甄姫と蔡文姫とガールズトークする話


 たまにだけど、甄姫様にお誘いを頂いて庭の一角でお茶をすることがある。最初は恐れ多すぎて断っていたんだけど、蔡文姫様にも押されて少しだけなら…とお付き合いしていたら、それが日課になっていってしまった。今日も調練帰りに声をかけられ、汗も掻いているし全身汚れているから失礼になると思って断ろうとしたんだけど、「私の部屋で綺麗にして差し上げますわ」と強引に部屋に引きずり込まれて綺麗な女官に引き渡されてあれよあれよという間に全身を綺麗にされて高そうな服までお貸し下さった。甄姫様はすっかり恐縮してしまった私の背中を押して庭の奥へと導いた。

「調練、ご苦労様でした」
「いえ…」
「遠慮なさらず座りなさいな」

 甄姫様だけだと思っていたら連れていかれた先には蔡文姫様も座っていた。一人じゃなかったとほっとしたけど、やっぱりこの二人に囲まれてお茶をする私はとても場違いじゃないか。いくら日課になってきたとは言え、緊張が解れる訳ではない。殿の息子の妻である甄姫様と殿のお気に入りである蔡文姫様の前でうっかり失言でもして気に触ってしまったら私の首が飛んでしまう。比喩じゃなくて、本当に。冗談抜きに。だから発言はできるだけ最小限に、微笑んで頷いて時間が過ぎるのを待つ。こうして今日も乗り切ろうと思ったのに。

「ななしは良い人はいないのかしら?」
「え?」
「ななし様のお話、私も気になります」

 甄姫様の惚気話を微笑みながら聞いていたら、突然話を振られた。しかも蔡文姫様も乗り気の様子で、二人とも目を輝かせて私を見ている。

「私は今は特に…国の為に働くのが今の幸せですので…」
「ななしくらいの年なら気になる殿方くらいいるんじゃなくて?」
「ななし様の周りには素敵な方が多いですからね」
「確かに尊敬する将軍ばかりですが、それ以上の感情は抱いたことはないです!」

 本当に何とも思っていないし自分の話をあまりしたくなかったから語尾が強めになってしまったけど、失礼じゃなかっただろうか。でも私の心配とは裏腹に甄姫様と蔡文姫様はくすくすと笑っている。

「いつも私達のお話ばかりでしたからね。今日はななしのお話を聞かせて下さいな」
「恐縮ですが、面白い話など何もないです…」
「では、ななし様はどのようなお方が好みなのですか?」
「えっ、好み…」
「それは良い質問ね。顔でも性格でも好みに引っかかる殿方くらいはいるでしょう?」
「…」

 いない、という返答では許されない状況になってしまった。誰か、誰でもいいから答えなくては。しかも嘘だと突っ込まれた時に困るから、ある程度正直に答えなくては。仕方なく考えて出てきた人物の名前を籠った声で言う。

「荀ケ殿…のお顔は綺麗だなと思ってます…」
「あら、ななしはああいう顔が好みなのね」
「ちょっと意外でしたね」
「ななしは意外と面食いなのね。そういうの嫌いじゃないですわ」
「あえて選ぶなら、です!好いてるわけじゃありませんから!」

 荀ケ殿を拝見した時に男なのに綺麗な方だなという印象を受けたのが今でも残っていたからそう答えただけだし、本当に何とも思っていないのにこうも全力で否定していると逆に怪しいんじゃないかと思ってきた。だけど次の瞬間、甄姫様が発した言葉に開いた口が塞がらなくなった。

「ななしは満寵殿を選ぶかと思ってましたわ」
「は…!?」
「ええ、私もてっきり満寵様のお名前が出てくると思っていました」
「な…な…」

 何で満寵殿…と言いたかったのに、吃驚しすぎて上手く喋れなかった。それをいいことに二人は話を続ける。

「だって最近のななしはよく満寵殿と一緒にいるじゃない」
「満寵様に学問を教わっているんでしたっけ?」
「あら、その割にはいつも遅い時間までいるようですけど」
「まあ…何もないと仰っていたのに、隅に置けませんね」
「いや、あの、満寵殿こそ何もないですから…!」
「今日で一番挙動不審になっていますわよ」
「本当に…!ただ満寵殿には勉強させてもらってるだけなので…!」
「では何故いつも遅い時間になるのです?」
「教わった後にお酒を飲んでいるんです。私も満寵殿もお酒が好きだから…」
「充分仲がよろしいではありませんか」
「本当にそれだけです。勉強して、お酒を飲んで、解散です!」

 否定するのに必死になったせいか、顔が熱くなってきたし、せっかく女官に綺麗にしてもらったのに変な汗まで出てきた。ぱたぱたと手で顔を仰ぎ、何とか熱を冷まそうとする。

「そのような情報、どこから仕入れてくるんですか…」
「たまたま近くを通った女官が教えてくれたのよ」
「絶対に…いえ、何でもないです」

 絶対にたまたまじゃないだろと言いそうになったけどすんでの所で耐えた自分を誉めたい。もうどこに行くにしても甄姫様の情報網からは逃れられないということだ。別にやましいことをしている訳じゃないのに、はぁとため息が漏れた。

「ななしが学問を教わっている事は我が君が教えて下さったのですよ」
「何故です!?」
「満寵殿が嬉しそうに教えて下さったそうですわ」

 我が君とあの計略馬鹿は何してくれてんだ。口が割けても言えない暴言を心の中に留めつつ、頭を抱えた。

「満寵様は計略のお話をするのが好きなようですからね。いつも聞いて下さる方ができて嬉しいのではないでしょうか」
「まあ、いつも楽しそうに罠やら策やら城やらの話をしていますよ。勉強にはなります」
「それに付き合えるななしは満寵殿にとって大切な存在になるんじゃなくて?」
「将としてお互い尊敬していけたらとは思います」
「上手くかわされてしまいましたわ」
「流石満寵様から学んでいるだけのことはありますね」
「もう満寵殿の話は止めにしませんか…!?」

 いつになったらこの話は終わるのだろうか。いや、いつになったらこのお茶会から解放してくれるんだろうか。この後満寵殿の元へ行くのに、このまま満寵殿の話をされたら私が気まずくてしょうがない。泣きそうになりながら両側の麗人からの精神的攻撃に耐えるしかなかった。



20190417

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