21日*



 寝不足でぼーっとする頭とフラフラな体を気力で何とか動かして駅へと向かう。明日は久しぶりの休みだから食べ物やお菓子を買い込んでずっと寝ていよう。そんなことだけ考えながら歩いていたら、正面から歩いて来た人に名前を呼ばれた。頭が働かなくて最初は自分に話しかけてると思わなかったけど、腕を掴まれてもう一度名前を呼ばれて初めて私が話しかけられているのだと気付いた。顔を上げると、大学のサークルが一緒だった満寵くんだった。

「え?久しぶり!卒業して以来?」
「そうだね。2年ぶりかな?」

 2年ぶりに見る彼はスーツを着ているということ以外は何も変わっていなかった。道のど真ん中で立ち止まってしまったから、邪魔にならないよう端に寄ってから改めて満寵くんに話しかける。

「懐かしいな。元気そうだね」
「うん。君は…仕事が大変そうだね」
「ああ…わかる…?」

 仕事が忙しすぎて家にいる間はちょっとでも睡眠時間に回そうと思ってほとんど化粧をしていないし、髪もただひとつ結びにしているだけ。隈も肌荒れも酷いから、荒れた生活を送っているのは誰が見てもわかる状態だろう。久しぶりに大学の友達に会ったのに、こんなぼろぼろの状態で恥ずかしい。女を捨てていると思われても仕方がない。

「明日は休み?」
「うん、そうだけど」
「よし、じゃあ今から飲みに行こう」
「えっ今から?」

 飲みに行くのはいいけど疲れもあったし眠かったから正直後日にして欲しいなと思ったのに、満寵くんはさっさと先を歩いてしまった。こうなった後に断るのも悪いから、慌てて彼の後を追った。
 適当な居酒屋に入ってお互いの近況について話した。満寵くんも忙しそうにしているけど、楽しそうに過ごしているみたいだ。そんな人に私の荒んだ仕事内容を話すのは気が引けたけど、職場でも愚痴をこぼせなくてたまりにたまっている状態だったから、ちょっとお酒が入っただけですぐに色んな愚痴が出てきてしまった。散々愚痴った後、急激な眠気がやってきた。疲れて寝不足な状態のところにアルコールを入れたからすぐに酔いが回るのは当たり前なのに、我慢できずにたくさん飲んでしまった。満寵くんには悪いと思いながらも、襲ってくる眠気に勝てずに机に伏せて眠ってしまった。

 次に意識が戻った時には、知らない部屋にいた。見渡すと少し散らかっていて、家具からしても明らかに男の人の部屋だった。さあっと一気に血の気が引いていく。酔った勢いでとんでもない事をしでかしてしまったんじゃないか。とりあえず時間を確認しようと思って慌てて側にあった鞄からスマホを取り出そうとしたら、ペットボトルの水を持った満寵くんが部屋に入ってきた。

「起きた?」
「はい、起きました」
「先に断っておくけど、君が帰るのが面倒だって言ったから仕方なく私の家に連れてきたんだよ」
「ああ…迷惑かけてすみません…」

 最後の記憶が眠気に負けて寝たところだから、自分がやらかしてしまったのは明らかだった。満寵くんはペットボトルを私に渡すと、少し離れた所に腰を下ろした。

「随分と酔っていたから水を飲んだほうがいいよ」
「ありがとう…」

 キャップをあけて一口飲むと、お酒のせいで渇ききった体に染み渡り、美味しくて一気に半分飲み干した。落ち着いたところで聞くのは恥ずかしかったけど、あの後何があってこうなったのかを尋ねた。

「ただ寝ていただけだから特に迷惑はかけていないけど、君の終電1時間前から何度起こしても何度も伏せてしまったんだよね」
「そんなに起こしてくれたんだ…」
「疲れているから仕方がないと思っていたけど、終電間際に起こした時に、帰るの面倒臭いここで寝る、って言い出したから店側に迷惑はかけられないと思って仕方なく君を連れてタクシーに乗ったんだ」
「いや、本当にごめんなさい。後でタクシー代払います」

 話を聞けば聞くほど自分の醜態が出てきて、あまりのみっともなさに顔を上げられなくなり、体育座りしている膝に顔を埋めた。疲れていると言っても酔っ払っていることは言い訳にはならない。

「タクシー代はいいから次の出勤日までに退職届を用意するんだよ」
「はい…」

 寝落ちするまでに満寵くんに愚痴をこぼしていたら、今すぐ仕事を辞めるよう言われた。薄々気付いてはいたけど、今日の話を聞いただけで満寵くんに相当ブラック企業だと言わせるのだから、やっぱりやばい会社なのかもしれない。明日家に帰ったら退職届の書き方を調べよう。

「疲れていると思うから、もう寝ようか」
「うん」
「ベッドは君が使っていいよ」
「え?それは家主の満寵くんが使うべきじゃ」
「酔い潰れる程疲れている女性を床に寝かせるわけにはいかないよ」
「ええ…逆に疲れてるからどこでも寝れるよ…」
「床で寝て疲れが取れるわけないだろう」

 満寵くんの言い方から絶対に譲らないという意志を感じたから、言い合っても平行線になるだけだと思い、有り難くベッドを使わせてもらうことにした。ベッドに入ると、満寵くんの香りが広がって少しだけ緊張してしまった。満寵くんも引っ張り出してきたクッションと掛け布団を被り、寝る体勢になる。もう寝るだけだから静かなのは当たり前なのに、その沈黙が逆に緊張をより強くさせた。大学時代の男友達と一つ屋根の下で二人きりなのだ。そう考えたらこのまま寝てしまって大丈夫なのだろうかとちょっとだけ不安がよぎる。満寵くんのことを疑っているわけじゃないけど、一度不安に思ってしまったらなかなか消えなかった。横になって眠気はやってきたけど、不安と戦っていたら無意識に何度も寝返りを打ってしまった。

「眠れない?」
「んー」
「大丈夫だよ、弱っている女性に手を出したりしないから」

 私のささやかな警戒心が伝わってしまったのか、満寵くんが優しく言ってくれた。ベッドの下を見ると、満寵くんは私に背中を向けた状態で寝ている。

「それに、君を大切にしたいからこんな状態で手は出さないよ」

 不意打ちのその言葉にどきっとしてしまった。不安定な状態でそう言われてしまうと、期待を抱いてしまう。逆に言うとこんな状態じゃなかったら手を出すということなのだろうか。考え始めたら止まらなくなりそうだ。でも満寵くんのその言葉にほっとしたのか、眠気の方が強くなってきた。何か返した方がいいのかもしれないけど、もう寝たふりをしてしまおう。実際に眠気が限界まできたから、ここで意識が途切れた。


20210321

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