「決断はやっ!?」
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一旦メメントスから帰還して、戸川を連れてやって来たのはルブランの屋根裏……つまり自室だ。
そこで軽い自己紹介を済ませた後、彼に鴨志田事件から始まった怪盗団による改心や、ペルソナ、シャドウ、認知世界などのことを説明していった。
「ああ、そっか……"認知の操作"に"歪んだ欲望を盗み取る"……なるほど、だから鴨志田や斑目は、突然人が変わったように、それこそ改心したんだね」
「そーそー。オレたちの力で、クソな大人どもを改心させてやんだ!」
「竜司、声デカいから! まだルブランお客さんいるし!」
「わ、わりぃ……」
いつも通りな竜司はさておき、ざっくりとした説明になってしまったが、彼は納得してくれたようだ。
しかし、本当に理解が早くて正直驚いた。どうやらニュアンスやイメージではなく、認知世界の仕組みを理論で理解しているらしい。
「オマエ、アユムって言ったな? リュージと違って理解が早くて助かるが、ここからが本題だぜ?」
「わかってるよ。怪盗団の内情をここまで知っておいて、まさか野放しってわけにもいかないだろうしね」
"それで、俺は何をすればいいのかな?"と続けた戸川に、俺は密かに感心していた。
突然メメントスに迷い込んで何が何だかわからない状況であったにも関わらず、一切取り乱さず、むしろ余裕すら感じ取れる。
「戸川君って、なんていうか、ホントに"完璧"なんだ……」
杏の言葉にやや驚いたような顔を見せた戸川だったが、その表情はやがて何かを憂いているようなものに変わった。
「……買い被りすぎだよ。俺なんて、ただの八方美人だから」
「え?」
「ごめん、話が逸れたね。モルガナ、だったよね。話の続きを聞かせてくれないかな」
彼の意味深な発言に対して聞き返す前に、話を戻されてしまった。
「あ、ああ……じゃ、早速"取引"といこうか」
完全にこの場の主導権を戸川に持っていかれて呆気に取られてしまったが、気を取り直したモルガナがそう切り出す。
「ワガハイたち怪盗団の、仲間にならないか?」
「うん、いいよ」
"ちょっとそこのペン取ってくれる?"みたいな軽さで返答された。
「決断はやっ!?」
「ちょっ、そんな簡単に決めちゃっていいの!?」
「取引なんでしょ? 俺の"八方美人"――猫被ってるのを黙っててくれるなら、怪盗団に協力するよ」
「本当にそんなことでいいのか?」
正直言って、その程度の見返りで、下手したら命がけになるかもしれないような怪盗団の活動に、戸川を巻き込むような形にはしたくなかった。
「俺には大事なことだから」
それに、
「個人的な理由もあるしね。まあ、ちょっとした復讐心みたいなものだけど」
戸川の言う復讐心とやらが"ちょっとした"なんてものじゃないことは、その表情から容易に読み取れた。
「それって……」
しかし、杏が聞き返しても戸川は苦笑するだけで、どうやら今教えてくれる気はなさそうだ。
「なあそれ、お前にも改心させたい奴がいるってことかよ?」
一度受け流した質問をもう一度聞かれるとは思っていなかったのだろう、戸川は少し驚いたようだったが、あいにく竜司はそんなことを気にする奴じゃない。悪い奴じゃないんだけどな。
「……まあね」
「だったら、ソイツを改心して――」
「まだそこまで決断するに至れてないんだ。……改心したくなったら、ちゃんと言うよ」
竜司の言葉を遮ってそう言い切った戸川に、今度こそ誰も言い返せなかった。
「…………」
居心地悪そうにしながらも毛繕いを始めたモルガナをよそに、少しの間訪れた沈黙を破ったのは祐介だった。
「……ん? 何を悩むことがあるんだ? ターゲットは"全会一致"。ならば、戸川のタイミングに任せればいいんじゃないのか?」
「あ……それも、そっか。そうだよね、戸川君の事情も知らずに、私たちが勝手にってワケにもいかないし」
「まあ、そうだけどよ……」
そう納得する杏と竜司だったが、やはりどこかで引っ掛かるところはあるのだろう。
しかし、こればかりは外野が口を出すことじゃない。戸川が復讐したいという相手の改心を望むまで待つしかないことだ。
「じゃあ、戸川は怪盗団に入るってことで、いいよな?」
とりあえず、この場をまとめておかないと、という義務感でそう聞いた。
「うん、役に立てるかわかんないけど、がんばるよ。よろしくね」
さっきまでの緊張した雰囲気はどこへやら、戸川のその返事に、俺たちは素直に安堵した。
「ま、さっき見た感じじゃ、アユムのペルソナの得意分野は、ワガハイたちともかぶってないみたいだしな。こりゃ、期待できるんじゃねえか、ジョーカー?」
「"ジョーカー"……って、来栖君のこと?」
モルガナの言葉に戸川は首を傾げる。
「ああ、異世界で活動するときは、コードネームで呼び合ってるんだ。俺は"ジョーカー"」
それから竜司、杏、祐介、モルガナも自身のコードネームを戸川に紹介して、今度は彼のはどうするかという流れとなった。
「大体、見た目で決めてるよね。ドクロとかキツネとか……」
「つっても、戸川の仮面、何か見たことねえヤツだったし……ってなると、やっぱ服か?」
「ふむ。確か、軍服のような服だったな」
戸川の怪盗服は、祐介の言う通り見た目は軍服のような感じだったが、戦闘用というよりは礼服に近い印象だ。
「……騎士?」
「おお……何か強そうだな」
竜司には好評みたいだ。
「しかし"騎士"となると、一人だけ日本語だな。英語にしてみるか?」
「じゃあ、"ナイト"?」
「戸川は、何か希望とかないか?」
「これといって希望はないかな。"ナイト"でいいよ。誰かわかればいいんだし」
「……アユムがそう言うなら、いいんじゃねえか? ワガハイも悪くないと思うぜ」
モルガナもなんだかんだで気に入ったらしい。
「じゃあ、それで。――改めてよろしくな、歩」
「あ、そっか、名前呼び」
「ああ、別に強制ってわけじゃないが、遠慮は無用だ。俺も名前で呼ばせてもらおう」
「うん、よろしく。……名前で呼ばれるのは慣れてるけど、呼ぶのはあんまり慣れないな」
「んなのすぐ慣れんだろ!」
「あ、じゃあ早速歩の歓迎会の予定たてない?」
「おっ、いいな。牛丼!」
「却下」
「嬉しいけど、そんな、気遣わなくてもいいよ……」
やや照れながらも受け入れてくれた歩に、俺たちはまた一人仲間が増えたことを実感したのだった。