満寵の親戚の子供の相手をする話
今日は城ではなくて私の屋敷に来てほしい、と言われていたから、執務室には向かわずに朝一で満寵殿の屋敷を訪れた。満寵殿のいる部屋に入ると、振り返った満寵殿と、その正面に座る小さな男の子。にこにこと愛嬌のあるその顔や雰囲気は、どことなく満寵殿に似ていた。自分の中でその情報を処理した結果、挨拶よりも先に出てきた言葉は
「隠し子ですか」
「それは違うよ!?」
予想外の言葉だったのか、驚いたような、焦ったような顔で手を振って否定する。ちょっとその様子が面白くて吹いてしまった。
「冗談ですよ」
「真顔で言うと冗談に聞こえないよ…」
「甥っ子さんですか?」
「そう。親が用事あってこちらに来たんだけど、一日だけ見ていてほしいと言われたんだ。だけど急に殿に呼び出されてしまってね…。悪いんだけど、私が戻ってくるまでの間、この子を見ていてくれないかな」
「満寵殿の親戚の子守りなんて…何かあったら親御さんに申し訳なさすぎるんですが…」
「ななし殿なら大丈夫」
満寵殿のその自信はどこから出てくるのか謎だし、満寵殿の親戚の子に何か万が一のことがあったらと思うと怖い。そもそも今日だけなら女官に見てもらえばよいだけの話では?と思った時だった。男の子はとことこと近寄ってきて、裾をぎゅっと掴んできた。…だめだ、これはかわいい。しゃがんで男の子と目線を合わせ、怖い顔にならないように気を付けながら声をかけた。
「初めまして。ななしと申します。今日はよろしくお願いします」
「ななし?」
「初対面の人を呼び捨てにするのは失礼だよ。ななし殿、と呼びなさい」
「はあい。ななし殿、よろしくお願いします」
小さな頭を下げて、お辞儀をする。まだ舌ったらずなしゃべり方だけど、きちんとしつけを受けているのか、礼儀作法はしっかりとしていた。さて、今日はこの子とどう過ごそうかな。
昼過ぎてから街に行きたいと言い始めたから、歩いていける範囲で散歩に出ることにした。手を繋いで歩いていたけど、どの店も興味があるのか、一つ一つ立ち寄っては目を輝かせていた。その中でも特に気になった物があったのか、装飾品が置いてある店から動かなくなった。
「何か気になる物でもありましたか?」
「これ!」
指差した先を見てみると、男物の髪留めが売られていた。この子にはまだまだ早いものだけど、どうしても気になるらしくて、その前から頑なに動かなくなった。
「叔父上のと一緒」
「ああ…なるほど」
満寵殿の物とは全くの別物だけど、これくらいの子が男物の髪留めを見ると全て同じに見えるのかもしれない。大きな目でじっと見つめられた。
「欲しい…」
「欲しいのですか?」
「うん。叔父上とお揃いにする!」
「でも、結わえるにはまだ髪が短いですよ」
「伸びるまで待つ!」
「そうですか…」
満寵殿が大好きなのかただ真似をしたいだけなのかわからないけど、ここまで欲しいと言うなら買ってもいいかなと思い、値段と財布を確認した。そこまで高価なお店ではなかったけど、他の商品と比べて少し値は張っていた。お金が足りることを確認してから、店主のおじさんに渡して、会計を済ませる。釣り銭を貰い、その後に渡された髪留めを差し出したら、それはもうとても喜んでくれた。
「ありがとう!」
「どういたしまして。これが似合う将になれるよう精進して下さいね」
「はい!」
「では帰りましょうか」
また手を繋いで屋敷へと向かった。でも、段々と歩みは遅くなり、何もない所で立ち止まる事が多くなっていき、ついにはぐずりだしてしまった。
「疲れた…」
「屋敷までもう少しですよ。あとちょっと頑張れますか?」
「嫌だ。もう歩けない」
んーと両手を伸ばしてきた。これは抱っこをして欲しいという意味なんだろうか。両脇に手を入れて抱き上げたら、胸にもたれ掛かってすぐに寝息が聞こえてきた。
確かに早い時間から休みなく動いていたし、昼過ぎからはずっと体を動かしていたから、これくらいの年の子は疲れてしまうだろう。
起こさないようにゆっくり歩き、時折背中をとんとんと叩いていたら、後ろから声をかけられた。
「ななし殿、やっと戻ってこれたよ」
「満寵殿。お疲れ様です」
「おや、寝てしまったのかな?」
「先程寝ました」
「ぐっすりだね」
満寵殿がその大きな手で髪を撫でても、身動ぎせずに寝ていた。満寵殿は優しい顔でこの子の頬を触り始めた。
満寵殿もこういう顔をするんだなと横顔を見ていたら、急に目が合った。
「ななし殿は子供の扱いが上手いね。下に兄弟がいるのかな?」
「いえ、兄弟はいません」
「意外だったな。下がいそうに見えるよ」
「なかなか出来なかったようなんですが、父は妾を持とうとしなかったので、娘の私だけとなりました」
「だからななし殿は武芸を学んだのかい?」
「そうなりますかね…。家の事や芸事を習っていたのですが、男子を諦めきれなかったのか父が教えてくれた武芸や兵法などの方が面白かったので、そちらの道を選びました」
