炎上モデル?
放課後。素羽と駿と合流して、3年生の教室に向かった。
少し離れた教室前で、理子が忍田先輩と話しているのが見える。
「おっ、引き留められたみてぇだな」
「てか、やっぱスタイル良いわ〜、真理奈先輩。理子先輩も負けてないけど!」
「あそこだけ輝いて見える」
「いや、輝いてはねぇだろ……って、え? 輝いてんな……オーラってやつか……!?」
「だろ?」
大人数で詰め寄ったら先輩たちが目立ってしまうだろうと思い、少し離れたところから様子をうかがいつつ理子からの連絡を待つ。
「あれ、キミら2年生? なになに、しののん見に来たの?」
「え?」
突然話しかけてきたのは見知らぬ男子生徒だった。おそらく3年生だろう。
「そ、そうなんですよ〜! モデルってどんな人なんだろうと思って!」
「あ〜、はいはい。よくいるんだよね。でも、キミらが期待するほどじゃないっていうか」
「はぁ……?」
「先輩は、しののんと知り合いなんですか?」
「い、いや、知り合いってほどじゃないけどさ……まあ、ほら、今あいつ炎上してんの。さすがに知ってるだろ?」
俺たちが頷くと、その先輩は満足げに笑って話を続けた。
「あの記事……マジっぽいんだ。俺もネットに書き込まれてんの結構見たし」
「え? なんか証拠とかあるんすか?」
「しょ、証拠は……あれだよ、BAKUROが上げてただろ? 『ディレクターと密会』とか『プロデューサーを誘惑』とか! はぁ〜俺もしののんに誘惑されてみてぇ!」
「何言ってんだこいつ……」
「もしかして、ファンだったのかな……」
素羽の一言でギクリと動きを止めた先輩。
……あまり有益な情報は得られなさそうなので、もう行っていいだろうか。
「とにかく、しののんだって今はピリピリしてるだろうし、下手に刺激しないでほしいんだよね!」
「あー、はい、気を付けまーす」
素羽は適当な返事をして先輩を追い払った。
「なんか、過激そうなファンだったね」
「同学年にアレがいんの、結構キツくね?」
「キツい」
「って、あー! 理子先輩たちどっか行っちゃったじゃん!」
*****
俺たちが2人を見失ったことに慌てていると、見計らったかのようなタイミングで理子からチャットが届いた。
理子『忍田さん、時間を取ってくれるそうよ』
理子『少し所用があるみたいだから、一緒に図書室に行っているわ』
「よかったぁ……! じゃあ、あたしたちも図書室行こ!」
動きがあれば理子から連絡が来るだろう。とりあえず、2人の後を追うことにした。
図書室の前に着くと、理子が1人で待っているのを見つけた。
「理子せんぱーい! 真理奈先輩は?」
「今、本の返却手続き中よ。期限が今日までだったみたいだから、待つことにしたの」
「へぇ。俺、図書室とか使ったことねぇわ」
「あたしも」
「ふふ、結構貴重な本も蔵書しているから、案外面白いかもしれないわよ。まあ、時間のあるときにね」
俺はときどき読書や勉強で利用するが、まあ、使い心地は日によるなぁ、という印象だ。
ともあれ、少し待っていれば忍田先輩はすぐに図書室から出てきた。
「ごめん、お待たせ。……あれ、増えてる」
「こっちの3人も一緒でいいかしら?」
「うん。学園祭の演劇に出る子たちだよね?」
「覚えててくれたんですか?」
「うん、話したことあるしね。あと、星輝くんから聞いてる」
「えっ、池波先輩、何て!? まさか呆れてたりしないよね……?」
「みんなやる気があって嬉しいって」
「「池波先輩〜〜!」」
素羽と駿は感激していた。俺もちょっと嬉しかった。
*****
立ち話でするような内容じゃないということで、理子は生徒指導室に忍田先輩を招いた。
この部屋は、かつて月見里先生に仕事を押し付けられていたときに理子が使っていた場所だが、今回は片山先生の計らいで一時的に開放してもらったらしい。
教室やカフェでは話しにくい内容だろうから、助かった。
椅子があまりないので、忍田先輩とその横を陣取った素羽以外は、正面に立っている状態だが。
「……それで、話って?」
「あっ、え〜っと……。何から聞けばいいんだろ、これ?」
「そうね、いくつかあるんだけど……答えたくないことは、答えてもらわなくても大丈夫よ」
理子の前置きには特に反応がなかったが、忍田先輩は黙って質問を待ってくれているようだ。
