作戦開始
「まさかカナエに捨てられるとは」
荷物を詰めた風呂敷を背負う清藤は、俺の屋敷の前に立ち、溜息を吐いた。
ちなみに手で運べない家具類は隠に頼んでいる。
「好きな部屋を使うといい。必要なものがあれば買いに行こう」
「……冨岡くん、きみ、楽しそうだね」
「ああ」
俺は柄にもなく高揚した気分だった。こんな気持ちになるのはいつ以来だろう。
「はぁ、わかったよ。でも、夫婦でもない男女が同じ屋敷に住むことに対して、疑問はないの?」
「夫婦になれば、お前の疑問は解消されるのか?」
「あー、はいはい」
清藤はまた溜息を吐くと、屋敷に入って行った。
*****
屋敷の間取りを説明し終えると、清藤は茶を淹れてくれた。
俺がやろうとしたのだが、座っていろと言われてしまった。
「はい、どうぞ」
「すまない」
「冨岡くん、今日任務は?」
「非番だ」
「え、非番なのに隊服着てるの?」
「任務の後、着替える機会がなかっただけだ」
任務後は清藤を探して、追跡していたからな。同じ屋敷に住むとなれば、探す必要もなくなるので助かる。
「風呂くらい入りなよ、もう。沸かしてくるから待ってて」
「自分でやる」
「それより、お茶を温かいうちに飲んでほしいよ。せっかく淹れたんだから」
「……わかった」
"客観的な事実は教えてあげられるけれど、人となりは自分で知っていくのが恋の醍醐味よ"と、胡蝶は蝶屋敷を出る際に告げてきた。
これは恋なのだろうか。
恋とは、特定の人物に強く惹かれて、思い慕うこと――という語意は知っているが。
俺の記憶の中の清藤は、俺の上に馬乗りになって殴りつけ、口に無理矢理手を突っ込んできた女だ。
当時は、どうしてこんなことをされるんだろうと、混乱……いや、そんなことも感じられないほど焦燥していたか。
だが、俺が再起しようと思えたのは、間違いなく彼女のおかげでもあった。
それに錆兎から俺のことを聞いていたような口ぶりだったし、つまり彼女は錆兎にも認められていたのだろう。
そんな彼女に、俺は嫌われたくなかった。失望されたくなかった。……と、そう思っていた。
だが、胡蝶は俺の行動を恋故だと言う。
…………。
「冨岡くん、お茶こぼしてるよ。何やってんの?」
「……ああ、確かに恋だな」
「は?」
風呂場から戻ってきた清藤は、俺を見て飽きれた表情をする。
「俺はお前に恋をしている」
「はぁ……」
「清藤、お前は何故この屋敷に住むことを受け入れた?」
「カナエに追い出されたからだよ」
「本当にそうか? 胡蝶は、お前を大事にしているように見えたが」
「でも、今日は追い出されたよ、善意でね。他にあてもないし」
「藤の家紋の屋敷もあるだろう」
「……あそこは、他の隊士も多いでしょう。知らない男がたくさんいるよりは、同期の男が1人いるほうがまだましだと思って」
「そうか。清藤にとって、俺は他の男とは違うんだな」
「あー、うん、そうそう。それより、早く風呂入りなよ。お茶こぼした隊服くらいは洗っておいてあげるから」
「ありがとう」
「ちょっと、ここで脱ごうとしないで」
結構強めに、尻を蹴られた。