C 凪砂と共演
「あなたにドラマ出演のオファーが来ているんですが、受けてもらえますよね」
と、もはや疑問形ですらない確認を茨くんが形式的にしてきた。
「拒否権ないやつですよね〜、それ。ありがたい話ですけど……」
「毎度話が早くて助かります! この資料、今日中に読んどいてください。では」
数枚の紙束を私に押し付けた茨くんに敬礼を返して、足早に去る後ろ姿を見送る。
同じような紙をもう一部持っていたから、もしかしたらコズプロに共演者がいるのかも。だとしたらやりやすい。
事務所のソファが空いていたから、早速資料を読んでみることにした。
*****
青年漫画の実写化で、深夜ドラマらしい。
主演はなんと凪砂先輩だった。私はヒロインーーではなく、凪砂先輩が演じるお坊っちゃまに仕える女執事の役だ。女執事って何。マニアックか。
ヒロインを演じるのはES外の事務所に所属する若手女優さんらしい。若手といっても私や凪砂先輩より年上だ。
全10回、基本1話完結の作品のようで、毎話ゲスト俳優もいるという。
とりあえず原作について調べてみようと資料から顔を上げると、事務所の入口あたりにいたジュンくんと目が合った。
「おっ、ユリ。こんちゃ〜っす」
「お疲れ様です。敬礼〜」
体育会系挨拶にそう返すと、"茨かよ"とツッコんだジュンくんは迷わず隣に座ってきた。事務所に何か用事があって来たんじゃないのだろうか。
「何見てたんすか?」
「今度出演することになったドラマの資料です」
「おお! そりゃめでたいっすね、おめでとうございます」
「ありがとうございます。この作品、原作が漫画らしいんですけど知ってます?」
どれどれ、と資料を覗き込むジュンくん。
「……GODDAMN!」
「うわっ、びっくりした。えっ、何? 何がガッデム?」
「わ、悪ぃ! でもこれは……。一応聞くけど、放送は深夜っすよねぇ?」
「あー、はい、そう聞いてますけど」
私に対して敬語が抜けてきたジュンくんだが、色々混ざって妙な言葉遣いになっている。
「オレも『漫画会』で教えてもらって読んだんですけど、結構お色気モノっつーか……」
「そうなんですか? 表紙とかあらすじはそんな感じしないのに」
主人公は大企業の御曹司で、趣味で探偵稼業に勤しむ頭脳明晰な青年"ミヤビ"。その右腕となる女執事の"椿"は戦闘能力が高く、いつも無茶するミヤビの護衛をしている。
ミヤビの幼馴染で許嫁のヒロイン"白百合"が事件に巻き込まれ話が始まる……というあらすじだった。
シリアスな探偵ものというよりはアクション多めのコミカルなストーリーのようだが、繊細なタッチのイラストからはなんだか壮大さを感じる。
「って、そうだ。ミヤビ役は誰なんです!?」
「この資料を見る限り、凪砂先輩みたいですよ」
「ナギ先輩か、よかった〜……いや、よくはねぇのか……?」
「お色気って言っても、私も凪砂先輩も未成年なんだし、その〜、ソフトなやつでしょう?」
「うう〜。ならいいんだけどさぁ……」
もにょもにょと言葉尻を濁すジュンくん。
「ーーわかりました。とりあえず、原作読みましょう」
何がわかったのかわからないジュンくんは、神妙な面持ちで立ち上がり、私の腕を引っ張ってどこかに向かい始めた。
*****
着いたのは星奏館だった。男子寮なので立ち入りはできないが、単行本を部屋から取ってきてくれるという。
出入口で待っていると、何人か知り合いが帰ってきたりして微妙に気まずかった。何もやましいことはないとはいえ。
「待たせてすんません、持ってきましたよ〜」
「ありがとうございます。うお、結構ありますね」
「ああ、そっちの寮までオレが持ってくんで、安心してください」
軽く10巻はありそうな物量だった。そんなに出てたんだ。
「さっきSNSでも検索してみたんですけど、結構人気みたいですね。実写化については賛否両論って感じですけど」
「まあ、実写化はどの作品でも荒れがちっつーか……。それにお色気とは言ったけど、ストーリー自体はバトルと推理がメインの探偵モノだし、のちのちライバルが出てきたり、仲間割れしたり……やっぱり内容が面白いんすよねぇ」
「仲間割れするんだ」
「そうなんだよ! オレもまさか椿が裏切るとは思わなかっーーあっ、すんません! ネタバレしちまった……!」