「あの、片山先生から聞いたんですけど……炎上記事のこと気にしてないって、本当ですか?」
「へ? あー、あの記事? うん、気にしてないよ」
「それは、どうしてかしら? 普通、根も葉もない悪評を書かれたら、多少気にするものかと思うけど」
「そうですよ! ネットで知らない人から好き勝手言われるの、嫌じゃないんですか?」
「嫌だよ」
「嫌なんじゃん! じゃあ、なんで"気にしてない"って……」
「あー、今のところ何か嫌がらせをされたりとか、そういうのはないし。一度出た記事を消すことはできないから、もう必要以上に気にしてもしょうがないよ」
「それ、泣き寝入りするってことじゃないすか!」
「一応、ちゃんと否定はしてるけど……。まあ、信じてくれるかは人によるよね」
「あたしたちは信じてますからね!」
素羽の言葉に忍田先輩は少し表情を緩めた……ように見えた。
「みんなは、あの記事が嘘だって思ってくれるんだね」
「ええ。あの記事の内容は誇張が多くて、信憑性に欠けるもの」
「そうだぜ。どうせ下津名が適当に書いた嘘記事だろ?」
「……下津名さんのこと調べようとしてるの?」
……。
「記事の内容はともかく、誰が書いたかなんて普通は気にしないと思うんだけど」
確かに。下津名の名前を出すのが早かったかもしれない。
「その……以前校門で話していたでしょう。目を付けられているように見えたから、どうしてかしらと思って気になったの」
「ふうん、そっか」
忍田先輩はやはり終始冷静というか、態度を変えることはなかった。
だが、不意に少し不安げな表情を見せて、口を開いた。
「あの、1個確認したいんだけど……私の記事を下津名さんが書いてたこと、星輝くんに言ってないよね?」
「え? ええ、池波くんには何も伝えていないけど」
「よかった。星輝くん、それ、まだ気づいてないから。できれば今後も言わないでほしいんだけど、いいかな?」
「えっ、何で? 下津名って池波先輩のこと気に入ってるみたいだし……幼馴染の悪口を書いたって知られたくないのは、下津名の方じゃないですか?」
「うーん……あの人はそんなこと気にしないと思うけど。それより、星輝くんにこれ以上心配かけたくないから。お願い」
忍田先輩は笑顔だった。まるで、少しも傷ついていないように見える。……でも、そんなはずはない。
「忍田先輩。俺たち、下津名の捏造記事について調べてるんです」
「? うん、そうだね」
「どうして先輩が下津名の標的にされてしまったのか、何か心当たりはありますか?」
先輩は口を閉ざして、ここで初めて目線を逸らした。
それから机に置いた手元を眺め、指を絡めて思案する。
顔を上げた彼女の表情からは、すでに笑みは消えていた。
「私も、それを考えてるところだよ」
「……待って。忍田さんは、あの記事を書いたのが下津名だってどうしてわかったの? 確かにBAKUROから出てはいたけれど、ライターは明記されていなかったはずよ」
「それは事務所から聞いたの。"BAKUROの編集長には逆らえないから、強く批判はできない"って」
BAKUROの編集長という情報があれば、下津名にたどり着くのは容易だろう。
それに……やはり"下津名には逆らえない"という認知は業界全体に広まっているらしい。
「あれ? でも先輩、記事のことは気にしてねぇのに、狙われた理由は気になるんすか?」
「いやいや、普通気になるでしょ」
「あー、それはね……星輝くんのことが気になって」
「え? ……どゆこと?」
俺もわからなかった。というか急に出てきたな、池波先輩が。
「え〜っと、気になるっていうのはもしかして〜……」
「最近、ちょっと様子がおかしいんだよね」
「おかしいって、池波くんが?」
「うん。下津名さんが星輝くんに近づくようになってから、だんだんね……。だから、何か関係があるのかなと思って」
忍田先輩がそう言うと同時に、突然俺のカバンがごそりと音を立てた。ルフェルが身動きをしたようだ。
「あれ、今カバン動いた?」
「ち、ちょっと、生き物がいて」
「えぇ〜……何で?」
「あ、ああ、彼、ペットがいないと不安になっちゃうんですよ〜」
「へぇ、大変だね。何飼ってるの? 猫?」
意外にも興味を示した忍田先輩。ルフェル、なんで動いたんだ。
しかしルフェルはどうやら外に出たがっているようだ。……まあ、忍田先輩だし、もういいか。
