黒が全てを埋め尽くすまで(秋山)


ジュウ。と、食欲のそそる音が絶えず聞こえる。
目の前ではやたらと大きなホットプレートに小麦粉と野菜、豚肉が混ぜられた白い生地がぷつぷつ泡立っている。
なぜ急にお好み焼きなのだろう。

帰宅したところを見計らったように秋山さんが、新品のホットプレートと一通りの材料を持って押し掛けてきて、すごくわくわくした顔で「お好み焼きパーティーしよう!」と。

私は生地を作る役目を押しつけられた。
とは言っても、切って混ぜるだけの簡単な作業はすぐに終わって、大きなボールを持ってリビングに行けば一人で使うのに十分なローテーブルの上にはホットプレートが窮屈そうに準備されていた。

「そろそろか。ねりんちゃん。もう大丈夫そう?」

「ん、よし!」

秋山さんは早くひっくり返したくてしょうがないみたいで、ちょくちょく触って崩しそうになって、そのたびに、まだダメ。と諫める私に拗ねるような声で不満を漏らしていた。
そして、今し方私が出した、ゴーの声に嬉しそうに腕まくりをしてへらを構えた。

なんでも様になるのが彼の不思議な所だった。
殴っても殴られても、高級寿司屋にいてもチェーンの居酒屋にいても、金融会社の社長でもホームレスでも。

「もう、力を入れすぎなんですよ」

「うーん。イメージはできてたんだけどなあ」

へらを持ってもかっこよくて、ひっくり返すのを失敗してもいい男。
それが秋山さんだ。

「でも、いい色に焼けてるよ。ひっくり返すタイミングはばっちり」

「そこは、私の采配です」

「そうだった」

ここからは焼きあがるのを待つだけだというのに秋山さんは落ち着かず、プレートとの間にへらを差し入れたり、軽く表面を叩いたりを繰り返した。
ふと、向かいに座る秋山さんの足下に黄色い大きなビニールの袋が手つかずで置いてあるのに気がついた。

「それ、なにが入ってるんですか」

「ん? ああ、これ。何だと思う」

「お酒とおつまみとか」

「それはさっき冷蔵庫に入れた」

「ええっ。いつの間に」

あると知ったら飲みたくなる。
急いで冷蔵庫に行くと、二人でも飲みきれないほどの缶のビールやチューハイが詰まっていた。
適当に見繕った数種類とコップを持って秋山さんの所へ戻ると、ちょうど私に用意されたお皿にいびつなお好み焼きを取り分けてくれていた。

「美味しそう」

「美味しいよ。俺の愛が籠もってるから」

「そうですねえ」

「受け流すねえ」

そう言いながら、私の抱えるお酒を受け取ってテーブルの下に並べてくれた秋山さんは、せっかく持ってきたコップもそのまま並べて置いてしまった。
そのままぐびぐびとビールを煽る秋山さんは、少し前にダーツバーでキャバ嬢とデートしている所を見かけた秋山さんとは違う人に見える。
どんな、秋山さんも素敵でかっこいいけど、私は今みたいな秋山さんが好きだった。

「結局それの正解は何ですか」

向かいに戻って、テーブルに並ぶソースをたぐり寄せる。
こだわりがあるのかわからないけど、なぜか秋山さんはいろんな種類のソースを買ってきた。
うちの冷蔵庫にもあるソースから薄口、濃い口、お好み焼き用にたこ焼き用と焼きそば用まで。

「パジャマ買ったんだ。みてみて」

ソースを吟味していた目をまっすぐに戻すと秋山さんは水色の水玉のパジャマを肩に合わせていた。
かわいらしいそれも似合ってしまう様子に苦笑気味に「いいですね」と、感想を言えば得意げな顔をした。

「こっちはピンク。お揃いなんだよ」

笑顔で「かわいいでしょ」なんて聞かれてしまえば、私も同調するしかない。

「かわいいですね。いいですね、お揃い」

新しい恋人とのものなんだろう。
あのときのキャバ嬢かもしれない。
できるならこれ以上は聞きたくなくて、手元にあるソースに視線を逸らした。

「これは新しい歯ブラシとバスタオル、これも色違いなんだ。あとは俺の下着とかひげ剃りとか整髪料とか。他には……」

「随分買いそろえましたね」

「もっと色違いでお揃いにしていきたいんだけどね。勝手に買っていらないって言われたら悲しいし。ところで、これ置くところある?」

「別に置いておくのはかまわないですけど、いつ取りに来られるんですか? 必要なときに私いないかもしれないですよ」

どうやら今日はここを一時預かり所として使いたくて来たらしい。
適当に選んだ一番高級そうなソースを開け、まだ湯気のたつお好み焼きに傾けながらチラと秋山さんを見れば、真顔のような、なんとも読みとれない表情を浮かべて一瞬首を傾げた。

「取りになんて来ないよ? ずっとここに置いておくんだから」

「え?」

「整髪料とかはしまってもいいけど、歯ブラシは並べて置いてね。今は下着とパジャマだけだから大丈夫だけど、シャツとか着替えも増える予定だから、悪いけどタンス俺用に一段開けて……ってちょっと、ソースかけすぎじゃない?」

秋山さんの声にはっとして見れば、とろみの少ないソースだったからか、お好み焼きは真っ黒に染まっていた。

「あわっ。わっ」

「あーあ。せっかく割と綺麗なほう選んだのに。ほら貸して、交換」

「だ、だめです」

「へーき。俺落ちてる物食べても腹壊さないよ」

そんな問題じゃない。と、言う前に秋山さんは素早く私のお皿を取るとマヨネーズと鰹節と青ノリをかけてさっさと食べ始めてしまった。
しかし、やっぱりしょっぱいのだろう、ビールと一緒に流し込んだ。

「あの、秋山さん、私の家に泊まるんですか」

動揺する気持ちをなんとか誤魔化したくて、秋山さんが交換してくれた方を食べる準備を始める。
さっきを教訓に、今度は粘度の高いソースを手に取った。

「うん。これから頻繁に。泊まるっていうか、ここに帰ってくる」

「ここに帰るって、まるで同棲じゃないですか。しかもお揃いなんて」

「え……お揃い嫌なの? だって、さっきいいですねって言ったじゃないか。ちょっと憧れなんだ。好きな子と色違い。初々しくていいよね」

その瞬間、容器を強く握ってしまい、さっきまでほとんど出ていなかったソースは勢いよく吹き出した。
さっきと同じように黒に染まったお好み焼きに頭を抱えたくなる。

「りんちゃんが濃い味好きなのはよくわかったけど、流石に体によくないよ」

「そういうわけでは……」

「これから俺がりんちゃんの食を管理してあげるから、安心して」

肘をついて穏やかに私を見る秋山さん。
その視線にはまさかの愛しさが込められていて、聞きたいことの全てを口に出して問うのは随分と野暮な気がした。
 
よろしくお願いします。と、小さく告げると、満足げな笑顔で秋山さんは私の真っ黒なお好み焼きにマヨネーズで大きなハートを書いて渡してくれた。


END


20140503

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