義勇くんはがんばっている
※存在しない時系列の話になってますが気にせずお読みください(謝罪)
【義勇視点】
俺の妻である清藤明野は、恥ずかしがり屋さんだ。
その場に1人でも他人がいれば、並んで歩くときでさえ少し距離を取られてしまう。
だが、完全に2人きりになると明野は――、
「ねえ、冨岡くん……手ぇ握っていい?」
甘えん坊さんになる。
*****
【しのぶ視点】
「清藤は二重人格なのか?」
「……は?」
何を言ってるんでしょう、この人は。
常備薬の調達のため蝶屋敷を訪れた冨岡さんは、いつもなら薬を受け取ったらすぐに立ち去るというのに、今日はその場で直立不動になった。
そして、ようやく口を開いたかと思えばこれだ。
「私の知る限りでは、あれほど裏表のない人もいないと思いますけど」
「……」
あのー、黙らないでもらえます? こっちも暇じゃないんですよ。
とはいえ、明野に関する相談となれば無視はできない。ここはさっさと解決してしまいたいところです。
「冨岡さんは、どうしてそう思われたんです?」
「……顔が違っていた」
「顔?」
聞き返すと、黙って頷かれた。
意味がわからない。せめて具体例を出してくださいよ。
「どう違っていたんです?」
仕方ないので突っ込んで聞くと、冨岡さんは考え込むようにして腕を組み下を向く。
「……堪らなくなる」
「……」
今度はこっちが黙る番だった。
真顔で何を言ってるんでしょう、この人は。
もしかして惚気でしょうか? よそでやれ。
「私には細かいことはわかりませんが、恋仲の方と他の方に見せる顔が違うというのは、自然なことじゃないかと」
とりあえず納得してさっさと帰って、明野本人に聞いてください。あの子案外素直なとこありますから教えてくれますよ、きっと。
「そうじゃない」
お前は何を言っているんだ、みたいな顔をされた。
腹が立ちますね。もちろん顔には出しませんけど。
「俺に見せる顔が、違っていた」
……つまり、明野の態度に一貫性がないということでしょうか?
冨岡さんに対して"見せる顔が違う"。そして最初の"二重人格なのか?"という質問から察するに、そういうことでしょう。
妙な話だと思った。
私の知る明野は、誰に対しても大体同じような態度を取る人だ。
付き合いが長く何かと縁のある私や姉さん、蝶屋敷の子たちには幾分優しかったとは思うけれど……恋仲ともなれば冨岡さんにだってそうだろう。
とはいえ、明野が冨岡さんに対して甘い態度を取っているとこは見たことがなかった。
冨岡さんが近づこうとして、照れた明野に引き剥がされている光景は見慣れたものだったが。
そう考えると、先程の"堪らなくなる"という発言は少々引っかかりますね。彼がよほどの被虐趣味者でなければですが。
……なんて、大体わかってはいますけど。なんて面倒な人たちだろう。
「ああ、そういうことですか。随分と贅沢なお悩みですね」
「?」
私がそう返すと、冨岡さんは小さく眉根を寄せた。どうやら理解できていないらしい。
少し、
「簡単なことです。明野はあんなですけど、女の子なんですよ? 男性にいきなりくっつかれたりつけ回されたりしたら、いくら恋仲といえど驚いてしまいます」
「あの清藤が……?」
ものすごく怪訝そうな顔だった。どういう意味の聞き返しなんでしょうね、それは。
「もしかしたら、くっつきたがるあなたに合わせようと無理をしているのかもしれません。それが、態度が変わったように見えるのでは?」
「!」
冨岡さんがおろおろしている。ちょっと面白かった。
「……世話になった」
若干しゅんとした様子で、今度こそ去って行った冨岡さん。無表情だが内心動揺しているのか、去り際、扉に肩をぶつけていた。
……さて、どう動くか見てみましょうか。
*****
【義勇視点】
蝶屋敷から帰宅すると、明野は夕餉の支度を始めていた。
「おかえり。遅かったね」
「ああ」
相変わらず手際が良い。俺の方を見つつも包丁を動かす手は止まっていない。手元を見ていないのに危なげなく正確に切れるとは、さすがだ。
俺はいつも通り料理中の明野に近づこうとしたが、立ち止まった。
先刻の胡蝶の言葉を思い出したからだ。
悔しいが、まだ俺より胡蝶の方が明野を深く理解している。
触れたいが、それは今ではないということだろう。
「何? ぼーっと突っ立って」
「……いや」
とりあえず、貰った常備薬を片付けることにした。
それから着替えや刀の手入れをしていると、明野が夕餉を運んで来てくれた。
渡された皿を受け取るとき、不用意に手に触れそうになったので慌てて避ける。
「いただきます」
「……」
明野の手料理はやはりうまい。
しかし、気になることがある。明野の口数がいつもより少ない。
明野はお喋りではないが、その日にあったことをぽつぽつと語ってくれるときがある。
