奪われる欲望
翌日。
一通り練習を終えたあと、衣装や大道具などのセットを調達するため、俺たち6人は渋谷を訪れていた。
……だが。
「あら、星輝!」
またしても現れた、雑誌編集長の下津名さん。
どうやら今日は偶然鉢合わせたようだが、やはり少し厄介な展開になってきた。
「後ろの子たちは? 己刮の制服ね」
「学園祭の舞台の仲間です。今日は色々と買い出しに……」
「あら、いいじゃない。青春の1コマって感じで、またバズるわよ」
そう言って、下津名さんは俺たちにもカメラを向けてきた。
予想外のことに俺たちが驚いていると、池波先輩は慌てて下津名さんを制止する。
「写真は困ります、下津名さん! 彼らは普通の学生なんですから!」
「大丈夫よぉ〜、ちゃんとボカしは掛けるから」
「すみません、当校の生徒の撮影はご遠慮願います。部活動中の池波くんも同様です」
理子も池波先輩に続き、冷静に対処しようとする。だが、先ほどとは違い、下津名さんはその表情を険しくしてこちらを睨みつけてきた。
「……うっざいわね。誰が好き好んであなたたちを撮ると思うのよ。『いるだけ』で邪魔なのが理解できない?華も映えもない、小娘の分際で」
それは思いもよらない暴言だった。そして、彼女は"星輝に馴れ馴れしくするな"とまで言い切る。
「今は一般人だって簡単にSNSで炎上する時代よ? あなたたちの学校のモデル……モデルだったかしら? あの地味な子。あの子みたいに炎上するの、嫌でしょう?」
下津名さんの言う"モデル"とは、おそらく忍田真理奈先輩のことだろう。
確かにわかりやすい例だが……何故そうも無関係の先輩に突っかかるんだろうと疑問に思った。
だが、そんな思考を遮るように、下津名さんが動く。彼女はなにか小さな機械を手にしていた。
「なに、それ、ボイスレコーダー……?」
それを俺たちに向けている下津名さん。従わないと炎上させる、とでも言いたげだ。
「おい、アンタなぁ! いい加減にしとけよ!」
駿が堪らず声を上げたが、下津名さんは理子や素羽に向けたのとは違う目で俺たちを見ていた。
「あら、ふうん……。ちょっと粗野なカンジだけど磨けば光りそうね。細身で筋肉質……いいじゃない?」
「うおっ!? なななな、なにすんだ!」
抗議した駿がドン引きして戻ってきた。
確かに、いきなり顎先に触られたりしたんだから、あんな反応にもなるだろう。
……。
今度は俺のほうを見ている。嫌な予感がしてきた。
「こっちの子も……ふふ、可愛い顔してる。あなた、芸能界とか興味ない?」
「え、遠慮しておきます」
これはキツい、と思っていると、下津名さんの後ろに控えていた秘書らしき男がそれを止めようと声を上げてくれた。
だが、それは逆効果だったようだ。
「は? 今、私に意見をしたの? 自分の立場がわかってるのかしら? あなたは私に拾われた……『犬』、よねぇ? 私は噛みついてくる犬は嫌いよ。知っているでしょう?」
――犬? いくらなんでも、そんな言い方はないだろ。
しかし、その男は下津名さんに謝罪して引き下がってしまった。池波先輩はその男を見て何か言いかけていたが、結局口を閉ざしてしまう。
それから下津名さんは昨日と同じく池波先輩を食事に誘い出して、先輩はまた返事を詰まらせる。
だから当然その誘いを断るものだと思っていたが……先輩は秘書の男に目線を向けた。そして、すぐにその表情が消える。
「ごめん、俺はここで。すまないな、今日は帰ってくれ。……行きましょう、下津名さん」
「ふふっ、嬉しいわ、星輝! さあ、ついてらっしゃい!」
先輩は申し訳なさそうに俺たちを見たあと、下津名さんについて行ってしまった。
*****
「あやつ……盗られているな」
3人が去ったあと、残された俺たちは先ほどの出来事について困惑を隠せずにいた。
だが、ルフェルは何かに気づいたようだった。
「池波も今までは読み取れなかったが、下津名という女と接触して顕著に感じられた。池波も、先ほどの男も……おそらくは下津名に欲望を『奪われて』いる」
それは……あの下津名さんにもパレスが存在するということか?
と、俺たちがルフェルの言葉に驚いていると、きょとんとした表情の亜蘭が目に入った。
――そうだった。異世界に行ったことのない亜蘭には、ルフェルの声は聞こえていない。
まずい、ごまかさないと。
「皆さん、どうしました? そんなじっとフクロウさんを見て……」
「あ、いや、ええとね? ええと……」
「フクロウがお漏らしをして……」
ごめん、ルフェル。
「それは……大変ですね……!」
亜蘭のことは驚かせてしまったが、理子のフォローもあり、今日はこのあたりで解散ということになった。
先ほどのルフェルの発言については詳しく聞きたいところだが、ここは人通りも多い。
続きは明日の昼休み、学校の屋上で相談することになった。