誤解

【義勇視点】

――胡蝶のところに行け。清藤がいる。

宇髄の指文字はそう示していた。

何故俺が彼女を追っていることを知っているのかわからないが、一旦それに従うことにした。

「冨岡くん、どうかしたの? 怪我?」

目の前にいる胡蝶は笑っているが、少し困った様子だった。

「違う」

屋敷の庭を見回しても、療養中の隊士やここで働いている子供がいるだけで、清藤の姿が見えない。

「誰かお探しかしら?」

「清藤明野を追っている」

「あら、明野ちゃん? それならしのぶと一緒にいるはずね。案内するわ」

胡蝶に着いていくと、そこは診察室だった。清藤の姿はない。

「明野ちゃんに会う前に聞いておきたいことがあるのよ」

「……?」

「冨岡くん、明野ちゃんのことをどう思っているのかしら?」

何故か、胡蝶の目が輝いている。

どう、と言われても困る。

「俺は……もう一度あいつの顔が見たい。生きていることを確かめて、それで……」

「それで、想いを告げるのね!?」

……は?

「冨岡くんは明野ちゃんのどこが好きなのかしら?」

「いや……」

「恥ずかしがらないで大丈夫よ。口外しないわ」

清藤のどこが好きか、か。

「俺を……殴ってくれた」

清藤に殴られた左頬。その感触は今でも覚えている。それから、

「口の中に手を突っ込まれて、食事をさせてくれた」

「え、えぇ……それは、冨岡くんにとって良い出来事だったの?」

「ああ」

俺は清藤のおかげで目が醒めた。俺には清藤が必要だ。

「そう……険しい道になるでしょうけど、その恋、応援するわ!」

……え? 恋?

「えっ」

「明野ちゃんはこっちよ」

どこか上機嫌な胡蝶は、さっさと診察室を出て行ってしまった。

*****

【しのぶ視点】

「げっ、水柱。こんなところにまで……」

そう言った明野の表情は、まさに不快といった感じだった。

カナエ姉さんは、何故か水柱を連れて来た。姉さんがすごくニコニコしているのが気になる。

「さ、冨岡くん。明野ちゃんはここよ」

「清藤。探したぞ」

「何か用事?」

この反応から察するに、明野は別に水柱と親しいわけではないらしい。

「俺の屋敷に来てほしい」

「はあ? なんで」

「俺たちのこれからの話をしよう」

「まあ! そこまで話が進んでいたのね。明野ちゃんも教えてくれたらいいのに」

え? どういうこと? 明野は水柱と恋仲だったの? だったらさっきの態度は何?

疑問が頭の中に渦巻く。そして明野を見ると、

「いや、これから冨岡くんと交流を持つ予定は特にないよ」

あまりにもさらっと流していた。

「俺にあんなことをしておいて、捨ておく気か」

「あんなこと?」

水柱のよくわからない主張に、明野は首を傾げる。本人にも心当たりがないとは不思議な話だ。

「俺の……」

「何?」

「…………」

あ、これはまずい。

明野は結構気が短い。もごもごと口籠って煮え切らない態度は、間違いなく明野を苛つかせる。というか私も苛々する。

「はぁ……男ならはっきり喋れ!」

明野は椅子から立ち上がり、水柱の胸倉を掴み上げていた。言わんこっちゃない。

私と姉さんは明野の気の短さを知っているので今更驚くことはないけれど、水柱はさすがに驚愕しているようだった。

だが彼も柱だ。すぐに最初の無表情に戻る。そして、

「お前は……俺の急所に膝蹴りを入れただろう!!」

叫んだ。

「あんたが無理矢理抱いてきたからでしょうが!!」

明野も叫んだ。

「「えっ」」

私と姉さんは顔を見合わせた。

「責任を取ると言っている」

「言ってないよ。必要ないし」

「他に相手がいるのか」

「いるわけないでしょう。鬼殺隊こんなとこにいて」

「何故鬼殺隊に入った」

「金だよ。私はみんなと違って鬼に恨みなんかないの。女に働き口なんてないし、この体じゃ売れもしない。一番向いてるのが鬼殺ってだけ」

明野は隊服を躊躇なく捲り上げて、大きな傷跡の残った腹部を水柱に見せつけた。

胸まで見えそうになっていたので姉さんが慌てて服を下げさせたが、水柱は目を見開き、言葉を続けた。

「やはり、お前か……あまりに否定されるから、もしかしたら人違いではないかと疑ったが。――それは、最終選別のときに受けた傷だな」

「……ふうん。本当のこと・・・・・知ってるってことは、冨岡くん、同期なんだ」

「ああ」

明野は水柱の言葉を聞いて驚いたのか冷静さを取り戻し、手を離して椅子に座り直した。

というか、明野って水柱と同期だったんだ。

「そう……じゃあ、悪いけど。私、本当に覚えてないんだよ。入隊してすぐ、頭に怪我をしてね。前後の記憶がまだ曖昧なんだ」

「! そうだったのか」

「大丈夫よ! 断片的には覚えているみたいだし、今後思い出す可能性はあるわ」

「別に、今更思い出す必要はないよ」
「当事者の俺と一緒にいれば思い出すかもしれない」

姉さんの言葉を聞いた2人の返事は、同時だが真逆のものだった。

そして姉さんは、

「そうね、それがいいと思うわ! はるのちゃんも、思い出せなくて苛々していたじゃない。冨岡くんに協力・・してもらいましょう?」

水柱の味方らしい。

*****

"作戦会議をしてくるわね!"と言って、カナエ姉さんは水柱を連れて診察室に籠ってしまった。

取り残された明野は、何度目かもわからない溜息を吐いている。

「まあ、いいんじゃない? 記憶がないよりあったほうが」

明野がおとなしいとこっちもちょっと調子が狂う。いつもうるさいわけじゃないけれど。

言いたいことははっきり言って、嫌なことは引きずらない。明野のそういうところを見て、私は気の合う友人だと思っていた。

だから、その、元気を出してほしいっていうか……。

姉さんみたいに素直に励ますのはなんだか気恥ずかしくて、私はいつも明野にはそっけない言い方をしてしまう。

「水柱にも好かれているみたいだし、ちょうどいいじゃない。……あっ! それより、抱かれたってどういうことよ!?」

「しのぶ声大きい」

「そんなこと言ってる場合じゃない! どう責任を取ってもらうつもりなの!」

「大げさだよ」

大げさって。この人は貞操をなんだと思っているんだろう。自暴自棄になっているわけでもないだろうに。

「あぁ、いや、そうか。……ごめんごめん、"抱かれた"ってこういうやつだからね」

突然何か納得したような様子になった明野が立ち上がり、私のことを抱きしめた。

「ちょっと、いきなり何するの」

「これを初対面の男にやられたら、そりゃ膝蹴りくらいするでしょってこと」

「抱かれたって……」

紛らわしい言い方をしただけだった、ってこと!?

「ふん!」

「痛ぁ!」

年上の人にこんなことをしちゃいけないのはわかってるけど、友人にもやっちゃいけないことだけど、私はたまらずげんこつを落としていた。

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