満寵と宴をご一緒する話
遠征部隊が帰ってきたから、その宴が盛大に開かれている。この国の人達は騒がしく飲む人は少ないけど、酒好きが多いから宴は多い。私程度の立場だと呼ばれることはほとんどないし、いたところで居場所に困るから呼ばれなくていいんだけど、今日は上からの命令で出ることになってしまい、できるだけ目立たないように隅の方で飲んでいた。
「よお、ななし。飲んでるか?」
「うっ…痛いです、夏侯淵殿」
背中に衝撃を受けて杯の酒が少し溢れてしまった。背中を強く叩いてきた夏侯淵殿は殿の親戚の方なのによく話しかけてくれるお方だ。最初戸惑いはしたものの、娘みたいだからと何かと気にかけてくれて私生活から仕事までお世話になる事が多かった。
「遠征、お疲れ様でした」
「おう、俺様の活躍で蹴散らしてやったぜ!」
「ずっと知らせを聞いていましたよ。かなりのご活躍だったようですね。流石です」
「まあな!」
「そんな主役のお方がこんなとこにいて大丈夫なんですか?」
「一通りみんなと話したし大丈夫だろ。ななしもこんな隅っこに一人でいいのか?お前酒好きだろ」
夏侯淵殿はまあ飲めと手に持っていた酒瓶をどんと置いた。飲みかけのじゃないよなと警戒しつつ、酒瓶は満杯のだったから安心して自分の杯に注いだ。
「さっきまで甄姫殿と蔡文姫殿とお話してたんです」
「おっ、いいねえ美女3人で飲んでたのか」
「ちょっとだけですけどね。お二人ともいつも私なんかを気に掛けて下さるので」
「同性だから色々と心配なんじゃないか?」
「ありがたい事です」
「でもやっぱ一人で飲むのは辛気臭ぇからたまには自分から話しかけてみたらどうだ?ほら、前に軍師殿の話を聞きたいって言ってたじゃねーか!」
「この場でですか!?さすがに失礼じゃないですかね…」
「そんな事ないだろ!あいつら固まるといつも難しい話ばっかしやがって。だから聞かれたら喜んで話してくれると思うぜ」
「そうですかね…。まあでもここでお願いして、後日ゆっくりお話を聞くのもありですね」
「そうそう、人脈を広げて損はないからな!」
確かにこういう宴がなければ絶対に関われない方々はたくさんいる。軍師殿なんてまさにそうで、直接軍師殿から教えを請いたいと思っても話す機会さえなければ頼むことすらできないんだから。
「で、ななしは誰の話を聞きたいんだ?」
「んー…悩みますね…みなさんの話を聞けるのが一番なんですけど」
「一番話がわかりやすそうなのは荀ケだよな」
「そうですね…荀ケ殿の話はわかりやすそうですが、難しい話を知っている事前提に話が進みそうで…。学があまりないとぼろが出て呆れられそうで怖いですね」
「あー、じゃあ賈詡はどうだ?」
「賈詡殿はそもそも教えてくれなそうです」
「荀攸は?」
「荀攸殿も俺なんかって感じで教えてくれなそうじゃないですか?」
「そうだな、この2人はちょっと厳しいか…」
「郭嘉殿は別の意味で怖くてできれば近寄りたくないです」
「郭嘉も教えるの上手そうだけど、ななしは女だからなぁ…あ、なら満寵はどうだ?」
「満寵殿ですか?」
「あいつなら計略の話もできるし、城の話もしてくれるから俺達みたいな戦場に出る人間にとっては為になると思うぜ」
「そうですね…。満寵殿ならこの前お話したばかりですし、丁度良いかもしれません」
「え?満寵と話したことあんのか?」
「はい。この前満寵殿のお召し物が正しく着られてなかったので声をかけました」
「ほお…。召し物を直す仲なのか?」
「何でですか。違いますよ。たまたま目の前を通ったんです」
「冗談だって。満寵ならあっちの方で城の見取り図広げて飲んでたから丁度いいんじゃないか?」
「それってお取り込み中じゃないですか?」
「いつもの事だな。満寵も誰かに話したくて仕方ないと思うから丁度いいと思うぜ」
「それならそうしてみます。ありがとうございます」
夏侯淵殿に頭を下げて酒瓶と杯を持って立ち上がった。途中他の軍師殿に失礼なことを言っていたかもしれないけど、夏侯淵殿なら何も言わないでいてくれると信じている。酔っ払っている兵士や忙しそうに片付けをしている女官の合間を縫って夏侯淵殿の教えてくれた方に進んでいくと、机に大きな見取り図を広げて眺めている満寵殿を発見した。
「満寵殿。今よろしいでしょうか?」
「ななし殿、どうしたのかな?」
「えっ、名前…」
「もちろん覚えているよ。そもそもななし殿の事は前から知っていたし」
「そうなんですか?まさか悪い噂でも…」
「全然悪い噂じゃないよ。とりあえずここ座って」
「ありがとうございます。失礼します」
満寵殿の正面に腰を下ろして、持っていた杯は机に置けなかったから椅子に置いた。
前に話してからそれほど時が経っていないから顔は覚えて貰えているかなと思ってたけど、まさか名前まで覚えていてくれたとは正直驚いている。
「前にも言ったけど、ななし殿の話はよく入ってくるからね、この前声をかけてくれてようやく顔を覚えられたよ」
「ありがとうございます…?」
「ななし殿の話を聞きたいって言ったからわざわざ来てくれたのかな?」
「いえ、実はあまり学がないもので、満寵殿からご教授頂けたらと思いまして声をかけました」
「ななし殿は勉強熱心だね!私の話が聞きたいのかい?」
「はい、書物を読むだけじゃ限界がありますから、直接お話聞けたら嬉しいなと思いまして」
「丁度よかったよ。この城の構造がようやくわかってきたところだったから誰かに話したかったんだ。早速だけど…」
夏侯淵殿の言うとおり、本当に誰かに話したくて仕方がなかったみたいで、もう話が始まっている。城の構造に興味を持ったことがなくて城はどこに行ってもただの城だと思っていたから、成る程と思う部分は多い。
満寵殿の話は途切れることなく次々と出てきた。専門的な言葉が出てきても質問するよりも早く説明してくれるからかなりわかりやすい。たまに意見を求められることもあったけど、満寵殿は私の意見をしっかりと聞いてくれたし、その上でまた話が始まるからこの時間だけでもかなり勉強になった。
気付いたら宴はとうに終わっていて、将達はほとんどいなくなってるし、女官達がせっせと片付けを始めていた。
「おっと、もう終わりのようだね」
「あっという間でした。でもとても勉強になりました。ありがとうございます」
「私も楽しかったよ。人と話すと考えをまとめられるし、自分では持っていない視点から意見を貰えるからためになるね」
「満寵殿がよかったら、お時間のある時にまたお話を聞かせて下さいませんか?」
「もちろんだよ。ななし殿の時間のある時にいつでもおいで」
「ありがとうございます」
拱手をして満寵殿が帰っていくのを見送った。私も部屋に戻ろうと歩き出した時、少し足元がふらついた。すぐに柱に手をついて体勢を保てたけど、久しぶりに酔いが回ったみたいだった。ふと机の周りを見てみると、かなりの数の酒瓶が転がっていた。満寵殿と二人で飲んだにしては数が多すぎるような気もするけど、私達の近くで飲んでいた人はいなかったはず。となると、満寵殿と私で飲んだということになる。満寵殿は酒が強いという事も今日学んだ中に入れておこう。
20190327