C トリオン
【あい視点】
〜20分前〜
月見さんにセットしてもらったトリガーを早速試してみることになった。
とりあえず、
太刀川さんに連れて来られたこの部屋は訓練もできるようで、月見さんに促されるまま専用ブースに入った。
『じゃあ、的を出すから狙って撃ってみて』
室内に設置されたスピーカーから月見さんの指示が降ってくる。
返事をすると、少し離れたところにぴょこっと的が現れた。
ライトニングのスコープを覗き、的の中心に照準を合わせて引き金を引いた。
すると瞬時に的が砕け散る。もはやどこに当たったのかはわからなくなっているが、なるほどこれが弾速重視型。
『初めてで当たられるなんてすごいわ』
褒められてついにやけそうになるのをなんとか耐えた。喜ぶのはまだ早い。あれは動かない的で、動く太刀川さんじゃないのだ。
『次はメテオラね。訓練室の耐久性は上げてあるから』
「はい」
弾トリガーは、まずトリオンキューブを手元に出して、それを分割して撃つのが通常だという。しかしメテオラは威力重視のためキューブは割らずに投げていいらしい。
「メテオラ」
右手を頭上に構えると、その上にトリオンキューブが現れる。それから壁に向かって投げるように放った。
『雨取さんちょっと待っーー』
「えっ」
突然月見さんの焦った声が聞こえてきたが、すでにキューブは手を離れていてーー爆発した。
「えっ……やばいっ、し、シールド!!」
ものすごい轟音が聞こえてくると同時に爆風で反対側の壁に背中が打ちつけられた。シールドがなければ木っ端微塵になっていたんじゃないかなこれ。
やがで爆風がやみ、煙が晴れると、
『雨取さん、聞こえる!?』
壁がなくなっていた。
*****
「ごめんなさい!」
「謝らないで、雨取さん。私もあなたのトリオン量を先に測っておくべきだったわ」
「いえ、わたしも自分で言うべきでした」
訓練室から出て換装を解き、月見さんと謝り合っていると、太刀川さんと知らない男たちが駆けつけてきた。
「なんだねこの穴は!? 誰がやった、お前か太刀川ァ!」
「俺じゃないですよ!」
まるいフォルムのおじさんが太刀川さんに詰め寄っている。その後ろにいた男――こちらは見たことがある、忍田本部長だ――は、やれやれといったように溜息を吐いていた。
ともあれ太刀川さんに容疑がかけられてしまっていたので、わたしはおそるおそる名乗り出た。
「あの、わたしがやりました。ごめんなさい」
「なに?」
おじさんは太刀川さんからわたしに視線を移す。
「一体なにをしたらこんな大穴が開くというのかね」
「さっき、色んなトリガーを試させてもらってて、これは、その、メテオラで」
「ああ、そういやお前、トリオン多いって言ってたもんな。こりゃすごい」
太刀川さんがのんきにそうこぼすと、おじさんの顔色が変わった。
「もしかして、君が昨日入隊した雨取隊員か」
「え? あ、はい、そうです」
なんで知ってるんだろう、と一瞬疑問に思ったが、トリオンが多いということはボーダーでは思った以上に重要視される要素だったのかもしれない。
そうでなければ、いちC級隊員だったわたしを偉い人っぽいこのおじさんが以前から知っているなんてことはないだろうから。
「そうかそうか! ケガはしていないね?」
「え? だ、大丈夫です、トリオン体だったので」
「それはよかった。わしは開発室長の鬼怒田だ。では、開発室に行こうか」
急に優しくなったおじさん、もとい鬼怒田さんはさっさと歩き始めてしまった。
「鬼怒田さん、雨取さんと同じくらいの娘さんがいらっしゃるから、きっと思い出したのよ」
「娘……」
話している間ずっと横にいてくれた月見さんは、なんだか微妙な気持ちになる情報をくれた。
「すみません、鬼怒田さん、私も行ってよろしいでしょうか?」
「じゃあ俺も」
「月見くんか、構わないよ。太刀川はおとなしくできるならな」
太刀川さんって、あんまり信用ないんだな……。
*****
鬼怒田さんに連れてこられた開発室で、わたしは再度トリオンを計測することになった。
本部では入隊試験のときの1回しか測っていないから念のためだという。
コードのようなものを掴んでいれば勝手に測ってくれるらしく、その間室内での自由行動が許されていた。太刀川さん以外。太刀川さんは鬼怒田さんと忍田さんに座っていろと言われておとなしく座っている。
とりあえず全員座って、別室に入った鬼怒田さんが戻るのを待っていると、忍田さんが口を開いた。
「雨取さん。急ですまないが、このあと会議室に来てもらえないだろうか」
「会議室?」
頷いた忍田さんは穏やかそうな雰囲気の人だが、その発言にはどこか有無を言わせないようなニュアンスがにじみ出ている。詳しい話をしないあたり、続きは会議室でということなんだろう。……まさか壁壊したからクビ……とか?
