村田

人当たりの良くなった――と言うにはまだ冷たさは存分に残っていたが――明野は、案の定男の隊士たちから言い寄られるようになった。

そんな経験をしたことのない明野は、突然周りの態度が変わったことに困惑し、苛々していた。

「チッ……しつけーな、どいつもこいつも……!」

直したはずの口調が戻ってくる程度には、苛々していた。

「相変わらず苛ついてんなぁ、お前」

「四六時中誰かがついてくんだよ、鬱陶しいだろ……でしょ」

思い出したように語尾を修正する明野に苦笑した人物は、何を隠そう、かつて彼女が唯一の友人だと思っていた同期――村田である。

示し合わせたわけでもなく、たまたま入った定食屋で顔を合わせ、流れで相席になった。

「清藤ってそれ好きだよな、鮭大根だっけ?」

「え? ああ、うん。これ好き。おいしい」

「その素直さを少しでも人間に分け与えてやれよ……。まあいいや、俺も今日は鮭大根にするかな」

村田の記憶によれば、明野はこの定食屋で鮭大根以外を頼んでいない。実際そうでもないのだが、鮭大根の頻度が高いのは事実だった。

村田は明野のことをそこそこヤバい奴だと思っていた。なにせ初対面が最終選別後の"冨岡ぶん殴り事件"だったからだ。

しかし入隊後に任務でときどき顔を合わせて関わっていくうちに、意外と話せる奴だと気づいた。

明野も何故か村田にはそれほど苛つかされることもなく、初めてできた友人とはうまく付き合えていた。

ちなみにカナエとしのぶは村田が明野と友人だということを知らない。

「それより、頭の怪我はもういいのか?」

「んー? うん、もう平気。多分」

「ほんとかよ……」

「カナエとしのぶがいいって言ってんだから大丈夫でしょ。ていうかあんまり覚えてないし」

「覚えてないから心配なんだけど!?」

「心配? ……別に心配とか……」

「お前の照れる基準がわかんねえよ俺は」

「はぁ? 照れてないんだけど」

「はいはい、照れてない照れてない。――痛ッ!?」

村田は脛を蹴られた。

明野の頭の怪我というのは、つい先日村田と共に赴いた任務で、彼を庇って負ったものだった。

村田は血相を変えて蝶屋敷に駆け込んだ。

早期の治療のおかげで大事には至らなかったが、村田はとにかく謝った。何度も謝りすぎてしつこいと殴られてからは怖くなってやめたが。

命に別状はなかったものの、明野は怪我の衝撃で一部の記憶が曖昧になっていた。

だが何を憶えていないのかなど本人には知る術もない。

カナエやしのぶのことは覚えているし、生活に支障もないからとほとんど放置していたが、ときどき妙に現実味を帯びた変な夢を見るようになった。

その内容を知らないはずなのに知っている感覚が気持ち悪くて、断片的に残った記憶に明野は苛立ちを燻らせていた。

しかし、数週間もすればそんな夢も見ることはなくなり、なにかぼんやりとしたわずかな苛立ちだけが残された。

HOME