満寵のことが好きな女官に嫉妬される話


「ななし殿聞いておくれ。この前話していた罠の事なんだけど…って、あれ?今朝そんな傷あったっけ?」

 部屋に帰ってくるなりきらきらした顔で話しかけてきたと思ったら、すぐに驚いた顔になって頬にできた傷を指差された。報告しなきゃいけない件があったから丁度いい。大変な思いをしたのを思い出し、ちょっとだけ睨みながら言った。

「満寵殿、女性関係はきっちりしておいた方がいいですよ」
「え?何の話だい?」
「今日、満寵殿と良い仲だったと言う女官が私に怒ってきました」
「一体誰の事だ…」
「誰かもわからないくらい色んな女官に手を出しているのですか?それとも、一度関わったらもういいやと覚える必要もなかったのですか?」
「どちらも違うよ!そもそも、私は女官とそういう関係になった覚えはないよ!」
「…本当ですか?」
「本当さ。一体何があったのか教えてくれないか」

 嫌味は最初の一言だけにしようと思ったのに、満寵殿を見ていたら何故だか続けて嫌味が出てきてしまった。一旦落ち着くためにゆっくり深呼吸してから昼にあった事を詳しく話し始めた。


 廊下の向こう側から一人の女官が早足で向かってきたから急いでいるのかと思い端に寄った。だけど女官はずれた私の方へ真っ直ぐ向かって来て、目の前で立ち止まったかと思えば何の前触れもなく両手が伸びてきた。

「あんたさえいなければ…!」

 咄嗟の事に反応が遅れてしまい、両手を掴んで押さえ込むことしかできなかった。細い見た目に反して物凄い力で、暫く押し合いが続いたけど、足を掛けて怪我をさせないように倒し、身体ごと抑えることができた。でもこれからどうしようと思っていたら女官が大きな声で騒ぎ出した。

「あんたが来る前は満寵様は私に優しかったのに!身の回りの世話だって、お召し物を直すことだって、私がやっていたのに!もちろん夜伽も私が!全部私が…!」

 全くもって身に覚えがないけど、どうやら私に対して怒っているらしい。反論する間もなく色んな事を捲し立てられ、ようやくその騒ぎ声を聞いて他の女官が集まってきてくれたけど、来た女官はさっと顔を青くするとすぐに数名で私から女官を引き剥がして抑え込み、他の女官は床に伏して申し訳ありませんと謝るばかりだった。

「大丈夫だから、顔を上げて。助けてくれてありがとう」
「滅相もございません…!これは、少々気をおかしくしておりまして、遠くの方にやっていたのですが…」
「遠くの、ということは、満寵殿の女官ではない?」
「はい…。于禁将軍付きの者です」

 私が満寵殿の名前を呼んだのが気に食わなかったのか、抑えられた身体を必死にもがきながら睨んできた。ああ、李典殿の言葉を借りると、ぴんときた。色恋沙汰には縁がないと油断していたけれど、どうやら私は嫉妬をされていたみたいだ。副官という立場だから気にしていなかったけど、満寵殿を思う人からしたらただの邪魔な女だったんだろう。

「ななし様、お顔に傷が出来ております…!」
「爪が引っ掛かったのかな」
「直ぐに手当てを!」
「掠り傷だから大丈夫だよ」
「女性がお顔に傷を残してはいけません!」
「あ、はい」

 さっきまで青い顔で謝っていた人とは思えない圧を感じて濡れた布と薬で処置してもらった。戦に出ればこれくらいの傷、いつもの事なのに…。一瞬だけ傷口を拭った布が見えたけど、意外と血が出ていたみたいで結構汚れていた。

「この者の処罰は如何致しますか?」
「え?処罰?」
「女官が副官様に傷をつけるなど言語道断ですから」
「私からは特に何も…」
「よろしいのですか?傷をつけるどころか失礼なことをわめき散らしたのですよ?」
「于禁殿には私から報告するから、後の事は于禁殿に任せます」