俺はそれを聞くのが好きだった。
だが、今日はそれがない。もちろん語らない日も過去にはあったが、今日はなんというか、違う。
一度箸と茶碗を置いて、明野の顔を見た。
「……どうした」
「何が?」
「……いつもと違う」
「え? 味付け変えてないけど」
「味じゃない。お前だ」
「はあ? 別にいつも通りだけど……」
本人がそう言うのならそうなのだろう。俺が気にしすぎていたか。
*****
翌朝、任務から帰ると明野はちょうど風呂上がりのようだった。
「あ、冨岡くん。おかえり。風呂まだ温かいよ」
「ああ」
手拭いで濡れた髪を手入れする姿は、端的に言って艶かしい。だが、我慢だ。せめて風呂を済ませて――いや、だめだ。胡蝶の言葉を思い出せ。
明野に無理をさせるわけにはいかない。俺とて己の欲望を押し付ける気は毛頭ない。
明野の横を無心で通り過ぎようとすると、不意に手を掴まれた。
「何だ」
「……いや、別に」
別に、という割に、手は掴まれたままだった。
久々に明野に触れた気がする。
反射的にその手を握り返していたが、これはいけないと手の力を抜いた。
「……どうした?」
「っ何でもねえよ! 冷めるからさっさと風呂入ってきなよ。先寝る!」
「おやすみ」
明野は痛いくらい、というかものすごく痛みを感じる程度に俺の手を握り、閨に入っていった。
あの反応……やはり、無理をさせていたようだな。
*****
目が覚めて、最初に見たのは俺をじっと見つめる明野だった。
「……おはよう」
少し不機嫌そうな声音だったが、寝起きはいつもこんなものだった気がする。
俺も挨拶を返し、身支度をしようと起き上がる。
横になったままの明野は視線だけで俺を追ってきた。
「今日は非番か?」
「違うよ」
なら、何故起きないのだろうと疑問に思ったが、やがて明野ものそのそと布団から出てくる。眠かっただけかもしれない。
それから昼餉を終え、いつものように鍛錬に向かおうというところで、明野が1人居間で休んでいるのを見つけた。
……気のせいならいいが、少し顔色が悪いように見える。
過度の接触は控えるように心がけていたが、声をかけずにはいられなかった。
「体調が悪いのか」
「え……、なに、急に」
「少し、血色が悪い」
熱はないかと明野の額に手をあてたが、問題はなさそうだった。
「……月のものが来てるだけだよ。昨日は採血もしたし。そのうち治る」
「何故採血をした」
まさか貧血に気が付かないほど、胡蝶も鈍感ではないはずだ。
「私が大丈夫って言った。こっちの周期がたまたまずれただけ」
「……確かに、今回は少し早いか」
「把握すんな気持ち悪い」
心外だ。
しかし原因がわかってよかった。明野の言う通り、大人しくしていれば治るのだろう。
とはいえ、このまま鍛錬に向かうのも心配だ。
俺はしまったままだった湯たんぽを探し出し、明野に渡した。
「温めたほうがいい」
「えっ……あ、うん」
「寒くないか」
ついでに自分の羽織も肩にかけてやると、明野は困惑した表情を見せる。
本当は抱きしめて温めてやりたいが……これ以上の接触はよくないだろう。体調不良ならばなおさらだ。
「別に寒くないけど……あ、ありがとう」
「礼はいい。俺にできることはあるか」
「………………そこにいて」
明野はそっぽを向いて小さくそう言った。心なしか頬が赤く見える。
…………。
「やはり熱があるかもしれない。布団で休んだほうがいい」
「はぁっ? なんでそうなるの?」
「顔が赤い」
「っ、それは……」
何かを言いかけた明野だが、言葉はそこで途切れ、溜息を吐いてちゃぶ台に突っ伏してしまった。
「大丈夫か」
「うるさい、あっちいけ」
「ここにいなくていいのか?」
「……う〜〜……!」
唸られてしまった。
*****
1週間後。
先日の採血の結果を聞くため明野が蝶屋敷を訪れた。
明野の稀血は主に私の実験用に採られているけれど、定期健診も兼ねている。
今まで怪我はあれど病気ひとつせずいたって健康だった明野は不要なことだと思っていたようだが、姉さんと私がきちんと説明をすれば言うことを聞いてくれるようになった。
「今回も問題ありませんね」
「だろうね」
「ふふ、その割に元気がなさそうに見えますが」
「あ? あー、まあ」
「原因は冨岡さんですか?」
「何にも言ってないんだけど」
「顔に書いてあります。素直に言ってみたらいかがです?」
「……っ」
わかってますよ。恥ずかしくて素直になれないんですよね、あなたって。
「では少しだけ、処置をしましょうか。特別ですよ?」
「は?」
「冨岡さーん、入ってきてくださーい!」
「……は!?」
明野がとてもいい反応を見せたところで、扉の前で足音が止まる。
そしてその扉が開かれ――冨岡さんのご登場です。
