「確かめさせて、貴方たちの言う正義を」
【暁視点】
歩を怪盗団に迎え入れた翌日、さっそく"事件"が起こってしまった。
アジトとなっている連絡通路に向かう足取りが重い。しかし、隣を歩く彼女――秀尽の生徒会長である新島真には、もはや言い訳できる状況にない。
――放課後、生徒会室に呼び出された俺は、彼女から俺たちが怪盗団である証拠を突きつけられた。
その証拠である録音された音声を、警察が聴いたらどう思うかなどと脅しまがいなこと言われ、仕方なく彼女をアジトに連れてきている。
アジトにはすでに杏と竜司、祐介、歩が集まっており、こちらに気付いた4人はやはりと言うべきか驚いていた。
「ど、どうなってんだよ?」
しゃがんでいた竜司もこの状況にはさすがに立ち上がり、焦った様子だ。
杏は鴨志田の一件から、彼女には良い印象を持っていない。信じられないというような表情で、どういうつもりか聞いてくる。
祐介は他校生だからいまいち状況を飲み込めていないようだが、意外な反応を見せたのは歩だった。
「あれ、新島先輩? どうしたんですか」
にこにこしながら親しげに声をかける歩に驚いたのは俺たちだけではなく、生徒会長も同じだったようで、
「戸川くん……!? どうしてあなたが――」
と。
どうやら2人は知り合いのようだが、昨日加入したばかりの彼のことはさすがに把握していなかったらしい。
「歩、生徒会長とどういう関係なの?」
そう聞く杏の鋭い視線に気づいているのかいないのか、歩はきょとんとした表情を見せた。
「どういう関係って……俺、生徒会役員だから」
『え?』
困ったようにそう言った歩の言葉に、俺と竜司と杏は聞き返す。
「お、お前、まさかスパイ――」
「いや、違うけど。それ絶対言うと思ったよ」
竜司の言葉を遮る歩は呆れ顔になっていた。
……そういうことは先に言ってほしい。驚くから。
「別に生徒会の先輩後輩ってだけだよ。……それで、何で暁はここに新島先輩連れてきたの?」
さらっと話を戻す歩――昨日もこんな風に彼に主導権を持っていかれた気がする――に、生徒会長は気を取り直したのか話し始めた。
「戸川くんには後で話を聞かせてもらいたいところだけど……。――坂本竜司くん、高巻杏さん、それから……斑目の門下生だった、洸星高校2年生、喜多川くんだよね?」
一人一人、確認するように呼んだ後、やはり彼女はスマホを取り出し、ついさっき聴かされたものと同じ音声を俺たちに聴かせた。
「鴨志田と斑目で酷似した犯行手口。偶然にしては出来すぎなほどタイミングよく集まった被害者たち。疑わない方法を教えてほしいわ」
そう言われてしまえば、確かにそうかもしれないが、しかし彼女の目的がわからない。
祐介がそれを訊けば、彼女が答える前に杏がやや感情的に問い詰めた。
「――大人のいいなりに使われてるだけなのに。かわいそうな人」
吐き捨てるようにそう言った杏に、歩が何かを言いかけたのが目に入ったが、結局やめたようだった。
「……」
一方で言われた生徒会長はというと、どこか追い詰められたような表情で、"そんなこと、わかってる"と――
「だから確かめさせて、貴方たちの言う正義を」
俺たちには聞き返す暇を与えず、彼女はそう言った。
「ああ、やっぱり取引ですか?」
……歩には危機感というものがないのだろうか。
そう思ってしまうほど余裕のある態度に見えた。
スマホ片手にいつもの表情――彼曰く"猫被り"の状態で話すのは、生徒会長のことを俺たちよりもよく知っているからこそなんだろうが……。
「ええ。このことはまだ私しか知らないの。正義を証明してくれれば、コレは捨てる」
"正義の証明"――歩の言う通りこれは取引、ここでの俺たちの正義とは、改心という行為の正当性だ。
「改心させて欲しい人がいるの」
「誰だ?」
「できない、とは言わないのね。でもそれは……まだ言えない。明日、放課後。屋上で続きを話しましょう。『引き受けてくれる』って前提でね」
そう言って、生徒会長は去っていった。
「メンドくせーことになったな……」
竜司のつぶやきに無言で頷き同意した。
*****
今後の相談と軽食を兼ねてファミレスに場所を移した。
「……うかつなんだよ。自覚が無さ過ぎるんじゃないのか? 竜司」
とりあえず注文を済ませ、これからどうしたものか考えようというときだった。
祐介の指摘はもっともなものだ。……とはいえ、自分も例の音声が録音された場にいた1人で、責められる立場にはないが……。
「なんで俺だけなんだよ? 杏だって録音されたろうが!」
「ごめんなさい……」
杏は素直に謝った。
竜司は反論したが、そう言われる原因に心当たりがないわけではないだろう。
ともかく、早く解決策を考えなければ……。
「あんなスマホで録音した音声、証拠になりえるのかな。まあ、話は聞かれそうだけど」
歩は多分、この場にいる誰よりも冷静だ。
この件に関しては当事者ではなかったからだろうが……。
「あの人のことだし、またなんか罠かも」
「杏は、新島先輩に何か恨みでもあるの?」
「それは……」
「ああ、言いづらければ無理にとは言わないけど」
「……ううん。――生徒会長、鴨志田のやってたこと知ってて、校長とか学校と一緒に隠してたんだと思う。だから私、許せなくて……」
「新島先輩が?」
杏の話を聞いた歩は、怪訝そうな表情で首を捻っていた。
「そう……」
しかし、何か言いかけたさっきと同じく、歩はそれ以上言わなかった。
いっそ彼も竜司のような性格だったらまだわかりやすかったのかもしれない。
話すようになってからまだ日も浅く、俺たちは接し方と言うと大げさかもしれないが、歩が何を考えているのか全くと言っていいほど想像つかないのが現状だ。
だから、もう少し考えを話してほしいところではあるが……。
「歩もだ。昨日怪盗団に入ったばかりとはいえ、少し油断しているんじゃないのか? あまり真剣に考えているようには見えないんだが」
普段こういうことをズバズバ聞いてしまうのは竜司だったが、今日は祐介がその役回りのようだ。
あまり真剣に考えているようには見えない――確かに、俺にもそう見えていた。
もちろん、ふざけているわけでも遊び半分で参加しているわけでもないことはわかっている。
しかしそれを聞いた歩はといえば、やはり慌てたり謝ったりはせず、少し困ったような表情だ。
「……新島先輩は、みんなが思うほど悪い人じゃないよ。今は暴走しちゃってるけど、ちゃんと話せばわかるって」
「でもよ、あんな録音までして、俺ら脅されてんだぞ!?」
「向こうから取引を持ち掛けてきた以上、今すぐどうこうされることはない。どっちにしろ明日の話の内容次第なんだから、今慌てたって仕方ないんじゃないかな」
生徒会長をかばうような物言いに竜司は言い返すが、歩は珍しく語気を強めてそう言った。
「けど、保護観察中のアキラだけは、ちょっとやばいかもな……」
モルガナの言葉にはっとする。決して忘れていたわけではないが、理由はどうあれ警察の世話になるのはマズい。
「暁がいなくなったら、キツイだろ……。つーか、ケーサツは俺らも勘弁……」
竜司の言う通り、警察が絡む事態は避けたい。そうなると、やはり生徒会長の言う事を聞くしかないのだ。
「なら、やるしかない……か」
ともかく今は、明日屋上での話を待とう。