「はは、それだとお母上はさぞ衝撃を受けただろうね」
「最初は何としてでも芸事を習わせようとしていましたが、その度に脱走して剣を振るってました。大変な娘だったと思います」
「お転婆娘だったんだね」
「父が戦で足を悪くしてからは田舎に戻って役人をしておりますから、代わりと言える程ではありませんが私がこちらに出てきました」
「そうだったんだね。ななし殿の育った場所へ行くことがあったら、ぜひとも挨拶したいな」
「満寵殿が挨拶に向かう程の身分ではありませんから。むしろこちらがおもてなしします」
「いや、素晴らしい武人に育てあげてくれた感謝をしたいんだ。こうしてななし殿にはたくさん助けられているからね」
「今は将としての仕事というより、子守りですけどね」
ずり落ちてきたのをよいしょと抱き直した。最初に抱き上げた時は大丈夫だと思ったけど、ずっと抱えるとなると意外と重かった。これくらい小さな子でもしっかりとした重さがあるんだなと見慣れぬ子供の体に感動していたら、満寵殿が手に持っている髪留めに気付いたようだった。
「これは?」
「すごく気になったみたいで、欲しがっていたんです」
「買わせてしまったんだね。あとでお金は支払うから」
「いえ、大した金額ではないのでいいですよ。今日は私も楽しかったですし、お礼です」
「申し訳ない…。今後は我が儘を言っても聞き流していいからね」
「この簪、満寵殿と一緒だからお揃いにしたいって言ってたんです」
「私とお揃いに?」
「全然違うものですけど、この子にとっては同じに見えたんでしょうね。まだ小さいのに満寵殿のことをよく尊敬しているみたいです」
「それは…嬉しいね」
満寵殿が照れている。照れた顔も見たことがなかったから、今日は普段見ない満寵殿の顔をたくさん見ることができてとても貴重な一日だ。
「あと少しだけど、代わるよ」
「え?でも…」
「子供は意外と重いだろう。しかも寝ているから、より重く感じると思う」
「すみません…。ではお願いします」
私の胸から満寵殿が引き上げようとした時、満寵殿も私もこの子が胸元の服を掴んでいたのに気付かなくて、この子が離れると同時に胸元が大きく開いてしまった。
「あ!ちょっと待って下さい…!」
「え!?す、すまない…これは一体どうすればいいんだ…?」
「一回戻して下さい!」
「どう戻せばいいんだい!?どんどんずり落ちていくよ!?」
「難しいならこの子の手を解いてあげてください!」
「え、でもそしたらななし殿の胸元に触れてしまうよ…」
「構わないですから!私も結構腕が限界なので早くしてもらえるとありがたいんですけど…!」
恐る恐る胸元に伸びてきた満寵殿の手が、子供の手をゆっくりと解いていく。できるだけ触れないように意識しているのがすごく伝わってきたから、構わないと言ってしまったけど私も緊張してきた。
「ようやく解けたよ。ななし殿もすまなかった」
「いえ、こちらこそお見苦しいものを見せてしまい申し訳ありませんでした」
「はあ…。それにしても子供の力は意外と強いんだね」
そうですね、と返事をしようとした時、あ、という満寵殿の声が重なった。満寵殿の視線の先を見てみると、書簡を手にした李典殿が立っていた。その顔はとても気まずそうな、でも何やら楽しそうな表情をしていた。
「いやあ、お取り込み中本当に申し訳ないんですけど」
「誤解です!!」
「白昼堂々と服の合わせ目を崩していたのに誤解も何もないよな」
「それはこの子が強く握っていたからだよ!」
「満寵殿…本当にそうだったとしても、軍師としてその言い訳は苦しいですよ」
「李典殿、ななし殿も言うように誤解だからね…」
「大丈夫、俺口固いんで誰にも言いませんよ。ていうかその子供誰です?満寵殿に似てるけど、隠し子ですか?」
「違うよ!ななし殿と同じ事を言うんだね」
「半分冗談ですよ。でも実は満寵殿とななしの隠し子だったらどうしようかなって思いました」
「李典殿!用件は何なんですか!」
「ああこれ殿から預かってきた拠点の見取り図です。じゃ、俺はお邪魔にならないよう退散します。ななし、今度詳しく聞かせろよ」
「李典殿に話すことなどありません!さっさとお帰り下さい!」
李典殿から書簡を奪って、屋敷から追い出すように背中を押した。
この一瞬でどっと心労がきた。満寵殿もあれから無言だから、きっと同じような疲れを感じているに違いない。
「この一瞬ですごく疲れたね…」
「本当ですね…」
満寵殿は子供を寝台に寝かせ、大きく伸びをする。よほど疲れていたのか、まだぐっすりと寝ているけど、簪はしっかりと握っている。
「これのお礼は後日ちゃんとするから」
「楽しかったからいいですって」
そろそろご両親が迎えに来る頃だろうから、帰宅しようかな。夜通し執務室に込もって仕事をしているわけでも戦に出ているわけでもないのに、疲労感が凄い。世の中の母親は毎日こう過ごしているのかと思うと尊敬するな。
20190505