「フクロウを、ちょっと」
「わぁ、かわいいね」
「よかったな、ルフェル」
「何がだ! それより……妙だぞ。ワシにも忍田を観察させろ」
忍田先輩にはおそらく『ホホー!』としか聞こえていないだろうが、ルフェルが興味を持つのは意外だった。それに妙だというのは、一体何に対してなのか。
「みんなは、星輝くんの様子について何か知ってる?」
「……えっと、すみません。俺たちはあんまり。知り合ったばかりだし」
「……ふうん」
……なんだか、目線が痛い気がするが……。
"下津名に欲望を奪われている"なんて言うわけにはいかないし、それだってメメントスで確かめないと確定情報とはいえない。
「まあ、いいや。何かわかったら教えてほしいんだけど……いいかな?」
「もちろんです!」
「素羽! 何を安請け合いしている!」
「ほら、ルフェルも協力するって言ってますし!」
「へぇ〜、賢いんだ。よろしくね」
「ホワァッ!? ワシが賢いのはともかくとして――」
一旦、ルフェルをカバンにしまった。
それから今日は解散という流れになったところで、素羽が先輩を引き留める。
「ねえ真理奈先輩。最後に1つだけ聞かせてください!」
「うん。なに?」
「池波先輩とは、本当に付き合ってないんですか……!?」
「へ? 付き合っ……て、ないけど。何で?」
「えぇ〜……!?」
素羽は残念そうに肩を落とした。
「お前それこだわりすぎだろ」
「だって、池波先輩は絶対さあ……!」
忍田先輩に聞こえないようコソコソと言った素羽。
まあ、確かに俺もそんな印象を受けたけど……本人たちが違うというのだから違うんだろう。
「素羽ちゃん、それこの前星輝くんにも聞いたでしょ」
「えっ!? 何でわかるんですか!?」
「そりゃあわかるよ。星輝くん慌ててなかった?」
「すっごい慌ててました!」
「だよねぇ。星輝くん、ああ見えて照れ屋さんだから。あんまりからかわないであげてね」
「……照れ屋さん?」
「池波サンが……?」
理子と駿もその表現にはさすがに驚いたのか、反芻するだけだった。
「じゃあ、私は先に帰るね」
「あっ、ありがとうございました」
「こちらこそ。じゃあね」
忍田先輩は話が終わると、荷物をまとめてさっさと帰ってしまった。
「お主ら、忍田に完全に主導権を握られていたな。揃いも揃ってみっともないではないか」
「ルフェル……さっきはどうしてカバンから出てこようとしたんだ?」
「言っただろう、あの忍田という娘を見るためだ。そして確信したことがある」
「え、真理奈先輩がどうしたの?」
「あの忍田という娘……あやつほど強い欲望を持つ人間は珍しい」
「強い欲望?」
「欲望を奪われた者は、他者への関心すら希薄になる。池波やあの秘書を見ただろう。自ら考え、自ら行動しようとはせん。だが忍田は違う。自分で調べ、自分で考え、自分で答えを探そうとしている」
「つまり、忍田さんは下津名に屈してないってこと?」
「だろうな。少なくとも、池波ほど大きな影響は受けておらんように見える」
「えっ、じゃあもしかして、真理奈先輩もペルソナ使いになれるかもってこと!?」
「素質は十分だろう」
「ちょっと待てよ。忍田サンに欲望があるってのはわかったけどよ、ペルソナはまた別じゃねえの?」
駿の疑問はもっともだ。ルフェルが直に見ているから、間違いではなさそうだけど……。
「うむ。しかし、あやつは自身が陥れられたことはもちろんだが、それ以上に池波の処遇や状態を気にしていた」
確かにそうだ。先輩の行動の理由は、そのほとんどが池波先輩に起因するものだった。
「欲望を奪われた人間が、それほどまでに他人を慮れると思うか? 自らが傷ついてもなお池波を案じる。その意志こそが欲望……そして下津名に対する反逆だ」
「……そういうことだったのね」
俺たちが驚くなか、理子だけが納得したような反応を見せていた。
「理子は、わかってたのか?」
「まさか……でも、どこか違和感があるとは思っていた。それはきっと、ルフェルが今言ったように、自分の意志で行動を起こしていることだったんだわ」
理子の言葉で、ようやく違和感の正体が見え始めた。
池波先輩は欲望を奪われ、忍田先輩は奪われていない。
それなのに、2人とも下津名に深く関わっている。
……だからこそ、先輩が何を知っているのか。
俺は、確かめたいと思った。