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・ルブランで明智と遭遇
【蓮視点】
とある休日、今日は非番だという裕斗さんが昼間からルブランに来ていた。
カウンター席でコーヒーを飲みながら、頬杖をついてテレビをぼーっと眺めている裕斗さん……を、眺めている俺。
マスターには客を不躾に見すぎだと指摘された。
「見惚れてたなら見ててもいいけど」
「なら遠慮なく」
「お前らなぁ……男同士で何やってんだよ」
こんなやり取りは日常茶飯事だったが、マスターは我関せずといった様子で切れた食材を買いに出て行ってしまった。
「2人きりですね」
「そーだね」
「えっちなことしませんか?」
「今? ん〜……朝抜いたしめんどいわ」
そもそもそんな関係ではないことにはツッコまないのか。
俺からの好意はすでに伝えてあるが、交際については以前一度断られている。
伝えたときは、男同士だし今後避けられるかもしれないということも覚悟していたが、意外にもそんなことはなかった。
「それ、次は動画撮って見せてくれ」
「やだよ……」
「裕斗さんって、オンオフをきっちり分けるタイプなんですね」
「そうか?」
「勤務中はそんなにゆるくないでしょ?」
「制服着てないと、なんとなく気が緩むのはあるね」
「今度婦警さんのコスプレしてください」
「なんで」
「絶対似合うから。衣装は俺が用意します」
「キモいな」
「名誉棄損だ」
「へいへい」
片手をひらひら振ってあしらわれた。
そんな無駄話をしていると、不意に来客を知らせるドアベルが鳴った。
2人きりの時間を邪魔するのは誰だ、常連さんかと思ってドアの方を見ると、そこにいたのは明智だった。
「やあ、今日は君が店番なんだね」
「ああ、いらっしゃい」
「全然、"いらっしゃい"って顔じゃないけど……」
顔に出てしまっていたようだ。
まあコーヒーでも淹れてやろうと準備を始めようとすると、裕斗さんが固まっているのが見えた。
普段全然動じない裕斗さんにしては、珍しい反応だ。
「あ……あけちー、か……!?」
「は? っ、おま――貴方は……!」
裕斗さんと明智の2人はお互いを見て固まっていた。なんだなんだ、説明しろ。
「久しぶりじゃん! まあ座れよ!」
さっきまでの100倍くらいテンションを上げて立ち上がった明人さんは、明智の肩に腕を回し、カウンター席に誘った。
明智は笑顔だが、その笑顔はかなり引き攣っている。ああ、裕斗さんのこと苦手なんだな。
「登坂さんは、昼間から何してるんです?」
「非番だから雨宮くんで暇つぶし」
「えっ」
コーヒー飲みに来たんじゃないのか。俺の方なんか1ミリも見てなかっただろ。
「非番? なんだ、最近見ないから、ついにクビになったのかと思ってましたよ」
「マジかよ。今交番所長だぞ。所長って呼んでよ」
「さすが、昔から人脈だけはあるんでしたね」
「なんだよ冷てーな。おごるから機嫌なおせよ」
「コーヒーくらい自分で出しますよ」
「じゃあ寿司連れてってやるよ。新島におねだりしてんだろ?」
明智の片頬がぴくっと動いた。相当イラついてるな。しかも裕斗さんの態度はわざとだ。
「わりーわりー、久々に会えて嬉しくてさ、ついからかっちゃった。悪かったよ」
「はぁ……貴方相手に腹を立てても無駄なのは、もう十分わかってますよ」
「さすがあけちー、よくわかってるね」
「そのあだ名で呼ぶの、やめてもらえません?」
「なんで? かわいいじゃん、りせちーみたいで」
りせちー……久慈川りせというアイドルだ。裕斗さんを狙っている俺としては、ライバルとも言うべき存在である。
裕斗さんのスマホの待ち受け画面がりせちーであることは確認済みだった。確かにかわいいけど。
明智にりせちーのようなかわいげがあるとは思えないが、裕斗さんには年下はみんなかわいく見えているのかもしれない。
「2人は知り合いなのか?」
「ああ。といっても、彼がまだ警視庁にいた頃に、少し話した程度だよ」
「えー、あけちー薄情かよ」
「警視庁時代の裕斗さんって、どんな感じだったんだ?」
「どんなって……あまり今と変わらないと思うよ。僕より君の方が、登坂さんのことをよく知っているように思えるけど」
「ふっ、それほどでもある」
「それだと不公平だな。あけちーも俺と仲良くしろよ」
「いえ、間に合ってるので」
明智は営業スマイルで断っていた。なんてもったいない。
「一課にはもう戻る気はないんですか?」
「とりあえず交番は1年間って話だけど、後のことはまだわかんねえな。まあ、立場があると動きにくいし、ずっとこのままでもいいけど」
「あの事件、まだ追ってるんですか?」
「……当たり前だろ」
明人さんの表情が曇った。"あの事件"ってなんだ?
「明智、裕斗さんをいじめないでくれ」
「えっ、いじめるって……あはは、そんなつもりはないよ」
俺が口を挟むと、明智は驚いた表情でそう言った。
「――あけちー今度寿司行こうね! 今日は帰るわ、コーヒーごちそうさま! じゃあな!」
急に立ち上がった裕斗さんは明智の肩をポンと叩き、お代を置いて帰って行った。
「逃げられちゃったな」
「さっき言ってた"あの事件"って何なんだ?」
「ああ……悪いけど、僕から言えることはないよ。知りたければ調べるか、登坂さんに直接聞いてみなよ」
まあ、そう言うだろうなとは思ってたけど。
それから少しして、明智も帰って行った。
マスターが帰ってくるまでの間、やっぱりさっきの話が気になって、ネットで裕斗さんの名前を検索してみた。
しかしこれといった事件の話は出てこない。勝手に詮索することに罪悪感を感じて、検索はすぐにやめた。