「わかりました」
「ああ、そうだ、壁のことは心配しなくていい。その話ではないからな」
「……でも、あの壁はどうするんですか?」
「トリオンがあれば修理は難しくない。少し、君のトリオンを使わせてもらうことになるかもしれないが」
「あ、いや、それはむしろ使ってください。わたしが壊したので……」
「しかし、メテオラで訓練室爆発させるトリオンって、一体どれくらいなんだろうな」
太刀川さんの疑問はわたしも同じく持っていたものだ。玉狛では"すごく多い"と聞いていたけど、数値の話なんかは全く聞いていなかった。
「入隊面接時点では、"29"と計測されているが……」
「29ですか……!?」
驚いて聞き返したのは月見さんだった。太刀川さんも揃って驚いていて、忍田さんはそれに苦笑しつつ答える。
「ああ。しかし、入隊試験での計測はあくまで基準に達しているかを調べるのが目的だから、実はあまり厳密な数値は出していないんだ。最近は入隊希望者も増えつつあるし、まだ技術的に少し時間がかかるからな」
「あの、玉狛ではあまり詳しく聞いてなかったんですけど、トリオン量って普通どれくらいなんですか?」
「あい、おまえ玉狛なのか!?」
忍田さんへの質問は、太刀川さんのデカい声でかき消された。
「もしかして、おまえにスコーピオンを教えたのは迅か」
「そうですけど……あと、小南さんと木崎さんも」
「……なるほどな」
太刀川さんは玉狛の面々とも知り合いらしい。謎に納得されたが、あの3人の強さを知っているからなんだろう、多分。
「慶、話の腰を折るな。――それで、トリオンについでだが、現在のボーダー隊員の平均はおよそ5だ」
「……えっ。えっ……5?」
「ああ。はっきり言って、君ほどのトリオン能力は他に例がない」
「なんで……」
それはわからない、と忍田さんは申し訳なさそうに言った。遺伝ではないことは確かだというが。
「なんでシケた面してんだ? それだけ強いんだから、いいことだろ。はやく強くなれよ」
太刀川さんは褒めているのか貶しているのかわからない。単に戦う相手を探しているだけか。
「――計測が終わったぞ」
「ああ、鬼怒田さん。どうでしたか」
「機器の動作不良かと思って何度か測り直したが、結果は変わらん。君のトリオン量は31、すばらしい数値だ!」
鬼怒田さんは嬉しそうだ。なんだか実験のモルモットにでもされそうな雰囲気を感じる。ていうかさっき聞いた数値より上がってるし……。
しかし、そうなると弾トリガーをセットするのは厳しいのでは? 毎回施設を破壊するわけにもいくまい。
「トリガーで、トリオン量を調整することはできないんですか?」
「それは今の技術ではできん。というか、する必要がなかった」
確かに。トリオンの平均が5だというのだから、それに合わせて施設の強度も考えられているんだろうし。
残念だけど弾トリガーは諦めて、他の戦い方を模索するしかなさそうだ……。
「ま、まあ、しかしなんだ、設備強化の必要があることはわかったから、今後検討しよう」
鬼怒田さんは少し困ったような感じでそう言ってくれた。そしてそれを見た太刀川さんはニヤニヤしながらからかってくる。
「あいはおねだり上手だな」
「えっ、ど、どこがですか?」
「めちゃくちゃ顔に出てたぞ。"鬼怒田さん、なんとかしてくださぁい♡"ってな」
「うわ……」
甘えた声を出した太刀川さん。それはもしかしてわたしの真似のつもりなんだろうか。だとしたらやめてほしい。
そんな太刀川さんは忍田さんにチョップという名の制裁をくらっている。軽く叩いただけに見えるのに、ものすごく痛そうだった。