「褒めてる?」
【歩視点】
「疲れたー! 休憩!」
「うるさいな。いいから進むぞ」
俺があまりの疲労に耐えかねてその場にへたりこむと、明智は呆れたような表情でそう返してきた。
現実離れした薄暗くて赤黒い地下鉄のようなここは"メメントス"――なんでも、大衆の集合的無意識が共通して持つ認知の異世界というものらしい。
"らしい"と言っているのは、あの謎のアプリ――イセカイナビがここをメメントスという名前で表示しており、集合的無意識なんていうのは明智の推測にすぎないからだ。
まあそんなことはいいとして、今朝がた急に明智からチャットが届いて、10時に渋谷の駅前広場に来いと、言われた通り来てみればこれだった。
「俺、ペルソナ覚醒したのさっきなんだけど……」
明智から"計画"を聞き、それに乗ったのはつい昨日の話だ。それが今日早速働かされるなんて思いもしなかった。
「下の階はシャドウがいない。休憩ならそこでしろよ」
「はぁ……」
渋谷で落ち合ってからすぐ、突然ナビを起動した明智に巻き込まれるような形で俺もこの異世界に入ることが出来た。
目の前の明智はいつの間にか変な格好に着替えてるし、何が何だかわからないうちにシャドウとかいう化け物に出くわして殺されかけた。
明智も横で見ているだけで、こんなところでみじめに死ねるかとそう思ったときに、また謎の声が頭の中に響いてきて、なんやかんやあったのだ。そして出てきたシャドウにも似た何か――どうやらそれが明智の言っていた"ペルソナ"というものらしい。
いつの間にか俺も変な軍服みたいな格好になっていて、仮面までつけていた。明智の黒いアレは仮面じゃなくてヘルメットじゃないんだろうか。
ペルソナというのも人によって見た目も能力も全く違うらしく、なんと明智はペルソナを2体も持っていた。メインに使っているのは"ロキ"みたいだが、"ロビンフッド"というのも持っている。
ちなみに服まで変わるのは何故なんだろうと思ったけど、小難しい話をされたくはないので黙っておいた。
俺のは"ビューレイスト"という名前で、見た目は正直形容しがたい……というか、俺にもよく見えていない。青黒い霧のようなモヤモヤを纏っていて、人の形はしているが、頭から足元までをマントのように羽織ったボロ布で隠している……一見すると禍々しい印象だ。
能力的にはこれといった得意分野はないみたいだが、使える技の幅がやたらと広い。シャドウにも弱点となる属性があるようで、色々な技が使えれば有利に戦えるだろう。
しかし弱点があるのはシャドウだけでなくこちらも同じことで、残念なことに俺は弱点だらけだった。まあ、今のところ割と攻撃は避けられてるから、さほど問題ではないけれど。戦いはじめの数回は、それはもうひどい目に遭った。明智も全然かばってくれないし最悪だ。
銃で撃たれるのと、火で焼かれるの、それから呪い殺されるのと光で祓われるのが駄目らしい。そんなのくらって無事な人間がいるのか疑問だったけど、明智は平気そうにしていた。ずるいだろ。
ともあれ、明智の後ろをついていくと下の階に着いた。そこは駅のホームのようになっていて、待合室がある。
向かい合って並ぶ椅子の片側をいくつか使って、俺は寝転んだ。仮面は邪魔なので外しておく。
「椅子かたい……寝づらい……」
「なに寝てんだよ。とりあえず、これ飲んで回復しとけよ」
明智が手渡してきたのはモンタとアルギニドリンクだった。飲めって、これ両方飲まなくちゃいけないのか? 絶対変な味になるって。
なんかもう聞くのも面倒だったから、身体を起こして、受け取った缶ジュースを飲んだ。心なしか少し楽になった気がする。でもやっぱり2本目は変な味になった。
「ペルソナはどう? 使いこなせる?」
「え? うん、まあ……強いのさえくらわなければ、なんとか」
「……正直、あんなに弱点だらけだとは思わなかったけど」
そんなの俺に言われても、という気持ちを込めて半目で明智を見ると、意外にも真剣そうな表情をしていた。
「まあでも、回避率は高いし、何よりその技のバリエーションの豊かさは強力な武器になるだろうね」
……え、それって、もしかして、
「褒めてる?」
「……調子に乗るなよ。あくまで及第点だ」
「あぁ、そう……」
溜息と共に吐き出されたその言葉に、俺はなんかもう脱力した。とにかく疲れたし、初心者にしてはまあよくやった方でしょ。
そう自己完結して、明智の次の指示を待つことにした。
*****
「そろそろいいか……」
「ほんと? もういい? 帰っていい? 帰ろ?」
結局、一度休憩した後もう一度シャドウのいる階に行き、手あたり次第に戦わされた。
俺はもう意気消沈という感じだったけど、明智はまあまあ疲れてるくらいだ。
「ああ、今日は引き上げる。このくらいの戦力があれば、とりあえず十分だろ。――じゃあ明日、メメントスで怪盗団に接触してみてくれ。できれば仲間になってきてほしいんだけど」
「は? 怪盗団?」
「詳しい事は帰ってから話す。行くぞ」
「…………はいはい」
もう、とにかく安全なとこで休みたい。