「貴方の秘密って……?」
【真視点】
私の戸川歩に対する印象は、"良くできた後輩"だった。
華やかな外見から最初は少し軽薄そうかと思ったりもしたけれど、同じ生徒会役員として活動するうちにその印象はすぐに変わった。
生徒会での彼の役職は会計。けど実際は他の仕事も手伝ったりしていたし、人が嫌がる地味で面倒な仕事も当然のように引き受ける……そんな人だった。
言うまでもなく異性から人気があり、しかし同性の友達も多い。
そんな人柄に加えて勉強も出来れば運動だってそれなりで、教師からの信頼も厚い。もちろん私も彼のことは頼りにしていた。
――そんな彼が、どうして"彼ら"と一緒にいたのか。
それを訊くために、先程別れたばかりの彼――戸川くんを、渋谷のファミレスに呼び出した。
……呼び出したと言っても、彼は元々ファミレスにいたようだから、私が後から合流しただけだけれど。
「先輩、何か食べますか? 俺、ここで夕飯済ませるつもりなんですけど」
「え、ええ」
正面に座る戸川くんはメニューを手渡してくる。
注文を決めてから少し待っていると、店員がやってきた。
「ご注文お伺いしまーす、って、戸川じゃん」
話しながら水の入ったコップを置いたバイトらしい店員は、戸川くんの知り合いのようだ。ということは秀尽の生徒なのだろうけれど、見たことのない子だったからおそらく下級生。
「お、バイト? おつかれー」
戸川くんが気さくに返事を返すが、相手はいつの間にか私の方を見ていて、何故かぎょっとした表情を見せていた。
「戸川お前、やっぱ生徒会長狙いだったのか!?」
「は? いや、生徒会の仕事の話するだけだけど……」
「他の役員いねーじゃん」
「部費の話だから、会計だけで十分でしょ」
「えー、そうなん? じゃあサッカー部の部費多めで頼むわ」
「じゃあこのオムライス大盛りにしてくれる?」
「作んの俺じゃねーよ! ……オムライス1つっすね。会長さんは、注文どうします?」
*****
注文を終えて、待っている間。
「嘘つくの、上手いのね」
嫌味のつもりはなかった。ただ友達相手にあんなにも自然に嘘を並べる彼に驚いたのだ。
「"今から先輩に尋問を受けるんだ"なんて言えないじゃないですか」
「尋問って、そんなつもりじゃ――」
「別に構いませんよ。何でも聞いてください」
いつもの戸川くんとは雰囲気が違った。
笑ってはいるけれど、どこか探りを入れてくるような、試されているような。そう、最近会った"彼"に似ている……ような気がする。
――"なんだ君、意外と言いなりのいい子ちゃんタイプか"。
……余計なことまで思い出してしまった。
思わず俯いたのをごまかすように水を一口飲んで、戸川くんに向き直る。
「単刀直入に訊くわ。あなたたちは、怪盗団なのよね?」
「はい。怪盗ですよ」
彼はずいぶんあっさりと怪盗であることを認めた。もちろん、私ももうそれは確信していたことではあるけれど。
「いつから仲間になったの?」
「先輩は、いつからだと思います?」
「…………」
――そんなこと、私にわかるわけないじゃない。
少なくとも鴨志田事件のとき、戸川くんは坂本くんたちとはつるんでいなかった。
画家の斑目との接点も、どうしたって思い当たらない。
「実は、昨日なんですよ」
私が答えを言う前に、彼はそれを明かした。
「昨日……!?」
「俺も驚きましたよ。入った途端にこんなことになるんだから」
「どうして仲間になったの?」
「どうしてって……取引ですよ。俺の秘密を黙っててもらう代わりに協力してるんです」
「それって、弱みを握られてるってこと!?」
「あ、いや……向こうが怪盗だって、俺がたまたま知っちゃったんで。俺が黙っておけばいいだけですけど、フェアじゃないなあって思って自分から言っただけで、先輩が思ってるようなことじゃないですよ」
それに大した秘密じゃないですし、と彼は続けた。
「まあ、お互いの秘密を交換したってことです」
「貴方の秘密って……?」
戸川くんはきょとんとした表情を見せた。
つい聞いてしまったけれど、答えてもらえないに決まっている。
「言ってもいいですけど、先輩も何か教えてくださいよ?」
「……ごめん、つい勢いっていうか、その、聞かなかったことにしてもらえないかしら」
「それはいいですけど。……俺、怪盗団と新島先輩は、多分気が合うと思うんですよね」
デザートメニューを開いて眺めながら、のんきにそんなことを言う戸川くん。
「あ、そうだ。もし明日怪盗団に依頼を拒否されて通報するってなったら、俺のことは見逃してくれませんか?」
「え……?」
「まあ、みんなお人よしだから、断ることはないと思いますけどね。ただ、俺は鴨志田にも斑目にも関わってないので」
「ずいぶん薄情なことを言うのね。彼らとは、仲間なんじゃないの?」
「今は仲間ですけど、前の2件は別でしょ?」
彼と話していてこんなにペースを崩されることなんて今までには一度もなかった。
いつもの彼はそんなに目立って喋る方ではないし、どちらかといえば聞き手に回っているイメージがある。
そして相手の欲しがる言葉を的確に答えて、上手く立ち回っていたからこそ人気があったのだ。
「先輩の聞きたかったことって、俺が何で暁たちと一緒にいたのかってことですよね?」
「え、ええ、そうよ」
「じゃあ、尋問は終わりでいいですよね」
「いや、だから尋問じゃ……。まあ、いいわ」
終始彼に話の主導権を持っていかれたような気はするけれど、嘘を言っているようには見えなかった。
……"嘘を吐くのが上手い"、なんて感想を抱いたばかりではあるけれど。