満寵に怒られる話


 酷い喉の渇きと、気持ち悪さで目が覚めた。昨日は郭嘉殿と飲んでいたけど、途中から記憶がない。寝台にいるということは、何とかして帰って来たんだろうか。それにしてもここまでの二日酔い、久々に飲み過ぎた。仕事に行かなければと重たい身体を起こしたら、向かいに座っていた満寵殿と目が合った。

「…え?」
「おはよう。気分は最悪なんじゃないかな」

 枕元に置いてある水を飲みなさい、と言われたけど、この状況を理解するのに必死でそんな余裕はなかった。気持ち悪さと戦いながらも、昨日の事を思い出そうと必死だった。

「大変ご迷惑をおかけしたようで…本当に申し訳ありません」

 思い出せないけど、とりあえず満寵殿に盛大に迷惑をかけた事は確実だから、寝台の上で土下座をして謝った。
満寵殿が寝台に近づき、端の方に座った。普段の満寵殿からはあまり感じられない、とてもぴりっとした空気をまとっている。

「何も覚えていないのかい?」
「お恥ずかしながら…たくさん飲んだ記憶はあります…」
「うん、そうだね。こうして潰れて帰れなくなる程飲んだんだよ」

 空気だけじゃなくて、言葉もどこか刺々しい。初めて見る満寵殿の怒った姿と、記憶にない自分の失態とが重なって視界が滲んできた。

「ああ、ごめんね。泣かせるつもりじゃなかったんだ」
「泣いてないです…」

 涙はこぼれてないけど、滲む視界と鼻声のせいで隠すことはできなかった。
満寵殿は一つため息をこぼすと、水の入った杯を差し出してきた。正直悠長に水を飲める心境じゃなかったけど、渡されたものを断るわけにはいかないから一気に飲み干した。渇ききった身体に潤いが回り、気持ち悪さが少しだけ和らいだ。

「郭嘉殿に、私が無理に強い酒を飲ませてしまったからななし殿は責めないでと言われたよ」
「郭嘉殿が…」
「だから何も言わないつもりでいたんだけど…やはり無理そうだな」
「いっそのこと一思いに言って頂けた方が楽です…」

 郭嘉殿と話したという事は、きっと私の醜態も聞いているかもしれない。それに醜態晒して満寵殿の屋敷に来たのだと思うと、もう自害して詫びるくらいの気持ちになってきた。満寵殿は考え始めてしまったから、よほど酷い話を聞いたんだろうか。あまり時間は経っていないはずなのに、酷く長く感じた。だけど、満寵殿が発したものは意外な一言だった。

「ななし殿は女性なんだから、もっと用心しないといけないよ」
「…え?」

 てっきり店で暴れたとか普段の愚痴を叫んでいたとか客に絡んでいたとか郭嘉殿に失礼な事を言ったとか、そういう事をやらかしてそれに対し何か言われると思ったのに。

「記憶のないななし殿に一から説明すると、酔い始めたら身近にいる将達に対して思っていることを叫んで」
「やっぱりやらかしてるじゃないですか!」
「そのうちに机に伏せて寝てしまったようだよ。郭嘉殿の声かけにもしばらく反応しなかったみたいだしね」
「絵に描いたような酔っ払いですね…」

 そこまで酔う程飲んだことがなかったから、正直自分は強いと過信していた。こうして郭嘉殿と満寵殿に迷惑をかけたばかりではなく、心の内に隠しておこうと思っていた事までもしかしたら言っていたかもしれないと思うと、死んで詫びるべきなんじゃないか。

「郭嘉殿に下心があった事には気付いていたかい?」
「郭嘉殿が…?からかわれてるだけだと思っていましたが」
「いや、郭嘉殿は本気で連れて帰ろうとしていたよ」
「え…。そこを満寵殿が助けてくれたんですか…?」
「いや、触れようとしたらななし殿に全力で拒否をされたらしい」
「意識なかったのに…」
「それで私の所へ行きたいと言ったらしいよ」
「私がそんなことを…?」
「郭嘉殿はそれを聞いてななし殿を私の所まで連れてきてくれたんだ」

 酔い潰れた私も悪いし、下心を持っていた郭嘉殿も悪いと思うけど、真夜中に遠出帰りの満寵殿の屋敷に行ったことやそこまで送ってくれた郭嘉殿、やっぱり迷惑をかけてばかりだ。

「郭嘉殿は理性的だったからよかったけど、これが他の人だったら襲われていたかもしれないんだよ」
「仰る通りです…。郭嘉殿にもお礼を言います」
「ななし殿が強いのは知っているけど、酔って意識をなくした状態では男に敵わないだろう」
「そうですね…」

 悔しいけど、男女差による力の差は痛いほどわかっているつもりだし、酔い潰れて記憶のない状態なら尚更敵わないこともわかっている。だからこそ酒の席では自我を失わないように抑えつつ飲んでいたつもりだったし、上手く飲める自信があると思っていた。

「お疲れの所、真夜中に押し掛けてしまい本当に申し訳ありませんでした。今後はこのような事がないよう注意します」
「楽しく酒を飲むのはいいけれど、今後はもっと用心しながら飲もうね」
「はい」
「私のいる時しか飲めないようにしてしまおうか」
「え…満寵殿の監視付きですか?」
「冗談だよ。そこまでななし殿のことを束縛はできないから」
「でも、満寵殿と飲むのが一番安全な気がします。慣れていますし、適度に気が張っているからあまり酔いが回らないですし」

 満寵殿は一瞬だけ驚き、何か言いたげな顔をしていたけど、すぐに口をつむいでしまった。

「私はななし殿がすごく酔った姿を見たことがないから、ちょっと見てみたいな」
「絶対に見せたくないです。上官にそんな醜態見せられません」
「郭嘉殿は良くて私は駄目なのかい?」
「郭嘉殿も駄目ですけど、あれは不可抗力です。もう誰の前でも醜態を晒しません」
「えー」
「何ですかその反応は」

 飲むときは気を付けろと言ったり酔っ払った姿を見たいと言ったり、何を考えているのかよくわからない人だ。第一酔っ払った姿なら郭嘉殿に連れてきて貰ったときに見ているはずだ。他の将の事を叫んでいる姿を見たかったんだろうか。荀ケ殿の顔が良いとか女同士でするような事を口走ったりしたら恥ずかしすぎるし、何となく知られたくないからやっぱり満寵殿の前では酔っ払えない。


20190605

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