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彼が個人的に開発していたのは、媚薬と呼ばれる代物だった。
治験への協力と引き換えに、薬を提供してもらえることに。
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【暁視点】
先日連絡先を交換したものの、予想通り向こうからの連絡はなかった。
今さらだが、考えてみれば何で非常勤なのかとか、武見先生とはどういう関係なのかとか、何でずっと敬語なのかとか、御影さん自身は新薬開発みたいな研究を個人でやっていないのかとか……とにかく色々聞いてみたいことがある。
今日の放課後は杏と井の頭公園に行く約束をしていたので、その後に会えるか聞こう。
御影さんにチャットで連絡してみれば、今日は1日医院にいる予定とのことだ。
夜は暇だというので、またルブランに来てもらうことにしよう。
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「御影さん、こんばんは。来てくれてありがとうございます」
「こんばんは」
今日は彼が来るのを1階で待っていた。そして来ると同時に、会えて嬉しいアピールをしてみる。
御影さんは一瞬固まったが、またいつもの笑顔で答えてくれた。
「今日はどうしたんですか?」
「御影さんに色々聞いてみたいことがあって。もちろん無理にとは言いませんけど」
「聞いてみたいこと、ですか?」
御影さんは目に見えて不安げな表情になった。警戒されてしまっては親交を深めるどころじゃない、ここは慎重に質問を選ばなければ。
「そんな大したことじゃないですよ。ただの雑談です。――武見先生に聞いたんですけど、御影さんは非常勤なんですよね?」
「え? ああ、はい。個人ですし、大学病院みたいにきっちり経営しているわけじゃないですからね。もちろん患者さんに対して適当なことはしませんけど、勤務形態とか、そういったことにこだわりはないみたいです」
「武見先生とはずっと一緒に働いてたんですか?」
「先生とは同じ大学だったんです。学部は違いましたけど、就職先もたまたま同じ大学病院で。そこは辞めてしまったんですけど、武見先生が四茶で開業医をしてるのを知って行ってみたら、雇ってくれるというので」
言葉を選びながら話しているようで、その経緯はなんだか訳ありのようだ。
「そうだったんですね。御影さんは、武見先生みたいな研究はやってないんですか?」
「僕は、そうですね……暇つぶしで、いくつか作ってみたものはありますけど、どれも社会の役に立つようなものではないですよ」
「どんなものなんですか?」
「えと、それは……」
御影さんは気まずそうな表情だ。言うのが嫌というわけではなさそうだが……。
「……まあ、その、いわゆる媚薬ですね」
「へえ、媚薬…………えっ!?」
思わず聞き返してしまった。どうりで言いづらいわけだ。というか何作ってんだこの人。
「媚薬って、あの媚薬ですよね?」
「どの媚薬かわかりませんけど、多分そうです」
「……使ったんですか?」
「えっ」
「御影さん、使ったんですか?」
「……まあ、治験は必要ですから」
恥ずかしそうにしながらも御影さんはそう答えた。
「それで、効果は?」
「来栖くん、食いつきがすごいね?」
だって、現実に媚薬を作っている人がいるとは思わなかったのだ。しかもこんな身近に。
しかも真面目そうで性のイメージがない御影さんだ。そりゃ食いつきもするだろう。
「そんなに興味があるなら、来栖くん、使ってみますか?」
「いいんですか!? あ、いや、でも相手がいない……!!」
俺はシンプルに落ち込んだ。
「そんなに落ち込まないでくださいよ……1人で使ってもいいんですよ。僕も以前同じものを使いましたし、安全性は保証しますから」
「御影さんが使ったときは、効果はどうだったんですか?」
さっきは誤魔化されたが、まだこの質問に答えてもらっていない。
「……効果も保証しますよ」
小さい声でそう答えた御影さんは、家に戻って薬を取ってくると言い残し、逃げるように屋根裏を去って行った。
ちなみにその顔は真っ赤だった。