怪しい編集長

翌日、昼休み。

約束通り、俺たちはアジトとしている学校の屋上に集合していた。

「昨日の一件で確信した。池波は欲望を奪われている。そして昨日、下津名が連れていた男もな」

単刀直入に結論から話し出したルフェル。

欲望が奪われているのは池波先輩だけではなく、秘書の男も同じだという。

「そういえば昨日連れていた男の人……『犬』だとか酷い言葉を使ったり雑な扱いをしていたし、秘書というよりは……『侍らせている』、という印象を受けたわ」

理子の言葉はかなり的確だった。

それに、思い出してみれば昨日連れていた男は、以前校門に現れたときに連れていたのとは違う人だったように思う。

つまり、以前の男も、同じように欲望を奪われている可能性があるということだ。

とはいえあんな扱いをされながらも下津名に従っているのは、何か事情があるとしか思えないが……弱みを握られているのだろうか?

「なんにせよだ、あの下津名ってのが次のパレスの主ってことでいいのか?」

「うむ、ワシが直に欲望の搾取を感じた以上、その可能性は高いだろうな」

男たちが従う理由は……考えても答えは出ないか。

まずはメメントスで確かめるために、下津名について情報を集めることにした。

*****

下津名は思っていたより有名人だったようで、検索してみればすぐにいくつかの情報が手に入った。

「『下津名高美』。『週刊BAKURO』の編集長ですって。『秀聞社』が発行元のいわゆるスクープ誌ってヤツね」

ネットに強い理子は、彼女に関する記事を次々と探し当てる。

下津名は数々のスクープをモノにした敏腕編集長だが、その記事には非難の声も多いらしい。

だが秀聞社が大手出版社ということもあり、不当な記事であっても書かれた側が裁判で勝つのは難しいだろう、というのが理子の見解だった。

それから、彼女は磨我通神にファントムとして投稿されたことはあるが、それが削除されていることから秀聞社による隠ぺい工作ではないかという論争も起こっているのだとか。

「……黒い噂の絶えない人物だということは確かなようだな」

下津名の書いた記事の中には、かつて己刮学園に勤務していた教育コンサルタント、明石京に関する記事があった。

彼は確かに俺たちが改心させた相手であり、悪行を働いてはいたが……同時に殺人事件の被害者でもある。

『婚約者に見捨てられAは狂い始めた! 怒涛の転落人生』、『Aの詐欺テクニック10選』などと……面白おかしくネタにされていいはずはない。

そして、それだけに留まらず――、

「……ん? ねぇちょっと、これ!」

理子は慌てた様子で、俺たちに2つの記事を見せた。

「『K高校の元ヤンファントム教師の現在』……?」

「『炎上中の現役高校生モデルS、ファントム教師の教え子だった!?』……?」

駿と素羽が読み上げた見出しの一文、それだけでわかった。

これは――片山先生と、忍田先輩だ。

*****

『Kは元不良で、昔は暴走族を率いており、今も校内では誰も逆らえない暴力教師』

『Aの告白により謹慎を解かれ退職も免れたが、結果今もK高生は恐怖にさらされている……』

下津名の書いた片山先生に関する記事。その内容は、嘘八百だと思えるようなものだった。

しかし、これを読んだ先生本人は驚くほど落ち着いていた。

「はは、こんな記事になっているんだ。よく見つけたね」

「笑いごとじゃないっすよ、先生! 抗議したほうがいいっすよ!」

片山先生を慕っている駿は困惑しながらも、記事への怒りを隠さない。

だが、先生はこの記事を『完全なる捏造とは言えない』と評価した。

……確かに、元不良だったことや、謹慎処分を受けていたこと、そしてファントムとして磨我通神に取り上げられたことは事実ではあるが……。

「や、そうかもしんねぇけど……こんな書き方されたら、みんな勘違いして……!」

「俺たちは、何があっても先生の味方です」

「……ふふ、ありがとう。あなたたちは優しいね。でも、私は大丈夫。こうして必死になって怒ってくれる生徒たちがいるんだから」

「片山先生……」

「どんな中傷を受けても、私はそれを受けとめるわ。それも私の贖罪の1つだと思うから……」

この記事が伝えたがっているのは事実ではないと俺たちは確信している。だから先生のその言葉に、すぐに納得はできなかった。

だが、先生は自分のことよりも、明石やその被害者、そして忍田先輩の記事に対して不快感を露わにする。

「この記事はちょっとひどいね。私の記事にこじつけられているようで、申し訳ないけど……。それに彼女、困っていることはないか聞いても、いつも"大丈夫"としか言わないから心配だったのよ」

