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そして夜。

御影さんが何時に来るのか聞いていなかったからか、俺は帰ってからずっと落ち着きなくそわそわしていたようだ。

"ようだ"と言ったのは、マスターとモルガナに指摘されて気付いたからだ。

ちなみにマスターには"気持ちわりぃな"と言われた。相変わらず遠慮のない言いぐさだ。

「そういえば、ミカゲって男が好きなんだろ? 確かタケミがそんなこと言ってたが……大丈夫なのか?」

「ああ、そうだっけ。俺は別に」

「オマエ、相変わらず器がデカいな……」

モルガナはそう言うが、口ぶりからしてモルガナ自身別段嫌悪感があるわけでもないようだ。

「まあ、ワガハイもそんなことで人間の良し悪しを判断したりしないがな!」

と、自慢げだった。

そんなことを屋根裏で話していると、1階のドアのベルが鳴った。御影さんが来たようだ。

下に降りて御影さんを出迎えると、彼はみるからに安心したような表情になった。

「よかった、待っててくれたんですね。すっぽかされるかと思いましたよ」

「そんなことはしません」

「あ……そうですよね、すみません。来栖くんのことロクに知りもしないのに、失礼でしたね」

申し訳なさそうにする御影さんは、なんだか元気がなさそうだ。何かあったのだろうか。

「気にしないでください。あ、俺コーヒー淹れますから、上で座って待っててください」

「え、あ、ありがとうございます。うん、じゃあ、お邪魔します」

御影さんは律儀に軽くお辞儀をしてから、階段を上って行った。

「じゃ、ワガハイはその辺を散歩してくるぜ」

「ああ、いてもいいのに」

「オマエが良くてもミカゲはわかんないだろ。ワガハイ、ただの猫だと思われてるし……」

「それもそうか。いつも悪いな」

いつも俺に対して器がデカいと言うが、モルガナもなかなかだ。

店を出ていくモルガナを見送り、2人分のコーヒーを淹れ終えた俺は2階へ向かった。

「わざわざすみません。ありがとうございます」

「いえ、まだマスターに習ってる途中なんですけど……どうですか?」

「とてもおいしいですよ。僕の淹れるインスタントとは――って、比べるのも失礼なくらいです」

おいしい、と言って俺の淹れたコーヒーを飲んでくれる御影さん。

「そういえば、俺に何か用事があったんですか?」

「……用事というか、確認したいことが」

「確認?」

あまりにも真剣な表情をしたものだから、治験に関することだろうかと思っていたら、その内容は予想外に些細――少なくとも俺にとっては――なものだった。

「この前、医院で会ったときに聞いて、察してしまいましたよね。僕がその、いわゆる同性愛者だって」

「はい」

「あの時は来栖くん、別に嫌じゃないって言いましたけど、気を遣ってたんじゃないかって思って。本当は嫌とかだったら、はっきり言っておいてほしいんです」

俺としては、初対面で言ったことは本心だったし、はっきり同性愛者だと告げられて御影さんに対する印象が変わったわけでもない。

しかし彼の言い方から、なんだか嫌だと言って欲しそうな雰囲気を感じる。普通は受け入れて欲しいものだと思ったけど、そうでもないんだろうか。

「御影さんがどうしてそんなに心配してるのか、俺にはまだわからないですけど、俺は本当に嫌だとは思ってないです」

自分でも不思議なくらい、なんとか信じてもらいたくて、思わず語気が強まった。

そのまま黙ってじっと目を合わせていると、御影さんはふっと笑って目線を逸らした。

「信じてもらえましたか?」

「ええ……ふふ、そんな風に言われたのは初めてです。こんなに人と目を合わせたのも」

御影さんにさっきまでの不安げな様子は見られない。どうやら、信じてもらえたと思ってよさそうだ。

「でも、僕はこう見えてすっごくチョロいので、いつかきっと来栖くんのことを好きになりますよ」

「え?」

「そうならないように努力はしますけど、それでも嫌じゃなければ、今後もたまに話してくれるくらいでも……」

そう言いかけて、御影さんはソファから立ち上がった。

「突然変なことばかり話して、振り回してすみません。もう時間も遅いですし、今日は帰りますね」

コーヒーごちそうさまでした、と言って階段に向かって行ってしまう御影さん。

俺はとっさにその腕を掴んで引き留めた。

「来栖くん?」

「あっ、えっと……」

「ああ、すみません、僕ばかり話してしまっていましたよね。来栖くんも話したいことがありましたか?」

「いや、そうじゃなくて……そう、連絡先を! 教えて欲しくて。よかったら」

信じてくれはしたけど、今何かで繋ぎとめておかないと、もう会ってくれなくなりそうだと思った。

そんなことを言われるとは思っていなかったのか、御影さんは普通に驚いていた。

少し考えたようだが、スマホを出してくれたのでOKということだろう。

「ありがとうございます。……そういえば、夕方会ったとき、声がかすれてたみたいですけど、具合悪かったんですか?」

「ああ、あれは……。――ちょっと疲れてて、寝起きだったんです」

……微妙な間があったが、なんだろうか。

「じゃあ、また何かあれば連絡しますね。おやすみなさい」

「俺からも連絡します。すぐ隣ですし、送って行きますよ」

「……どうぞ」

断っても俺が引かないと思ったのか、苦笑しつつ受け入れてくれた。

見送りに行くと、居酒屋の入り口とは別のドアがあるらしく、御影さんはルブランとの間を遮るブロック塀の隙間の奥に消えていった。

ルブランに戻ると、ちょうどモルガナが散歩から帰ってきたようで、ドアの前にちょこんと座って待っている。

「モルガナ、おかえり」

「ああ。ミカゲはどうだったんだ?」

「連絡先ゲットだ」

「おっ。それで、何か取引は出来そうなのか?」

「いや、今のところは特に。まだそんなに信用されてなさそうだ」

「そうなのか? まあ、今はターゲットもいないし、急ぐこともないけどな」

モルガナの言う通り、現在ターゲットのいない怪盗団の活動はメメントスの探索が中心だ。

もちろん怪盗団の役に立つ取引も必要だが、彼とはそれがなくても関わりたいと思っていた。

"きっと好きになる"なんて、よく考えたらかなり大胆な発言だ。

今さらになって気恥ずかしさを感じ始めてしまい、いや、気恥ずかしいなんて思うのもおかしな話だとは思うが。

とにかく御影さんのことをもっと知りたいなんて、青臭い事を考えていた。

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