「あはは、大丈夫ですよ。私、ネタバレされても結構楽しめる派なんで」
ちなみにネタバレされるとむしろその過程に興味が湧く派でもある。
「……オレは椿が好きなキャラクターなんで、ユリが演じるって聞いて、正直すげえ楽しみっす」
「えっ。うわあ、責任重大だ」
「ははっ、期待してますよぉ〜?」
*****
ジュンくんに借りた原作を軽い気持ちで読み始めた結果、徹夜で既刊を読破していた。
「え……ここで終わるの……」
めちゃくちゃ続きが気になるところで最新巻が終わってしまい、次巻の発売日を検索する。半年後だった。しんどい。
……といった内容のメッセージを、とりあえずジュンくんに送った。
ちなみにジュンくんが言っていたお色気要素については、確かにちょっとディープな描写というかなんというか、ミヤビと椿のベッドシーン(匂わせ)みたいなのがあって驚いた。
……まあ、がっつりそういうシーンがあるわけじゃないし、相手が凪砂先輩なら多分大丈夫でしょ。と思うしかない。というか、茨くんはこれ知っててオファーを受けたんだろか。
ともあれ、まずはESに行かなければ。
今日は事務仕事のみの予定で、見た目にそこまで気をつかう必要がなさそうだったから徹夜したんだけど……このクマを丸出しのままで行ったら茨くんには怒られそうだ。
*****
「おはようございます〜」
「ああ、ユリさん。おはようございます。昨日渡した資料は確認しましたね?」
事務所にはまだ茨くんしかいなかったが、すでにノートパソコンをカタカタ叩いて働き始めていた。
「もちろんです。なんなら原作も全部読みましたんで、まあ任せてくださいよ」
「ほう。いやぁ、やはりあなたは自分の期待を良い意味で裏切ってくれますな!」
いつも通りのデカい声でそんなことを言いつつ、私にあてがわれたデスクに書類の束をどしんと置いて行った。
「メールの方も確認お願いしますよ」
「うぃっす。先にコーヒーいれてきますけど、茨くんも飲みます?」
「じゃあ、お願いします。しかし売れっ子女優のユリさんにそんな雑用をさせては、ファンに恨まれてしまいますね」
「はは、またそんなこと言って〜。茨くんにコーヒーいれたいファンだっているでしょ」
私もその1人だし。
*****
事務所内の給湯室でインスタントコーヒーを用意しつつ、社用スマホをチェックする。
どうやらEdenの新しいグッズを制作予定で、その企画に関わることになるらしい。
コズプロでは、茨くんの命によってアイドル関連のさまざなな制作・企画の一部を任されている。なのでこうして事務仕事をしに出社することも多い。
そういうときはだいたい茨くんのほかには数人の社員しかおらず、私たちからはデスクも遠い人たちばかりだった。おそらく茨くんがそういう調整をしているんだろう。
「んふふ……」
――いけない、気持ち悪い笑いが出てしまった。
話は戻って、Edenの新グッズだ。今回はデザイン案を用意してこいとのことなので、ファンとしても妄想がはかどる。
女性ファン向けだし、やっぱり普段使いできてメンバーカラーや『ユニット』のモチーフを取り入れたものがうけそうだ。
どういうグッズが求められているのかをSNSで調査するのも楽しいから、私はグッズ関連の仕事が結構好きだったりする。
「ふふふ……」
「コーヒーいれるのがそんなに楽しいんですか?」
耳元で急に茨くんの声がした。
「うひゃあっ! びっくりした……。あ、すいません! 待たせちゃってましたよね」
「それは別にいいんですが」
じゃあ一体なにをしにわざわざ給湯室を訪れたんだろう。
「もうできましたから、今持っていきますね。先戻っててください」
そう言ってコップを両手に取ろうとすると、その手を茨くんに掴まれた。
「これ、咄嗟にやられて振りほどけます?」
そのまま壁際に追いやられて、両手首を壁に押さえつけられる。加減されているのか痛くはないけど、妙に真剣な表情の茨くんに、少し恐怖を憶えてしまった。
「あの、茨くん? これは……」
しかも振りほどけない。腕を前後左右に動かしてみるが、ちょっと動くだけで逃げられはしなかった。
じっと見つめられて、本格的に怖くなってきた。数センチしか身長差はないはずなのに、見下ろされて支配されているような気分になる。
この数分で何か怒らせるようなことをしてたんだろうか?