「忍田さんにも、私のときのように声をかけたりしていたんですか?」

「ええ。本人はおとなしい子だけど、やっぱり芸能活動をしていると噂されたり、からかわれたりすることもあるし……。最近は炎上のこともあったから、少し様子をうかがっていたの」

「真理奈先輩は、なんて?」

「それが、"記事のことは気にしていないから、大丈夫"って、それだけ。特に変わった様子もなかったわ。それに、記事の内容はきっぱり否定していたし」

片山先生は心配そうにしながらも、今すぐの介入は難しいと感じているようだ。

……一度、アジトに戻ることにした。

*****

「クソッ。片山サンは気にしねえって言ってたが……俺は許せねえよ、下津名!」

「でも、片山先生の言い分もわかるっていうか……。今でも怖い生徒は、一部いたりするんだろうね……」

「片山サンにビビらされんのは……その……遅刻したとか、居眠りとかそういうときだけだろ!」

「ビビらされたのか……」

「い、1年のときだけだよ! 今は怖くて片山サンの授業では絶対寝ねぇ!」

やっぱり怖いんじゃないか。

まあ、冗談はさておき。あの記事の中にも事実はあることは理解した。

だが、実際は誇張ばかりの内容だ。理子によれば、真実の部分はせいぜい3割程度らしい。

そして、これが下津名の書き方ならば、他のスキャンダル記事もほとんどが誇張の可能性がある、との見立てだ。

「ええ〜! ダメじゃないですか、そんなの! だってスキャンダル報道って……人によっては人生終わっちゃったりしますよ!?」

「だから訴えられてんだろ? あ、でも、負けてもいねえのか……」

「この記事には『証拠』のある『事実』がきちんと含まれている。逆に『捏造』の部分は証明しにくい感情や印象といったものが多いわ」

だから、片山先生も言っていたように『嘘』とは言い切れない。これでは裁判で覆すのは難しいということか。

それに裁判には時間もお金もかかる。しかも終わった頃には世間にはすっかり忘れられているだろう。

「たとえいくつかの裁判で負けることがあったとしても……トータルで雑誌の売り上げが上回れば、会社としては利があるわけだな」

「雑誌が売れるためなら、人の人生潰しても平気ってことかよ!」

駿の怒りには全員が共感していた。

だがBAKUROは人気の雑誌であって、下津名が編集長を務めているというのは結局、あのやり方が『成功』しているという証明だ。

「しかし、そうすると……単純に、ヤツの個人的な感情で……ヒトを破滅させることもできるのではないか?」

ルフェルの言葉に、俺たちはハッとした。

「雑誌の売り上げのために人を陥れるのではなく……『自分が誰かを陥れたい』から、『雑誌を利用する』……ということ?」

「うむ」

……確かにそうだ。

何か1つでも下津名が証拠を掴みさえすれば、嘘や誇張の記事で陥れ、気に入らない人間を世間にバッシングさせて潰すことができる。

そしてその影響力を知っている人たちは、下津名に逆らうことができなくなる……!

「そんなのは、放ってはおけない。すぐに改心させるべきだ」

「ああ、だな! 池波先輩や、秘書っぽい男のヤツも……きっとそうやって欲望を奪われてんだ……!」

「うむ、学園祭まではシゴトを休むつもりだったが、そんな悠長なことは言っていられないな」

「じゃあ、今日の放課後はメメントスだね!」

素羽の言葉に頷いた俺たちだったが、理子がそれに待ったをかけた。

「その前に、忍田さんにも話を聞いておいた方がいいと思うわ」

「確かに……でも、片山サンが言ってたみたいに"大丈夫"って言われちまうんじゃねぇか?」

「ええ、それならそれでいいの。ただ……少し、気になることがあって」

理子は、今はそれ以上のことを話す気はないようだった。

忍田先輩とはクラスメイトだと言っていたし、声をかけるタイミングはいくらでもあるだろう。

「わかった。連絡は理子に任せていい?」

理子が頷くと同時に、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。

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