「お前もアイツが憎いか?」
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その夜、早速戸川歩を誘い、"事情"を話すことにした。
選んだのは渋谷のファミレスだ。そこそこ賑わっているが、男子高校生2人が一緒に入って怪しまれない場所は近場ではこのあたりが妥当だろう。
席に着いて適当に注文を済ませると、戸川は話し出した。
「それで、頼み事って?」
喧噪に紛れる場所とはいえ小さな声で話す戸川は、冷静そうだがおそらくそれなりに動揺していることだろう。もちろん理由は昼間のことで。
「ああ、順を追って説明するよ」
僕はペルソナのことや精神暴走事件のこと、それから獅童正義への復讐の計画を簡単にだが説明した。
「……つまり、その"ペルソナ"とかいうのを使って、人殺しの手伝いをしろと?」
「厳密には違うけど、まあ、そんなところかな。まだ君にペルソナが使えるとは思ってないしね」
とはいえ、例のアプリを持っていたのだからおそらく素質はあるんだろう。
「ていうか、断ったらこの話聞いてる時点で俺のこと殺す気なんじゃないの、明智さん?」
「ははっ、それがわかってる割にはずいぶん冷静に見えるけど」
「まあ、断るつもりはないしね」
"いいよ、お手伝いしてあげる"などと続ける戸川の表情に迷いは見えなかった。
「随分乗り気だな。……お前もアイツが憎いか?」
「…………べ、つに。――でも、話聞いてみたら明智さん1人でやるの大変そうだったから」
そんな理由で?
そう思わずにはいられなかった。
もし本気で言っているのなら、こいつは度を越したお人よしだ。
「――なんてね。……明智さん、今"こいつお人よしだな"って思ったでしょ。信じた?」
他人に思考を当てられることをこんなに不快に思ったのは初めてだった。
「怒んないでよ。ただ、そういう選択肢があるなら、このまま何もしないよりはマシかなって思っただけ」
僕から視線を外し、窓の外を眺める戸川。その表情は心なしか憂いを帯びている。
「……ふうん」
まあ、従順で使えさえすれば、動機なんて何だって構わない。
適当に返事を返し、それから先は大した会話もなかった。
*****
ファミレスを出てから少し歩き、駅のホームで別れることになった。
別れ際、"あっ、そうだ"という戸川の言葉で引き留められる。
「合鍵ちょーだい?」
何を言い出すのかと思えば、戸川は僕の顔を覗き込むようにして、上目遣いでそう頼んできた。
「……はあ? なんでだよ」
「いいじゃん、俺家帰りたくないし。明智さんどうせ一人暮らしでしょ? 家賃払えるほどの金はないけど、炊事洗濯掃除くらいならできるよ」
こいつ入り浸る気か。
「…………」
一応兄弟とはいえ、今日まで知り合いでもなかったんだから敬語を使えよとさっきから思っていたわけだが……まあ今更か。
「ハァ……スペアキー、家にあるから寄って行けよ」
「やった」
さっきの言葉に偽りは無いように見えた。それに、何かあればどうなるかなんてこいつも解っているだろう。
それにしても、戸川は初対面の印象よりもだいぶ砕けた性格というか、急にガキくさくなったように感じる。
これが素なのかあえてやっているのかは、後々見極めていくことにしよう。