生活
風呂に浸かりながら考える。
清藤の心を動かすには、どうしたらいいのだろう。
俺は彼女の好物などの嗜好を知らない。
それに、少し踏み込もうとすると、すぐにはぐらかされてしまう。
そもそもこの同居の目的は、彼女の記憶を呼び起こすことだ。
風呂から出たら、少し話をしてみよう。
*****
「清藤、すまない、待たせたな」
「アノ子ハ任務ニ向カッタゾ、義勇」
「寛三郎」
屋敷の中には人の気配がなかった。
てっきり彼女も非番だと思っていたのだが、そう都合良くはいかないようだ。
「義勇、良イ
どうやら寛三郎は清藤を俺の妻だと勘違いしているらしい。確かに、同じ屋敷に住むとなればそう思われるのも自然な話ではあるが。
「寛三郎、清藤はまだ俺の妻ではない」
「マダ?」
「ああ、まだだ。だが、時間の問題だ」
「ソウカソウカ……応援シテオルゾ」
「ありがとう」
それから夕餉を準備しようと台所に向かうと、すでにそれが用意されていた。しかも大根の煮物だ。鮭はなかったが。
俺はそんなに長風呂をしていただろうか。
「……うまい」
姉さんや錆兎を失ってから、食事に楽しみを見出そうなどと思うことはなかった。栄養さえ摂れればそれでいいと。鮭大根は別だが。
明日も明後日も、この味の――清藤の作ったご飯が食べたい。
そんなことを思ったのは、初めてだった。
*****
翌朝目覚めると、台所の方からなにやら音が聞こえてきた。清藤だろうか。
「清藤、何をしている」
「ああ、冨岡くん、おはよう。何って、朝餉の準備だよ」
清藤は隊服を着ていた。
「任務だったんだろう」
「うん」
「寝ていろ」
「きみが起きたら寝るつもりだったよ。布団の荷解きは、まだなんだけどね」
それでは同居の意味が……いや、これは好機だ。
俺は清藤のいる台所から一旦離れ、廊下に置かれた荷物を観察した。
布団はすぐに見つかったので、閨にそれを運ぶ。
俺の布団は先ほど片付けてしまったが、もう一度敷いた。
――これでよし。
台所に戻ると、清藤はすでに朝餉の準備を終えていた。恐ろしく手際が良い。寛三郎が褒めるのも納得だった。
「手際が良いな」
「慣れてるからね」
「慣れているのか」
「1人で生きていけるようにって、昔から母に仕込まれてたけど、料理は結構好きだから」
清藤は怒らせなければ、かなり温厚な性格のようだ。
それに、頼んでもいないのに俺の分まで食事を用意してくれるし、昨日は風呂まで用意してくれた。
「なぜ俺に構う」
「一応、住まわせてもらってるし」
「仮住まいなどと思う必要はない」
「はぁ……。正直、きみに料理が出来るとは思えなくてね」
「多少はできる」
「それ、好物くらいしか作れないってことでしょう?」
何故わかった。
「今後の参考に聞いておくけど、冨岡くんの好物は?」
「……鮭大根」
清藤は驚いたように、数回瞬きをした。
「ふうん。食事の趣味は合うみたいで良かったよ」
そして、薄く微笑んだ。
*****
清藤の作った朝餉はうまかった。うまかったが、もはやあまり記憶がない。
それは、食べ始める直前に見た彼女の笑顔に原因があった。
そして、胡蝶の言葉の意味を理解した。こういう一瞬の隙のようなものが、男を勘違いさせるのだろう。
だが、俺のは勘違いではない。清藤は俺のために料理をしたのだから。
だから、
「冨岡くん……これはどういうつもり?」
「布団を用意しておいた」
「何できみの布団が隣に敷いてあるのかを聞いてるんだけど」
「! ひとつで十分だったか」
「違うよ」
背中を殴られた。
清藤は口と同時に手も出るらしい。
日頃の鍛錬の成果と言うべきか、その力はかなり強いので、痛い。
だが、悪い気はしなかった。
「閨は別にできないの?」
「そんなに嫌か」
「うん。怖いから」
そう素直に理由を教えてくれるとは意外だった。そしてその内容も。
「同意もなく手を出すようなことはしない」
「同じようなことを言った男に、部屋に忍び込まれたことがある。藤の屋敷でね」
鬼殺隊士にそんな不届き者がいたことへの怒りを感じるとともに、だから彼女は藤の屋敷には行きたがらなかったのかと納得した。
「無事だったのか、お前は」
「……何もされずに済んだけど。そいつを夢中で殴ってたら、気づいた時には何故か宇髄さんに止められてたよ」
そんなことだろうとは思っていたが、やはり殴っていたか。偶然居合わせたんだろうが、宇髄がいて幸いだった。
「無事で良かった」
「ありがとう。……それで、閨は別にできないの?」
「できない。だが、間に衝立を置こう。俺はお前が遭ったような不埒な男とは違うから、大丈夫だ」
「……はぁ」
溜息を吐かれてしまった。
しかし、清藤が声を荒げて手を出すのは癇癪というわけではないようだ。
現に、こうして思い通りにいかない状況で怒るでもなく、もはや諦めているように見える。
できれば、諦めではなく納得がほしかったが。
「俺はこのあと家を空けるから、ゆっくり寝るといい」
何も焦ることはない。同じ部屋で眠る日も、そう遠くはないはずだ。
俺は再び作戦を練ることにした。