いのあと、自分だけが生き残った。そんな昂った精神状態の中で出会った名前も知らないこの美しい女隊士。

月明かりに照らされた彼女の横顔は、不死川の脳裏に焼きついていた。

殉職なんて日常茶飯事のこの仕事だというのに、わざわざ初対面の相手の安否確認に足を運ぶなど、不死川にはない発想である。

だが、そんなことで浮かれるほど、不死川は単純な頭をしていなかった。

「そうかィ。俺ァ生きてっからもう行けェ」

「こっちもきみの世話を頼まれてんだよ、私が拾って来たからって」

「俺は犬じゃねェ!」

吠えた不死川に怯えることもなく、明野は溜息を吐くと病室に足を踏み入れた。

そして、寝台の横に置かれた椅子に座り、偉そうに足を組む。

「ん、早く咥えて。歯ぁ立てんなよ」

そう言って明野が差し出したのは、ガラス製の水銀体温計。

――いや言い方ァ! と不死川は思った。

思っている間に、細い棒状の体温計を口に突っ込まれた。

「ぁにすんだ、てめェ!」

「舌使え、舌」

「ぉあッ、うごかすなボケがァ!」

明野は不死川の口に突っ込んだ体温計をぐりぐりと探るように動かす。

何でこんなことをさせられているのかと言えば、単に舌下に挿入して測定するものだからである。

「大人しく咥えてな」

そして、言葉は乱暴だが――手つきも乱暴だったが――、甲斐甲斐しく不死川の体に巻かれた包帯を取り換え始めた明野。

「うわ、きみ、よく見たらいい体してんね。すごい筋肉」

「……」

明野は不死川の鍛え抜かれた肉体やら無数の傷口に驚いていた。のんきなことに、"古傷カッコイイな"とか思っていた。

測定が終わるまで喋れない不死川は、いたたまれない気分のまま、されるがままだった。

*****

翌々日、順調に回復した不死川は蝶屋敷を出ることとなった。

お大事に、と優しく微笑む屋敷の主・胡蝶カナエに見送られ、不死川は拠点としていた藤の屋敷に戻ろうと歩き出す。

「アイツ、今日はいなかったなァ……」

蝶屋敷にいた2日間、不死川に対する簡単な処置はすべて明野が行っていた。

というのも、ここのところ怪我人が多く、さすがの胡蝶姉妹といえど手の回らない部分があったためである。故に比較的軽傷な者の世話は明野が手伝っていた。

それを悔しがる者もいれば、ご褒美だとありがたがる者もいたが……冨岡以外の男はみな有象無象と認識している明野の単純な頭では、そんな邪な男共の感情はそっちのけであった。

「……そういやァ、名前も聞いてねェわ」

――元々こんな仕事だ、ましてアイツは女。もう会うこともあるめェ。

不死川はガシガシと頭をかき、思考を切り替えた。

*****

もう会うこともないだろう――そう思って、完全に明野のことなど忘れていた不死川は、持っていた手拭いを床に落としていた。

「あれ、不死川? 元気そうだね」

藤の屋敷の廊下で、明野と偶然の再会を果たしたのだ。

「……なんつーカッコしてんだてめェはァッ!!」

「うわびっくりした。うるせえな……」

不死川の突然の怒号にびくりと肩を震わせた明野は眉を顰める。

「襟を閉じろォ!」

「きみに言われたくないんだけど」

風呂から部屋に戻るだけだからと適当に浴衣を着ていた明野は、不死川のあまりの剣幕に驚きつつも一応従った。

「何でここにいんだァ?」

「近くで任務があったんだよ」

「蝶屋敷の奴じゃなかったのかよ」

「ああ、あん時は人手不足で手伝ってただけ」

「…………名前ェ」

「あ? 何?」

らしくもなく小さい声でぼそりと何かを呟いた不死川。明野は聞き返した。

「だからッ……名前、何つうんだァ?」

「名前? 言ってなかったっけ。清藤明野」

「俺ァ不死川実弥だ」

「実弥っていうんだ」

あァ、と不死川が返したきり会話が終わってしまった。

「私に何か用でもあった?」

「いや、こんなとこで会うと思ってなかったから、ついな。あん時は治療、ありがとなァ」

明野は驚いた。不死川、乱暴そうに見えてめちゃくちゃ性格良いじゃん、と。

「別に、治療は頼まれてただけだし、きみだけにやってたわけじゃないから……礼とかいらないよ」

真正面からこんな風に感謝を伝えられたことなどほとんどなかった明野は照れた。だが悪い気はしなかった。

「そうかィ。――じゃあな、せいぜい死ぬんじゃェよ」

「うん。まあ、柱がそう簡単に死ぬわけにはいかないしね」

「…………は?」

「それじゃ、おやすみ」

そう挨拶をした明野は、硬直する不死川のすぐ横の部屋の襖を開けた。

ついその中に視線を向けると、壁際にはおよそ明野のものとは思えない羽織が掛けられているのが見える。

深い紅と亀甲模様の片身替わり、仕立てから察するに男物だ。

「清藤、待っていたぞ」

「ん、おまたせ」

姿は見えなかったが、部屋の中からは確かに男の声が聞こえた。そして心なしか優しげな視線を向けた明野。

襖の向こうの音は、もう何も聞こえない。

「………………クソがァ!」

不死川は、この夜、今までで一番激しく木刀を振った。

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