しのぶ
明野の態度が突然軟化した。と、しのぶは思った。
原因は先日のカナエからの叱責、そして愛情表現である。
カナエの指摘した通り、明野はまず言葉遣いに気を遣うようになった。
最初のうちはどこかぎこちなかったが、最近では穏やかな口調を使いこなしている。取ってつけたような態度のときもあるが、許容範囲だろう。まだ手が出る癖は治しきれてはいなかったが。
とはいえ人は気持ちひとつでこうも変わるのかとその変貌ぶりに感心したしのぶは、以前よりも絡みやすくなった明野によく話しかけていた。
その代わりというように、カナエからの過干渉はいつの間にか治まっていた。
「ねえ、ちょっとこれ塗ってみてくれない?」
「なにそれ」
「新しく作った痺れ薬よ」
「嫌なんだけど。鬼に使いなよ」
うげっ、と言わんばかりの表情でしのぶを見上げた明野は、しかし手は出さない。いや、正確には出せなかった。
というのも、明野が蝶屋敷に住み込んでいる理由である定期採血の真っ最中だからだ。
「ていうか、私の血って何に使われてんの?」
「そりゃ色々よ。鬼の血に対する抗体を分離できないかとか、毒による影響を見たりだとか、他にも――」
「ふーん」
聞いてきたわりに適当な返事をした明野。
字の読み書きはできても剣と家事以外はからっきしな明野である。説明しても理解できないだろうとはわかっていたが、しのぶは普通にむかついて頭を軽く小突いた。
「ってぇな、カナエに言うぞ」
「好きにしたら。まだその口調で喋ってることをばらしてもいいならね」
「あら、しのぶってばずいぶんいじわるなことを言うのね」
「むかつくからやめてくれる? 姉さんの真似のつもりなら全っ然似てないわよ?」
「別に真似じゃ……いやちょっと待って、血ぃ抜きすぎじゃない? なんかふらふらしてきたんだけど……」
「あっ」
しのぶは、なんだかんだで明野との小競り合いが嫌いではなかった。故にお喋りに夢中で手元が疎かになっていた。
慌てて針を抜き、止血をする。
「ごめん明野。薬を取ってくるから、腕押さえてそこで横になってて」
「大げさ、ほっとけば治るよ」
「いいから寝てなさい!」
「うぅ……わかったって、もう」
大声が頭に響く、とぼやきながらもしのぶの指示に従った明野は、近くの寝台に適当に寝転がった。