「本気で言ってます?」

【明智視点】

そいつのことを知ったのは、本当に偶然だった。

獅童の隠し子。

そんなものが自分以外にもう一人いたなんて、想定外だった。だが、都合が良い。

そいつを徹底的に調べ上げたところ、あの秀尽学園に通っていることがわかった。2年生ということは、一応弟ということになるのだろう。情なんか微塵も湧かないが。

ともあれ、今度のバラエティ番組の収録に、社会科見学で秀尽の生徒が来るらしい。もう一人の隠し子――戸川歩が来るかはわからないが、確かめておく必要がある。


*****


「やあ、ちょっといいかな」

見学が始まる前、TV局の廊下で目的の人物を見つけた。

友達でも待っているのか、ヒマそうにしながら一人壁にもたれている。

「あ、はい。何かご用ですか?」

僕と同じ髪色をした、いかにも好青年風の感じの良い印象の男だ。

「社会科見学で来てる学生さんだよね? ああ、僕は明智吾郎。一応、探偵をやっているんだ。今日の収録にも参加するから、挨拶でもと思ってね。どうぞよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします。律儀なんですね、明智さん」

彼はやはり人好きのする笑顔で答えた。

「はは、そうでもないさ。――君だからだよ」

「……どういう意味ですか?」

「見学までまだ時間あるだろ? 君に話したいことがあるんだ。僕の楽屋まで来てくれるかな、戸川歩君」

名乗ってもいない名前を俺に呼ばれたことで何かを察したらしく、戸川は大人しく後ろをついてきた。

楽屋に着くと、戸川はこちらを窺いつつもあくまで冷静だった。

「ごめんね、時間は取らせないつもりだけど」

「別に構いませんよ。それで、俺に何か頼み事でもあるんですか?」

「話が早くて助かるよ。実はその通りなんだ」

本気で言っていたわけではないのだろう、戸川はここで初めて表情を崩した。

「君の、父親の名前を教えて欲しいんだ」

「…………」

「言えないのかい? もしかして、知らされてない?」

「……知ってますけど」

「そっか、それを聞いて安心したよ」

「明智さん、何の用です? 猫被りまでして、何か聞き出したいことでも?」

残念ながら何も知りませんよ、と続けた戸川。

「猫被りか、それなら君も同じじゃないのかい?」

「……用件だけ言ってもらえますか?」

「手厳しいな。僕はただ"弟"と仲良くしようとしてるだけなのに」

「……は?」

「君と僕の間には血縁関係があるんだ」

「本気で言ってます?」

「ああ。異母兄弟ってやつさ。僕もさすがに驚いたよ、まさかアイツに――獅童正義に、もう一人隠し子がいたなんてね」

この話を聞いては平静を装えなくなったらしい。戸川は目を見開いて僕を見た。

それから彼は何かを言いかけてはやめ、言いかけてはやめを繰り返し、動揺したように視線をうろつかせる。

しかし、取り乱したりしないのは大したものだと、率直にそう思った。

「それで、本当に何の用です? そんな事聞かされても、僕にはもう関係な――」

と、その時、ピピピというスマホの呼び出し音が鳴った。戸川のスマホだ。

「出てもいいよ」

「……もしもし。ああ、いや、トイレ行ったらちょっと道迷っちゃって。……うん、大丈夫大丈夫、すぐ戻れるから。じゃあ後で」

朗らかな声音とは対照的にややめんどくさそうな表情で話している戸川。器用なもんだ。

それから戸川がスマホを耳から離し、通話を切った瞬間、見覚えのある"アプリ"をスマホの画面に見つけた。

「そのアプリ、どうしたんだい?」

「アプリ? ああ、これ……先月くらいに勝手に入ってた。消してもまた戻ってるからほっといたけど……何か知ってる?」

「さあ、どうかな。そうだ、僕の連絡先を教えておくよ。知りたかったら連絡して」

溜め息を吐いた戸川は、今更だがもう猫被りをする気はないらしい。

「そろそろ行こうか。僕も出番あるし、スタジオまで案内するよ」

「どうも」

むっとした表情で無愛想な返事を返された。生意気な奴だ。

スタジオまで歩く途中、今度は僕のスマホが鳴った。


戸川『用件、詳しく教えて』


隣にいる戸川からだ。

「じゃあ、今夜にでも。また後で連絡するよ」

「ああ……」

それだけ会話を交わして、それぞれの場所へと向かった。

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