悩みの種
「あれ? あそこにいんの池波サンじゃね? まだ残ってたのか」
駿の言葉ですぐそこの校門に目を向けると、確かに池波先輩がいた。ファンらしき女子たちに絡まれているようだ。なにやらツーショット写真をせがまれて困っているらしい。俺たちだってまだ撮ってもらってないのに。
「なんか困ってるっぽいし、あたし、声かけてくる! 池波せんぱ……」
「――星輝!」
素羽が声をかけようとしたその瞬間、別の声が大きく響いた。
「え……下津名、さん? どうしてここに……」
声の主――下津名と呼ばれた派手な恰好の女性は、どうやら池波先輩の知り合いらしい。
「ほら、あなたたち! 星輝のファンなら自重してちょうだい。今は星輝は大事な時期なの。オフショット1枚でも流出は困るのよ」
「は? なにこのオバサン。ってか、星輝星輝って馴れ馴れしくない?」
「なんか意味わかんないんですけど」
なんだか高圧的な下津名さんは、池波先輩に絡んでいた女子たちに言い返されて、さらに厳しく当たり始めた。
「『意味がわからない』……? はっ。下品な語彙で、知性の欠片もない……こういうファンが一番困るのよね。あなたたちクラスと名前は? 録音しているから、そのつもりで答えなさい」
「え、なに、キモ……。録音って怖いんですけど……」
「ごめん、君たち! 本当に写真とは一緒に撮れないし、今日のところは帰ってくれるかな? ね?」
池波先輩の説得でファンたちは帰って行った……が、下津名さんはまだ当たり前のように先輩に話しかけている。
「下津名さん、困りますよ。一般の女の子にボイスレコーダーを向けるとか……。それで、今日はどうしたんですか? 俺に何かご用でしょうか?」
「激励しに寄っただけよ。己刮学園との練習、お疲れさま。近くに車を止めてあるの。食事に行きましょう。何がいいかしら、お寿司? 焼肉? フレンチ?」
「いえ、あの、部活の帰りですから……困ります」
「遠慮しなくていいわよ、練習頑張ったんでしょう? お肉にしましょうか、精を付けないとね」
「困ります、下津名さん! 本当に俺、もう帰りますから……! それに学園祭はあくまで部活動です、仕事ではありません。ですから取材に来ていただいても、何もお答えできませんし……」
「あら、それは違うわ。あなたは俳優よ。今まさに売り出し中のね。他校の助っ人に駆り出されて頑張るあなた……いい記事にしてあげるわ、うふふ。いいのよん……私に任せておきなさいな」
……黙って様子を伺っていたが、下津名という人の一方的な誘いに困惑しているようで、なんだか池波先輩が気の毒に思えてきた。
この時間になると下校する生徒もほとんどおらず、止める人もいない。
だが、1人の女子生徒が、その場を平然と通り過ぎようと歩いていくのが目に入った。
眼鏡をかけたおとなしそうな、でもすらりと背筋の伸びた不思議と目を引く女子生徒。
……あれって、もしかして――!
「……あら? やだ偶然! あなた忍田さんじゃない? 地味な格好をしているから全然気づかなかったわ。挨拶くらいしてくれたっていいじゃないの」
下津名さんはその通りすがりの女子――忍田真理奈先輩にも声をかけていた。
「こんにちは。……すみません、お話し中のようでしたので」
忍田先輩は足を止めて、下津名に軽く頭を下げる。
「ちょ! ちょ! あれってさっき言ってた『しののん』じゃない!?」
「えっ、『しののん』って何?」
「忍田真理奈先輩! ファンには『しののん』って呼ばれてるんだよ!」
「お前、意外と情報収集速ぇな……」
「2人とも、少し声を抑えて」
「「すいません……」」
理子に窘められた素羽と駿の漫才は置いといて、下津名さんたちの方に意識を戻す。
「ま、いいわ。それより最近仕事の方はどうなの? あの手この手で売り込んでるようだけど、上手くいってるのかしら?」
「…………」
「待ってください下津名さん! あのネット記事のことなら誤解です。真理奈はそんな奴じゃありません」
「星輝、あなたも真実を見なきゃ、この先芸能界で生き抜いて行けないわよ? 記事だって、出す前にちゃあんと裏を取ってるんだから」
「星輝くん、いいの。気にしないで」
池波先輩は忍田先輩の炎上記事について否定したが、意外にも、忍田先輩自身は落ち着いているようだった。
「でも……!」
「本当に大丈夫。……モデルだって、続けるかどうか考えてたところだし。良い機会だよ」
「なっ……!? ……本当に、それでいいのか」
「うん。では、私はこれで。失礼します」
忍田先輩は駅の方向へ1歩踏み出したかと思ったら、何故か校舎の方へ戻って行ってしまった。
「あら、ずいぶん物分かりがいいじゃない」
「下津名さん、何で……」
池波先輩は何かを堪えるように続きの言葉を飲み込んだ……ように見えた。
――よし、今だ。
「あそこから連れ出そう」
「だな! 行こうぜ、渚。――おーい、池波せんぱーい!」
俺と駿は、池波先輩を助けるべく校門に向かって走り出す。
「池波先輩、まだいたか! 良かった〜! ちょっと来てくれよ!」
「加納……それに上城も? どうしたんだ?」
「サ、サインください」
「へ、サイン?」
まずい、俺の言葉で池波先輩をポカンとさせてしまった。
「あっ、あー、そう。えっと先生たちがさ、なんか書類? 書いてほしいんだって。かなり急いでるみてえでさ! 先輩、一緒に来てくれよ!」
「あ、ああ。……すみません、下津名さん。お話はまた今度で……失礼します」
「ごめんな、先輩借りてくぜ! そんじゃ!」
駿の意外な対応力のおかげで、無事池波先輩を助け出すことができたのだった。
……俺も、演技頑張らないと。