22日*
新卒で入社したブラック企業を無事に退職できてから1週間、満寵くんと飲みにきている。退職の背中を押してくれたのと家に泊めてもらったお礼をしたくて私から誘ったのだ。あれから満寵くんとはずっと連絡を取っていたから、誘うのも簡単だった。
「無事に退職できてよかったね」
「うん。満寵くんが背中を押してくれたからだよ。本当にありがとう」
「いや、私はただ話を聞いてアドバイスをしただけだよ」
「話を聞いてもらえただけでも気持ちが軽くなったから」
とにかくお礼をしたかったから満寵くんが食べたいものを片っ端から頼んだ。退職してからたくさん寝て体力も回復してきたし、間に水を挟めば酒豪の満寵くんと飲んでも前みたいな失態は犯さないはず。そう思ってお酒もたくさん頼んだ。
眠くはないけど、やっぱり満寵くんの飲む量に合わせていたら酔いが回ってきた。大学時代からそうだけど、満寵くんは本当にお酒が強いし、全く酔った様子がない。私は酔いが回ったことでずっと聞きたかった事をちょっとずつ聞いてみることにした。
「満寵くんって今彼女いないの?」
「彼女いたら君を泊めたりしないよ」
「だよね」
満寵くんはそういうことするような人じゃないってわかってるけど、優しいから仕方なく泊めてくれたのかもしれないし。そこははっきりとさせておかないと後々面倒なことになるからそれだけは避けたかった。だからこの返事にほっとする。
「君は?」
「私はあの時付き合ってた人とは社会人になってからすれ違いばっかですぐに別れたよ」
「そうだったんだ」
「そうじゃなかったら満寵くんの家に泊まらないよ」
「はは、それもそうだね」
よく考えれば当たり前のことなのに、お互いに確認なんかし合って何をしているんだろう。でも満寵くんには彼氏がいても他の男の家に泊まりに行く軽い女だと思われたくなかったから、はっきりさせられてよかった。
「でも、満寵くん本当に優しいからあの時安心させるために言ってくれたんだろうけど、あんなこと言われたら女子はすぐに落ちるから気を付けた方がいいよ」
「どのことを言っているのかわからないけど、大切にしたいからという言葉なら君に対しての本心だよ」
「え!?」
気をつけるよ、とあの笑顔で言われるかと思っていたら、予想外の言葉に変な声が出てしまった。
「私は学生の時から君のことが好きだったんだ」
「え?え?ちょっと待って、話についていけない。だって学生の時って満寵くん高校の時から付き合っている彼女いたでしょ?」
「その人と別れた後からだよ」
「待って、そもそも別れたこと知らなかった…」
「聞かれてないからね。私自身そんなに自分の事を話すタイプでもないから、周りからの関心も薄かったし」
「ええ…全然わからなかった…。そんな態度してなかったじゃん…」
「その頃には君は別の人と付き合い始めたから、伝える必要もないと思ったんだ」
次から次へと初めて知る事実を告げられ、言葉を失うと同時に胸の音がうるさくなっていった。満寵くんは真っ直ぐに私を見てくれているけど、私は目を合わせることができなかった。
「卒業して君と会うこともなくなってその気持ちは大分落ち着いてきたんだけど、この前見つけた時はとても驚いたよ。すごく辛そうな顔だったから」
「一番疲れていた時だったからね…」
「後日連絡を入れてもよかったんだけど、今捕まえないといけないと思ったんだ」
あの時話しかけてくれたのは本当に感謝している。少しでも遅かったら私の体が持たなかっただろうし、後日連絡がきたところで人と会うのが億劫で断っていたと思う。そうしたら今こうして私達が会うこともなかったから、あの時の満寵くんには感謝してもしきれない。
「精神的に参っていたこと以外は君は昔から変わらないね。だから私もすぐにあの時の気持ちが蘇ってきたし、君を助けたいと思ったんだ」
「うん、それは本当にありがとう」
「もう前みたいに自分の気持ちを抑えたりなんかしない。伝えるまでに随分とかかってしまったけど、まだ君のことが好きだよ。だから、この先もずっと君の側にいてもいいかな」
テーブルの上でぎゅっと握った手にそっと満寵くんの手が重なる。胸の音はずっとうるさいままで、顔どころか全身熱い。自分の中で気持ちを整理するのに精一杯で、すぐに言葉が出てこなかった。
「返事は今すぐじゃなくていいよ。むしろ今だと弱みに付け込んだみたいになりそうだから、しっかりと時間をかけて考えてくれると嬉しい」
満寵くんのその言葉に思わずぱっと顔を上げた。弱みに付け込まれてるなんて思ってもいない。仮にそうだったとしても、満寵くんじゃなかったらこんな気持ちになっていない。でも今すぐに返事をするのは私の気持ちが追いつかないから、時間が欲しかった。すごく恥ずかしいけど、しっかりと満寵くんの目を見て答えた。
「もうちょっとだけ、待ってほしい。でも、私を助けてくれたのが満寵くんでよかったって本当に思っているし、ここで満寵くんとはさようならしたくない」
それだけ言って目を瞑ってしまったけど、満寵くんの指が優しく頭に触れた。ずっと前から思ってくれていた満寵くんに、最近気になり始めた私なんかが簡単に返事を出したら失礼なような気がしたから今日はこう答えてしまった。でも、私の気持ちももうほとんど決まっている。それを伝えるまでにはそう時間はかからなかった。
20210322