荀攸とコーヒーの話*


 午後の仕事中に眠くならないように休憩時間の終わりにコーヒーを淹れるのが日課だった。粉多めでお湯少なめに作った濃い目のエスプレッソ。ミルクも入れたいけど、カフェラテにしたら逆に眠くなりそうだから仕事中には入れないように気を付けている。インスタントコーヒーとマグカップを持って立ち上がった時、向かいの席の荀攸さんが休憩前と同じ体勢のままパソコンと向き合っているのが目に入った。休憩もせずに仕事を続けていたのだろうか。荀攸さんは真面目な人だから仕事に追われているイメージはなかったけど、切りの良い所までやりたかったのかもしれない。でもそれで休憩時間を丸々使ってしまうのは勿体ない話だ。給湯室に入り、自分の分のコーヒーを用意しながら色々と考え込む。悩んだ末に、棚の上にあった誰のかもわからない紙コップを手に取った。


「荀攸さん、休憩時間終わっちゃいますよ」
「ああ、もうそんな時間ですか。終わらせたいものがあったので、時計を見ていなかったです」

 荀攸さんは腕時計を確認すると、首を左右に傾けた。よほど凝り固まっていたようで、ぽきぽきと関節のなる音が聞こえた。続けて長いため息をつく荀攸さんのデスクに、先程淹れたコーヒーを置いた。

「お疲れのようなので、どうぞ」
「俺にですか?」
「はい。飲まず食わずは午後に響きますから」
「ありがとうございます」

 荀攸さんが少しだけ頭を下げたけど、その際に目が合った。荀攸さんとの会話は必要最低限の仕事の話しかしたことがなかったから、しっかりと目を見てお礼を言う人なのが意外だった。
 荀攸さんがコーヒーを飲む姿を何度か盗み見する。無表情のままコーヒーを飲む姿を見て、本当に大丈夫なのかと心配になる。コーヒーの好みは人それぞれだからと思ってとりあえずブラックコーヒーを渡したけど、ブラックが苦手だったらスティックシュガーかポーションミルクを渡そうと思っていたのに、この無表情だとわからない。そんなことを考えていたらじっと見てしまっていたらしく、荀攸さんとばっちり目が合ってしまった。

「あの、何か」
「あ、いえ。そのままで大丈夫ですか?」
「美味いですよ」

 大丈夫そうで安心したけど、反面少し不安にもなる。私は濃いめのコーヒーが好きなせいで無意識に濃いものを作ってしまい、周りから変な目で見られることが何度かあった。それに今ハマっているのはエスプレッソ。本来ならば砂糖を多めに溶かして飲むタイプのコーヒーだから、尚更心配していた。心配するくらいならば出すなという話だけど、2人分作ってしまったのだから仕方がない。

「それエスプレッソなので。あと私が淹れるコーヒーは濃いとよく言われるので、必要ならば砂糖かミルクを渡そうかと思ったんです」
「そうですか。お気遣いありがとうございます。俺も濃いめのものが好きなので平気です」
「それならよかったです」

 その言葉を聞いて、机に出していた砂糖とポーションミルクを片付ける。これが荀攸さんの本音なのか気遣いなのかはわからないけど、最後に一気に飲み干して紙コップを潰してゴミ箱に捨てる様子から、心配には及ばないようだった。


20211012

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