徐庶×ミモザ×真心


「ごめん、今の私足引っ張ってる…」

 3投目を終えて、中々下がらないスコアを睨みつけながら友達の元へと戻った。友達は大丈夫だよと言ってくれるけど、今の順位は友達が2位で、私が4位だ。1位の男がスローラインに立ち、手早く3本投げる。真っ直ぐボードに刺さり、スコアが50をきった。この調子だと、次のターンでゲームが終了してしまう可能性がある。私はどんなに頑張ってもダブルブルやトリプルを駆使しないと1回で終わるスコアじゃない。友達の方がまだ望みはあるけど、私達もそこまで上手なわけじゃないから、この勝負は負けてしまうかもしれない。元はと言えば、隣で投げていたこの男達が「ゲームしない?負けた方がお酒奢るゲーム」と提案をしてきたのを受けてしまったのがそもそもの間違いだった。お酒を奢る程度ならいいかという気持ちと、ちょっと他の人と勝負してみたいという気持ち。そんな軽い気持ちで勝負を受けてゼロワンを始めてしまったけど、いざ負けそうな状況に陥ると、途端に面倒になってしまい、この勝負受けなければよかったという後悔まで生まれてきてしまった。こういうタイプのナンパ男はお酒を奢るだけじゃ終わらないだろうし、何ならゲームをしている間もさり気ないボディタッチが多くて嫌な気分になっていたのだ。もう何でもいいから早く終わらないかな、と諦めモードに入った時、私の番が回ってきた。4位の私の結果には興味ないのか、1位の男はトイレに行き、3位の男はスマホをいじり始めた。私もさっさと終わらせたかったから適当に投げたら、今までの不調を挽回するかのようにダブルブルに刺さり、一気にスコアが50下がった。たまたまだろうと思いつつも、一応次もブルを狙って投げたら、少しだけ浮いてしまったけど、20のトリプルに刺さり、また一気にスコアが60下がった。残りは57点。19のトリプルの部分が光っている。そこに当てたらこのゲームは私の逆転勝ちだ。勝てるなら勝ちたいけど、あんなに狭い部分を的確に当てられる自信なんかない。構えて狙いを定めていたら、店員さんがこちらにやってきて、シャンパングラスに入ったお酒を2つ私達の側に置いた。新しいお酒を頼んだ記憶がなかったから友達を見たら、友達も首を傾げていた。もしかしてもう勝った気になっている男達が勝手に頼んだのだろうか。それだったらとても腹が立つ。これは何が何でも19のトリプルに当てて勝ちたいと思い腕に力を込めたら、お酒を運んできた店員さんが隣に立った。

「ちょっといいかな」
「え?」

 店員さんがそう言った直後、店員さんの手元から何かが投げられて、ボードに刺さった。どうやらダーツを投げたようで、しかも刺さった場所はさっきまで光っていた19のトリプルの部分。画面に映る57というスコアが0に変わり、winという文字と共に店員さんと私の映像が映し出された。

「え!勝った!」

 私と友達は予想外の勝ち方に驚きつつも手を取って喜んでいたら、スマホをいじっていた3位の男が店員さんに近づいて、文句を言い始めた。

「ちょっと店員さん、客同士のゲームに首突っ込まないでくれませんかね」

 いつの間にかトイレから帰ってきた1位の男も画面を見て状況を把握したようで、二人で店員さんに詰め寄っている。少し気の弱そうな店員さんだけど大丈夫だろうか。別の店員さんを呼んだ方がいいんじゃないかと思って周りを見回した時、店員さんが二人の肩に触れた。

「貴方達、別のダーツバーでも女性に絡んで迷惑をかけていましたよね。そういう情報は店同士で伝わるから、あまり目立った事はしない方が良いですよ」

 店員さんがそう言うと、男達は漫画のような捨て台詞を吐いて何処かへと行ってしまった。店員さんは振り返ると、私達に頭を下げた。

「仕方がなかったとは言え、ゲームを邪魔してしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそすごく助かりました!助けて頂きありがとうございます」

 まさか謝られるなんて思ってもいなかったから、慌てて私達も頭を下げる。

「それにしてもダーツすごく上手ですね。プロの方ですか?」
「いや、そんな大層な人間じゃないですよ。ダーツはただの趣味です」

 店員さんは手を振って否定しているけど、ただの趣味にしてはえらく手慣れた投げ方だったし、ダーツも真っ直ぐ綺麗にボードに刺さっている。たった1本で当てるべき所に当てたのだから、十分凄い。

「貴方こそ、最後の追い上げは見事でした。あれがあったから俺も助けに入れました」
「あれこそ運良く良い所に刺さっただけですよ」

 あんな偶然の出来事まで見られていたのかと思うと、少しだけ恥ずかくなった。きっとお酒を運ぶ時にでも見ていたのだろう。テーブルの上にトレンチごと置いてあるシャンパングラスを見て、これは店員さんが自然に私達に近づくための演出だったのかと気付き、改めて店員さんの機転に感謝する。

「あのお酒って…」
「ああ、どうぞ飲んで下さい」
「いいんですか?」
「支払いはさっきの男達につけてますから。そういう約束でしたよね?」

 店員さんの手助けのおかげだけど、勝負に勝った私達が店員さんの運んできたお酒を奢ってもらう。あまりにも綺麗に事が収まっていて、この店員さんは一体どこまで先を読んでいたのだろうかと思ってしまった。

「ワインベースのカクテルをよく注文していたから勝手にミモザを作ったんですけど、別のがよかったらすぐに用意するので言って下さい」
「凄い…私次はミモザを頼もうと思っていたんです…」
「それならよかった。じゃあ、また変なのに絡まれないように気を付けて」

 店員さんはそう言うと、トレンチからテーブルにグラスを移して奥へと戻っていった。一度休もうと思い、近くの椅子に腰を下ろした。一度座ると一気に疲れが襲ってきて、背もたれにもたれながら静かにため息をついた。友達も同じ様子で、会話はなく沈黙の状態が続いた。

「お酒、飲もっか」
「そうだね」

 店員さんが持ってきてくれたミモザのグラスに手を付ける。作られてから暫く経ったせいか、グラスにはたくさん水滴がついていた。その水滴を紙ナプキンで拭い、グラスに口をつける。同じく時間が経って溶けた氷がお酒を薄めていたけど、シャンパンのすっきりとした炭酸とオレンジジュースが程よい飲みやすさになっていて、一気に半分程飲み干した。その時、先程の店員さんがダーツを投げる姿を思い出す。あの時は一瞬だったし、店員さんが絡まれてしまったからそれどころではなかったけど、ダーツを投げる姿が素敵で、少しだけ惹かれ始めている自分に気付いてしまった。またここに来たらあの店員さんに会えるだろうか。名前すら知らない店員さんだから難しいかもしれないけど、また会えるなら会いたいし、ダーツをする姿をもう一度見たい。一人で来る勇気なんかないから、友達にお願いして付いて来てもらおう。友達に打ち明けようと口を開いたら、友達には私の考えていることが伝わったのか、「何でも協力するよ」とにやけた顔で先に言われてしまった。

20210627

トップページへ