……もちろん、直立不動のまま何も喋りませんでしたが。
「冨岡さん。私は薬を取りに行きますので、少しの間明野の付き添いをお願いできますか?」
「わかった」
「付き添いって何、結果聞いたしもう帰っていいんじゃないの」
「ふふっ、安静にしていてくださいね、明野」
「……っ、おいしのぶてめーはめやがったなふざけ――」
何かを察知したらしい明野は喚いていたが、構わず扉を閉めた。
まったくもう、あの口の悪さはなかなか治りませんね。
*****
冨岡は、明野の座る椅子から少し離れたところに手近な椅子を運び、座った。
「体調は戻ったか」
「まあ、うん」
「……元気がないように見えるが」
「それしのぶにも言われた」
「では、俺が原因か」
明野は驚いた。まさかあの冨岡に、心情を察することができたのかと。
「……すまない。俺は、お前に無理をさせていた」
「は? いや待って、何の話」
「配慮が足りなかった」
「だから何の――」
「俺に合わせて、接触を増やそうとしていたんだろう」
「ほんとに何の話……?」
勝手に独白を始めて勝手に結論を出した冨岡は、明野の困惑に気付かない。
「俺は、ずっとお前を見ていた」
「怖いんだけど! さっきから何!」
「胡蝶にもそうするよう言われていた」
冨岡の言葉に、明野は一度動きを止めて深呼吸する。
"殴りたくなったら一旦深呼吸"。これはカナエの教えであった。
「きみってさあ……しのぶの言うことはよく聞くね」
「? 胡蝶は正しい」
「……そーかよ」
冨岡はただ事実を言ったまでだったが、明野の機嫌を損ねるには十分だった。
そして冨岡は、また間違える。
「お前が俺に触れようとするのは、俺を気遣ってのことだろう。胡蝶には、無理をさせているのではないかと言われた。……俺も、そう思った。だから、俺たちは少し距離を置くべきだ」
時間をかけて、思考を整理しながら冨岡はすべてを語り、これで話は終わりだと言わんばかりに席を立つ。
明野は、突然の出来事に頭がまとまらない中で、それでも咄嗟に冨岡の手を取った。
「手を離せ」
「いやだ」
「何故だ。もう無理をする必要は――」
「勝手に決めるなよ、私はっ! ……その、2人の、ときなら……」
珍しく語尾が萎んでいく明野の言葉に、冨岡は黙って続きを待つ。
反論されると思ったら黙り込んだ冨岡に、もう本音を話すしかなくなった明野の頬はじわじわと赤みを帯びていく。
「私は、きみのために無理なんかしない。きみに近づくのは、そのぅ……だからぁ……!」
明野らしからぬ煮え切らない態度に、冨岡は混乱した。そして、取られたままの手を強く握られて痛かった。
「清藤、手を――」
「だから……っ、いちゃつきたいって言ってんだよわかれこの馬鹿が!!」
明野は真っ赤な顔のまま、冨岡に詰め寄り暴露した。
対する冨岡は、
「…………そう、だったのか」
理解より行動が先立った。
「どわっ!? ちょっ、はなっ、離せ!」
「いちゃつくぞ」
「はあっ!? 今!?」
明野の体を抱き寄せた冨岡は、そのまま診察用の寝台になだれ込もうとする。
腰を下ろさせられた明野は押され続ける両肩を必死に押し戻し、最終手段に出た。
と、同時に開かれた扉。恐ろしい笑顔のしのぶ。
「冨岡さ〜ん? さすがに場所はわきまえて頂けますか?」
「ぐぅ……っ!!」
「しのぶ!? しのぶ!!」
冨岡の股間に膝蹴りを入れた明野は、自分よりも小さいしのぶの後ろに隠れた。
一方痛みにうずくまる冨岡は、この状況に明野との再会を思い出していた。
……あの時も、再会の喜びで出会い頭に明野を突然抱き締めてしまい、急所に膝蹴りを――。
「まったく、せっかく
「怖えよ!」
「ふふっ、言葉が足りないおふたりには、きっかけが必要でしたから。少し荒療治でした?」
ここで明野はようやく気付く。
先の会話をすべてしのぶに聞かれていたことに。
「…………〜〜っ!! 帰る!!」
声にならない悲鳴を飲み込んだ明野は、自身の発言を振り返り、羞恥のあまり即座に立ち去ろうとした。
しかし、
「待て」
冨岡は明野の手を握ってそれを止めた。
「俺も同じだ」
「何が!?」
「いちゃつきたかった」
冨岡の言葉に、明野は咄嗟に反応できなかった。嬉しさと羞恥とがない混ぜになり動きが止まる。
混乱する頭の中で若干嬉しさが勝ち始めたところで、
「もしもーし?」
しのぶの声が妙に大きく響いた。
「続きはご自宅でどうぞ」
「続き……」
「何考えてんだ馬鹿!」
都合の良い部分だけ拾った冨岡に堪らずげんこつをくらわせた明野は、痛いと呟く冨岡を引きずるようにして蝶屋敷を後にした。
そして後日、鎹鴉によってしのぶのもとに一通の文が届けられた。
書かれていたのはほんの一言の感謝の言葉。
差し出し人は書かれていなかったが、
「経過は良好のようですね」
しのぶは1人、そう呟いた。