20日
伯寧様の集中力はとても凄い。一度集中し始めるとなかなか途切れなくて、数日部屋から出てこないこともある。頭を使っているからお腹が空くだろうと思って片手で食べられるような物を差し入れることもあるけど、それも食べたり食べなかったりして、周りが見えなくなるとはこういうことを言うのだなと他人事ながら少しだけ呆気にとられていた。今日も全く姿を見ていないから、まだ部屋に籠もっているのだろうと思い、軽食を持って部屋を訪ねた。外から声をかけても返事はない。ここまではいつも通りだから、中まで入って様子を確認しに行く。大体は書物に何かを書き殴っているか仮眠を取っているけど、今日は机の上で頬杖をついたまま眠っていた。机の上もお召し物も、更にはどうしてかわからないけど顔にまで墨がついていて、どうしたらこうなるのかわからなくて笑ってしまった。また洗濯が大変になるなと思いながら風邪を引いてしまわないように羽織りを掛けると、うとうとした動きで頬杖から頭がかくんと落ち、その反動で目を覚ましていた。
「あれ、私はどれくらい寝ていた…?」
「わかりませんが、数日の間ずっとここに籠もりっぱなしですよ」
「二日程だろうと思っていたけど、そんなに経っていたのか」
伯寧様は両腕を上げて伸びをした。数日もこの体勢のままでいてよほど凝り固まっていたのか、身体の至るところからぽきぽきと関節が鳴っている。
「良い考えが出ましたか?」
「そう、今回はとても良い考えがまとまったんだよ!」
伯寧様は机に散らばった書き殴りの書物をかき集めると、寝起きとは思えぬ勢いで話し始めた。
「合肥城の西方に新たな城を築く上奏文が認められたんだけど、そこは呉との戦において防衛の要になる場所だから、さまざまな罠を仕掛けようと思うんだ」
「伯寧様が度々訴えていた件が認められたのですね」
私は戦のことはよくわからないけど、ここのところ伯寧様が難しい顔で話していたことだった。伯寧様とは反対の意見もあり、伯寧様はそれを押し返すように度々上奏文を奉っていた。それが認められたから新たなお城の概要を考えるのに集中していたようだ。
「まずは城壁を越えないように落石できる場所を作ろうと思う。投石機も使うから邪魔にならない位置と高さをしっかりと考えなければならないね」
「そうなのですか」
「中に入って来られても、敵を困惑させるような罠を沢山作ろうと思うんだ。まずは連弩。これはからくりを用いて自動的に動くようにしたい」
「からくり、ですか」
「次に火を吹く兵器も使用したいな。あの諸葛亮の奥方が発明したといわれる虎戦車のようなものをこの国でも作れないだろうか。もちろん虎戦車よりもはるかに強い火力のものをね」
「虎…戦車……?」
「あとは動く床も作りたい。その床に乗った兵たちが先へ進むこともできずに成す術なく一箇所の大きな穴に落ちていくんだ」
「はあ……」
「考え出したらあれもこれもやりたくなって止まらなくなってきたよ。ああ、早く試してみたいな。罠にかかった兵たちの喫驚の声を聞くのが楽しみだ!」
「……」
伯寧様はまだ罠について話し続けているけど、私には到底ついていけない内容のものばかりだった。相槌の言葉も出てこなくなってしまったから偉に代わってもらおうかと思ったけど、話は途切れることなく次から次へと出てくる。昔から戦の為の城砦を持ちたいと語っていたから、その好機が巡ってきてとても高揚しているのだろう。私はついていけないけど、伯寧様が楽しそうなら何よりだ。私は相槌を打つのを諦めて笑顔で話を聞くことに徹底した。
20210320