満寵とコーヒーの話*


 同僚の満寵さんはかなり変わった人だ。同い年だけど、部署が違うからあまり話したことはない。だけど噂話を聞いたり、たまに視界に入る行動を見る限り、かなり変わっているのがわかる。この前も休憩時間にコーヒーを淹れていたけど、眠くてぼーっとしていたのか、何か考え事をしていたのか、インスタントコーヒーに水を入れて混ぜていた。しかも飲むまで気付かなかったらしく、口に入れて初めて不快な顔をしていた。私も近くでコーヒーを飲んでいたから思わず吹きそうになった。でも近くにいた弊害か、満寵さんの口から、じゃり、という音が聞こえた瞬間、我慢できなくなって顔を背けながら吹き出してしまった。そんなことがあってからついつい遠巻きに満寵さんを観察をするのが日課になってしまい、満寵さんが視界に入る度にじっと見てしまう。それを誰かに言いたくて友達に話したら「恋じゃない?」と言われたけど、胸が高鳴らないのでこれは断じて恋ではない。
 今日の休憩もコーヒーを飲みながらぼーっとしていたら、満寵さんがブレンディスティックとマグカップを持ってウォーターサーバーの方へと向かっていった。今日はブレンディスティックなんだなと思いながら見ていたら、ブレンディスティックを開ける前にマグカップに水を注いだ。水?粉を入れる前に?と思ったけど、水で溶かすタイプのものなのかもしれないし、水を注いだ後に粉を溶かす人なのかもしれない。スティックの口を開けるのが見えたから、私も一旦コーヒーを飲もうと手元のマグカップに目線を落とした時、満寵さんがマグカップではなくて自分の口にブレンディスティックを傾ける様子が視界の端に入った。何かの間違いかと思って勢いよく顔を上げて見てみたら、満寵さんの口にそのままブレンディの粉が吸い込まれていく。粉薬の類の見間違いじゃないかと期待していたけど、満寵さんの手に握られているのはぐちゃぐちゃになった『ブレンディカフェオレ大人のほろにが』の袋だ。やっぱり見間違いじゃなかった。その時点で驚きの連続なのに、満寵さんは手に持っていたマグカップを口につけ、ごくりと飲んだ。飲んでしまった。その瞬間、私は我慢できずに叫んでしまった。

「嘘でしょ!?」
「!?」

 満寵さんをはじめ、私の周りの人たちが驚いた顔で一斉にこちらを見た。でもそんなの気にせず、満寵さんに近づいて言葉を続けた。

「今コーヒーの粉口に入れて飲んだ!?」
「うん、そうだけど……」
「そうだけど、じゃないよ!何で当たり前のような顔して答えてるの!?コーヒーの粉だよ!」
「?」
「かわいく首を傾げてもだめ!液体に溶かして飲むコーヒーをどうしてそういう飲み方しちゃうの!?」
「こうすると楽だと気づいたんだ!」
「楽とかそういう問題じゃない!口の中でコーヒー作るなんてどうかしてるよ!」

 開き直ったのか、ドヤ顔で答える満寵さん、そのドヤ顔にじわじわと腹が立ち、抑えがきかなくなった私は満寵さんの襟ぐりを掴む。その時、マグカップを持った荀攸さんがすーっと入ってきた。

「その人のやることにいちいち突っ込んでいたら持ちませんよ」

 荀攸さんは表情を変えずにウォーターサーバーからじゃばじゃばとお湯を入れ、すーっと戻っていった。無表情のまま喋っていたけど、いつも以上に目が死んでいることに気付いてしまい、全てを悟った。荀攸さんの介入により急に静かになった私に、満寵さんは胸ポケットからブレンディスティックを取り出すと、私に差し出した。

「君も試してみるといいよ!」
「試すか!」

 その手をパシッと叩き落とす。床に無惨に落ちていったブレンディスティックには『ブレンディほうじ茶オレ』と書いてあった。満寵さんが飲んでいるやつとは違う種類だ。ちょっと美味しそうだなと心が動いた。少し冷静になった私はブレンディスティックに罪はないと思い、ちゃんと拾って満寵さんに返す。満寵さんは残念そうにそれを受け取り、胸ポケットに戻した。ちょうど私の目線の高さにある胸ポケットからは、色とりどりのブレンディスティックが飛び出ていた。色んな味を取り揃えているようだけど、あのポケットは四次元ポケットか何かなのだろうか?しかも胸ポケットにあれだけ刺さっているということは、飲みたいときにいつでも飲めるようにしているのかもしれない。あの飲み方で。手軽に飲めるスティックコーヒーだけど、あまりにも用途が違いすぎる。大きなため息が出てしまった。荀攸さんはどんな被害を受けたのかわからないけど、きっと今私は同じ目をしているだろう。無駄に声を荒らげてしまったせいで、心臓がどきどきしている。その時、「恋じゃない?」という友達の声が頭の中に響いた。今は胸が高鳴っているし、満寵さんに差し出されたほうじ茶オレを見て少し心が動いたのも事実だ。もしかしたらこれは恋なのかもしれない。


20211107

トップページへ