 罰則に厳しい于禁殿の女官というだけで先が見えているのに、私なんかが余計な事をする必要はない。それに、この件であの女官が少しでもすっきりとしたならば、それはそれでいいと思うことにしよう。



「という事がありました」

 あったことを詳しく、でもふわっとさせるところはふわっと報告した。満寵殿は思い当たる節があったのか、途中から頭を抱えてしまった。

「関係ないななし殿を巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだよ…」
「心当たりがあったんですね」

 思い出してくれただけよかったけど、それはつまりそういう関係があったこと、少なくとも女官に対して思わせ振りなことをしていたと認めたという事だ。

「于禁殿の女官と聞いて思い出した事があるんだ。言い訳に聞こえてしまうかもしれないけど、話を聞いてくれるかい?」
「いいですよ。言い訳かどうかは私が判断します」

 満寵殿に対して言いたいことは言ったし、満寵殿の色恋沙汰は聞いたことがなかったから、少しだけ面白くなってきた。口を開けば城や罠ばかり話すし、こんなに身なりにだらしないのに、意外と女官に人気のある満寵殿のこういう話はとても貴重だから。緩みそうな顔を必死で押さえながら、満寵殿に向き合った。

「まだななし殿が私の所へ来る随分前、ななし殿の活躍が広まる前のことかもしれないな。私自身もわかる位にある女官に好意を持たれたんだ。そういう話は他の将からもよく聞いていたから、私は何も触れないようにしていたんだけど…」
「あちらが勝手に勘違いした、と?」
「どうやらそうらしい。上の女官に注意されても気にせずにまとわりついてくるようになってね。色んな方面と話し合った結果、厳しい于禁殿の所へ行ってもらうことになったんだ。それから何もなかったから収まったと思っていたんだよね」
「本当に何もなかったんですか…?」
「本当さ!むしろ少々避けていたくらいだよ」

 ここまで必死に否定する満寵殿は珍しいから、満寵殿の言うことは本当なのかもしれない。助けてくれた女官も気をおかしくしてると言っていたし。最初は満寵殿に酷い扱いを受けておかしくなったのかと思っていたけど、元々の事だったらしい。いや、でもそうだとしたら女官が叫んでいた事に矛盾が出てくるんだけど…。私は女官が叫んでいたことを思い出しながら満寵に問いただした。

「夜伽がどうのって言ってましたけど。私の口から言うには躊躇するくらいかなり破廉恥な事を細かく言っていましたが」

 その瞬間、一瞬だけすっと満寵殿の表情が消え、空気が張り詰めた。戦場でしか感じたことのない満寵殿の空気に思わず背筋が伸びた。

「于禁殿の所に行ってから何も聞かなくなったから良くなったと思っていたんだけど、そうではなかったんだな…」

 満寵殿は顎に手を当て、考え事を始めた。新しい罠の事を考える時と同じ顔をしているから、女官をどうするのか考えているのかもしれない。聞こえない声でぶつぶつと何かを言っているから、放っておいた方がいいのかなと思ったけど、私も関わっている事だから待つことしかできなかった。

「よし、于禁殿と話してくる。于禁殿はこの話は?」
「報告済みです」
「ならば話は早いね。行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
「関係ないななし殿まで飛び火してしまって本当に申し訳ない」

 親指がすっと傷に触れたと思ったら、すぐに部屋を出ていった。あまりにも自然な流れで咄嗟に反応できなかったけど、あの人頬に触れた…?傷口を擦ると、かさぶたで盛り上がってきていて、指が引っ掛かった。満寵殿が無意識に女にこういう調子だったらそれは勘違いされても仕方がないと思う。
 この事件以降、あの女官と顔を合わせることはなくなったし、あの女官が今どこにいるのかも知らない。噂によればここではない遠くの所へ飛ばされたとか、田舎に帰らされたとか。女の嫉妬って怖い。その事を痛感した一件だった。


20190515

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