「ご、ごめんなさい、茨くん、私何か――」
「はあぁ〜……」
私の言葉を遮るように、茨くんは深いため息を吐いた。それから押さえつけられていた手首を解放される。
「えぇと、茨くん……?」
「――心配ですねぇ。昨日お願いしたのドラマの監督、"そういう噂"が絶えない方なんですが」
「う、わさ?」
「ええ。今後のあなたのキャリアやコズプロの利益を考えてオファーを受けましたが、『俺』としてはあまり気が進みませんでしたので。一応確認しておかないとと思いましてね」
いつもの調子に戻った茨くんは、腕を解放したあと一歩下がって説明し始めた。
……今度の作品の監督は、この業界では女好きで有名らしい。
今回特定の役のオファーをしてきたのは私と凪砂くんにだけで、他の役はオーディションで決めているとのことだった。凪砂くんがはまり役だから、というのは納得できる理由だったが、私を選んだのは以前発売された青年誌のグラビアを見てのことらしい。
「えっと……つまり、最悪監督に抱かれる可能性があるってことで合ってます?」
「んなこと許すと思いますか、この俺が」
ド真顔だが瞳孔が開いて殺気に満ちている。
「こわっ! いや、だって、そういう話でしょう!? 顔と体で選んでんだから!」
「まあそうなんですが……」
どうやら茨くんも茨くんで葛藤しているらしい。
「とりあえず、あなたが力で抵抗できないのはわかりました。撮影期間中はできるだけ閣下と一緒にいてください。他の共演者でも構いませんが、監督と2人きりにならないように」
「う〜……わかりました」
「閣下には自分から説明しておきますので、ご安心ください」
「ありがとうございます。はぁ〜、しかし怖い人がいたもんですね。気を付けます」
「本当に気を付けてくださいね。あなたに手出しなんてされたら、自分、何するかわかりませんので!」
「……それが一番怖いんですけど……」
「ところで、今夜空いてます?」
「え? ああ、はい。今日はオフなんで空いてます」
「でしょうね。ホテル取っておいたんで、そのつもりで」
「……明日はオフじゃないんですけど……」
「あっはっは☆ ユリさん、スタミナあるし大丈夫でしょう」
*****
「ミヤビ様。早く手持ちの案件を片付けないと、またクレームになってしまいますよ」
「いいよそんなの、僕に依頼するのが悪いんだ。浮気調査だのなんだの、暴きがいのない謎だしね。ーーねえ椿、もっとおもしろいことはないの?」
「でしたら最初から断ればよいのでは? そんな仕事は早く終わらせて、存分にわたくしを暴いてくださいまし」
「ああ……お前を暴くのが先がいいかな」
茨は放映されたドラマの配信を見てイラついていた。
凪砂とユリがいちゃつくのも気に入らないし、ユリが弓弦みたいな喋り方をしているのも気に入らない。でも作品としての出来が良いからつい見てしまうことが一番気に入らなかった。
「茨く〜ん、私の前でそれ見るのやめてほしいんですけど〜……てか、何回見てんですか」
「これは失礼。閣下とユリさんの演技につい見惚れてしまいまして! 自分も見習わなければと!」
「せめて私のいないとこで見てくださいよ〜、恥ずかしい」
「まあ、ユリがそう言うのも仕方ねぇっていうか……。でも、すげぇ良かったっすよ。実写化にしては珍しく、SNSでも好評でしたし」
見てください、とジュンはスマホ画面を2人に向ける。
『浅上ユリの椿ハマりすぎだろ』
『凪砂様とユリちゃんビジュ良すぎて直視できない』
『ミヤビと椿だけはオーディションじゃなかったらしいけど納得。これしかない』
と、SNSにあげられたドラマの感想は、多くが肯定的なものだった。
「こんなに評判良かったんだ。なんか今更安心しましたよ〜」
「ユリはエゴサしないんでしたっけ?」
「自分の評判はあんまりですねぇ、茨くんがチェックしてくれてるし。あ、Edenのグッズとか、企画で関わったものは市場調査もあるから検索しますけど」
「ユリは世間の好感度高いし、見ても大丈夫そうですけどねぇ」
「いやぁ、褒められてるの見つけたらその後延々と見ちゃうんで」
「あぁ、そっちっすか」
似たもの兄妹の会話にいまいち入り込めなかった茨は、タブレットでユリの評判を検索してみることにした。
普段からある程度世間の反応は気にして見ているが、出演した番組や企画の評判を検索することが多いため、漠然と感想を眺めることはあまりなかった。
『浅上ユリ』と検索バーに入力すると、関連ワードが自動で表示される。
「……」
まあ、そうなるか――という納得はある。
"グラビア"、"写真集"、"彼氏"、"母親"……なんかこう、欲望と好奇心に忠実な関連ワードだ。
ジュンの言う通り、ユリの好感度は高い。
元トップアイドル・浅上マリエ氏の影響で親の七光りと言われることもあるが、