29日*



「約束、覚えててくれたんだね」
「もちろんだよ」

 次の休みにお花見をしようねという話はしていたけど、場所については何も言われていなかった。伯寧の向かう先が去年行こうとして行けなかった場所に近付いていったから、どこに向かっているのか聞いてみたら、やっぱり去年行こうとしていた所だった。

「君、去年ここに凄く来たがっていたじゃないか」
「そうそう。約束していた日に凄い雨が降っちゃって、そのまま散っちゃったんだよね」
「だから来年こそは絶対に見に行こうねって言っていただろう」

 話しているうちに目的地にたどり着いた。公園の真ん中には大きな枝垂れ桜があり、それを囲うようにたくさんのソメイヨシノが綺麗な花を咲かせていた。さすがに枝垂れ桜の近くは他の客で埋まっていたけど、周りはちらほらと空きスペースがあったからそこにシートを広げることにした。シートが飛ばないように荷物を置き、靴を脱いでシートに上がった。鞄の中からお弁当やお酒を出して、真ん中に並べる。

「今年は無事に見れてよかった」
「うん。丁度良い時に来れたね」

 缶ビールとお箸を渡して、私も自分の缶チューハイを手に取った。たくさん歩いて喉が乾いていた私達は、すぐにプルタブを上げて乾杯すると、一気に半分ほど飲み干した。喉を潤した後はお腹を満たそうと思い、お弁当のおかずを紙皿に取る。伯寧が作った卵焼きは所々焦げそうになっていたから、しましまの出来上がりになっていた。見た目はこうなってしまったけど、焦げの食感もなく味は美味しくできていた。

「卵焼き美味しいね」
「何度か危なかったけど、君のおかげで何とか作れたよ」
「伯寧が頑張ったからだよ」

 そう言うと伯寧は嬉しそうに笑った。ビールを飲み干していたから、次はガラスのおちょこを渡して日本酒を注いだ。私もまだ缶チューハイが残っていたけど、すぐに次飲めるようにおちょこに注いで隣に置いといた。

「でも私は君の作る料理が一番好きだよ」
「何、急にどうしたの」
「急じゃないよ。いつも思っているさ」

 伯寧は豚肉の梅しそフライを美味しそうに頬張ると、日本酒を一気に飲み干した。ペース早いなと思ったけど、ザルの伯寧にはそんなこと関係ないんだった。伯寧の飲みっぷりを見ていたら私もすぐに飲みたくなってきたから、缶チューハイを飲み干して、横に置いていたおちょこを手に取った。

「…あ!見て!桜の花が浮いてる!」

 手に取ったおちょこには、さっきまではなかった桜の花が水面に浮かんでいた。花ごと落ちてくること自体珍しいのに、それがおちょこの中に入るなんて、なんて縁起がいいんだろう。伯寧もおちょこを覗きながら、凄いねと目を丸くしていた。

「日本酒と桜の花が似合いすぎる」
「うん、これはとても良いね」

 飲むのが勿体なかったけど、飲まないのも勿体ないから桜の花を外して一口だけ飲んだ。ほんのりとだけど、桜の香りが移っているような気がした。その時、伯寧の手が伸びてきて、一瞬だけ体を強張らせる。髪に触れると、すぐに離れていった。その手にはピンク色の花びらが乗っていた。

「君にもついていたよ」
「あ、ありがとう」
「そのままつけていても可愛かったけどね」

 その言葉に顔が一気に熱くなった。その照れを隠すように伯寧の腕を叩く。思ったよりも強く叩きすぎてしまい、なみなみ注いだ伯寧のお酒が溢れてしまった。急いでハンカチを取り出そうとした時、強い風が吹いて桜の花びらが舞い上がった。ハンカチを取って伯寧に渡そうとしたら、さっきの風のせいか、伯寧の髪にたくさん花びらがついていた。あまりにもいっぱいついているからつい笑ってしまった。

「伯寧、髪にたくさんついてるよ」
「そういう君もまたついているよ」

 しばらく二人で笑い合った後、どうせまたつくだろうからとなって花びらをつけたままお花見を再開した。


2021329

トップページへ