11日
顔合わせから数週間後、無事に婚礼が終わり、今は寝室の椅子で旦那様を待っている。婚礼は儀式なので、旦那様はずっと隣にいたけど、顔を合わせることも話すこともなく今に至る。だからまともに会話をするのはこれからなのだ。顔合わせの時も少しだけ話したけど、名乗る程度のもので会話と言えるほどのものでもなかった。目の前にあるお酒を一緒に飲んだら、これで本当に夫婦になる。いつ現れるかとどきどきしながら待っていたら、扉を開ける音がした。緊張で体が強張り、扇を持つ手がびくりと震えて顔に当たってしまった。白い扇に紅の色が移ってしまい、それがこの先に起こる出来事を象表しているようでさらに心臓が早くなっていった。旦那様が目の前に腰を下ろしたのを確認して、そっと扇を外す。恥ずかしくて目を合わせれなかったから、目は伏せたままにした。丁度服の紐の結び目が目に入ったけど、今日はさすがに綺麗に結ばれていた。
「ようやくゆっくりできるね。君も一日中こんなんで疲れただろう」
「いえ…」
とても疲れたけど、はい疲れましたなんて口が裂けても言るわけがなかった。ぐっと堪えて、膝の上で拳を握った。旦那様は机に並べられている杯を手に取ると、「さあ」と私にも勧めた。緊張で震える手で何とか杯を持ち上げ、旦那様に合わせてお酒を飲み干す。この為に数回練習でお酒を飲んだだけだったので、飲酒にまだ慣れていなかった為に口の中と喉が焼けるような感覚に襲われ咳き込んでしまった。旦那様は慌てて私の側にきて背中を擦ってくれた。
「大丈夫かい?」
「はい。…すみません」
初日からこんなだらしない姿を晒してしまい、みっともない気持ちになる。旦那様は私の咳が落ち着くまで背中を擦ってくれた。
しばらくしてようやく喉の痛みが引いて咳も落ち着いてきた。私は手を合わせて旦那様に頭を下げる。
「旦那様、お気遣いありがとうございました」
「落ち着いたようでよかったよ」
旦那様の手は背中から離れたけど、元の場所に戻ろうとはせずにそのまま隣に座っていた。お酒も飲み干したことだし、この次の流れのことを考えて一瞬寝台を見たけど、旦那様がそちらに向かおうとする様子は見られなかった。私はどうすればいいかわからずに困惑気味に旦那様に尋ねた。
「あの、旦那様…」
「その呼び方止めない?」
「え?」
「名前で呼んで欲しいんだ」
「……伯寧様」
小さな声でそう呼ぶと、満足そうに頷いた。更に私の手を取り、こう続けた。
「こうして貴方と結ばれたのも何かの縁だから、この先もずっと良い関係を築いて行きたいと思っている。それに、貴方が私の妻になってくれて良かったと心から思っているよ。初めて会った時からずっと…」
その言葉にぱっと顔を上げると、今日初めて伯寧様と目が合った。伯寧様は初めて会った時のように優しく微笑んでいるけど、少しだけ顔が赤い気がする。蝋燭のせいでそう見えるのかもしれないけど、私もだんだんと顔が熱くなってきた。落ち着いていた心臓がまたうるさくなってきて、顔合わせの時と同じ感覚に襲われる。
「私もです」
聞こえるかわからないくらいのか細い声だったけど、ちゃんと伯寧様に届いたようだ。伯寧様は満足そうに笑うと、私の頬にそっと触れた。
20210311